「寝ても疲れが取れない人」が勘違いしている「効率的な休み方」の驚くべきコツ

ベッドで横になっても、お風呂に入っても、食べたいものを食べても、なぜか疲れが取れない…。「働き方」と同様に私たちを悩ませるのが「休み方」。子供の頃と違って、「寝る=休む」の等式は成り立たなくなってきました。医学的見地から20年以上「休む」ことを研究し、著書に『休養学:あなたを疲れから救う』がある、一般社団法人日本リカバリー協会代表理事の片野秀樹さんに、心と身体を健やかに保つ、目からウロコなコツを聞きました。 寝すぎは身体に悪影響 ——最近、疲れが取れません。たっぷり寝たはずなのに、朝起きるとだるいんです。 多くの方から同様の相談を受けますが、私はまず、「休むこと=寝ること」という考え方を改めましょう、とお話しています。もちろん睡眠には傷ついた細胞の修復や記憶を整理する働きがあり、生きるために必要なものです。だからといって、ずっと寝ていたらどうなると思いますか。 1日寝て過ごすだけでも、骨格筋の中の筋タンパク質が0.5〜1%減少して筋力の低下につながるといわれています。つまり、一定時間以上の睡眠はかえって体に悪影響を及ぼす可能性がある。「たくさん寝れば疲れが取れる」というのは間違いなのです。 ——なぜ、私たちは「休むこと=寝ること」だと思い込んでいるのでしょうか。 私は、日本人の休養に関するリテラシーが低いからだと感じています。ただ、それは仕方のないこと。 厚生労働省は健康寿命の延伸を目的とした「健康づくりの3要素」に「栄養、運動、休養」を掲げています。このうち栄養と運動は、大学に栄養学や運動学系の学部があるように、学問として確立されています。小学校でも家庭科や体育の授業を受けましたよね。 しかし、休養だけは学ぶ場がなかった。栄養療法や運動療法のように指導してくれるところもありません。だから、成長期の子どもとは回復力が違うにもかかわらず、寝れば疲れが取れると大人になっても記憶したままなのです。 その結果、今の日本には“休養難民”が増えてしまっている。私が「休養学」として休養を学問体系化しているのも、多くの方に休養を正しく理解し、実践してほしいからです。 「疲労」と「疲労感」の違い ——リテラシーを高めるためにはどうすればよいのでしょうか。 まず、「疲労」への理解を深めることです。そもそも、人はなぜ疲れるのでしょうか。日本疲労学会では、「疲労」を「過度の肉体的および精神的活動、または疾病によって生じた独特の不快感と休養の願望を伴う身体の活動能力の減退状態である」と定義しています。 例えば、100メートルを繰り返し走ると、回を重ねるごとにタイムは落ちていきます。これは肉体的な活動能力が減退して疲労の状態になるからです。また、筆記テストを受けた時は、椅子に座ってペンを動かすだけなのにぐったりしますよね。集中して頭を使い続けることで精神的な活動能力が下がるのです。 この疲労を放置したまま過度な活動を続けると心身に不調が生じてしまいます。ただ、動物にはちゃんと安全機能が備わっていて、危険を察知するとアラートを発する。そのアラートが「疲労感」です。 ——「疲労」と「疲労感」は違うのですね。 そうなんです。「疲労感」は、「だるい」とか「おっくうだ」というような、「疲労」を自覚する感覚です。これは動物の本能で、疲労感を覚えた動物は動かなくなります。 私は犬を飼っているんですが、散歩中に動かなくなることがあります。それは、犬が疲労を感じているから。もし、サバンナで動物が疲れた状態で動き回っていたら、天敵が現れた時に活動能力が下がっていると逃げ切れないですよね。だから、本能的に安全な場所で動かないという選択をする。 人間も動物ですから本能が働きます。ただ、他の動物よりも脳が発達しているため、疲労感を自ら隠す、いわゆる“マスキング”をして活動を続けてしまう。 休む時間は増えたはずなのに ——なぜ、マスキングをしてしまうのでしょうか。 仕事に対するやりがいや責任感、褒賞への期待感など理由は人それぞれですが、日本人が勤勉で、いまだに「働くことが美徳、休むことは罪悪」だと捉える風潮があることが大きいでしょう。疲れているからパフォーマンスが下がっているのに、「怠けているからダメなんだ」とマスキングをする。その結果、労働時間が長くなって疲労がたまり、心身への負担も増加してしまうのです。 ただ、世界的に見ると、日本人の労働時間はそれほど長くはありません。OECD(経済協力開発機構)の2022年の統計によると、日本人の労働時間は減少傾向にあり年間1607時間。これは、世界の平均である1752時間より少ないんです。 しかし、疲れている人は増加しています。1999年の厚生省(当時)の疲労度調査では、60代までの就労者の約6割が「疲れている」と答えていました。一方、私が代表理事を務める日本リカバリー協会が、2023年に就労者10万人を対象に疲労に関する調査を行ったところ、約8割の人が「疲れている」と回答。調査の条件が異なるとはいえ、増加傾向にあることは否めません。 ——休む時間が増えたはずなのに疲れているのは不思議ですね。 昔とは疲れ方が異なることが理由だと思います。デジタルデバイスの発達によって働き方は肉体労働から頭脳労働へと大きく変わりました。頭脳労働は自律神経の交感神経が活発になるため、仕事が終わった後も興奮や緊張の状態が続いてしまいがちです。しかも、動きが緩慢になったりする肉体的な疲労に比べて、見た目にもわかりにくいのでマスキングがしやすい。 また、休養には「余白」の時間が重要ですが、デジタルデバイスはそれも奪ってしまう。取引先との商談において、インターネットも携帯電話も普及していなかった頃は、取引先に向かう電車の中で本を読んだり、ボーッとしたり、あるいは早めに行って近くの喫茶店でコーヒーを飲んだりしていました。勤務時間は長くても、余白を使ってうまくバランスを取っていたんです。 ところが、今はデジタルデバイスで商談ができます。移動中にメールチェックやチャットをし、喫茶店でオンライン会議に出席することもあるでしょう。余白をデジタルデバイスで埋めてしまうから、より疲れてしまうんです。 「攻めの休養」が大事 ——仕事が終わった後もオンラインゲームをしたり、動画を観たりして過ごす人も多いですよね。 そうなんです。寝る前にだらだら観て必要な睡眠時間まで削ってしまう。しかし、いまやデジタルデバイスがなければ仕事ができません。だから私は、オフタイムのマネジメントを提案しています。これまでオンタイムばかり重視されてきましたが、オフタイムを管理してしっかり休養を取ることが、オンタイムでの適正なパフォーマンスにつながるのです。 そのためには、「ただの休養」から「攻めの休養」に切り替えることが大切です。「守りの休養」とは朝起きて活動し、疲れたから休養するという従来の「活動→疲労→休養」のサイクルのこと。休養は「何もしないこと」「寝ること」でしたが、それで十分に回復しないことは、日本人の約8割が疲れていることからも明らかです。不十分な状態で再び活動するから疲れが蓄積されていく。三角形のサイクルはバランスがいいとはいえません。 ここで一つ質問。「活動」の対義語は「休養」です。では、「疲労」の対義語は何でしょうか。 ——「休養」ではないのですか。 そう思われがちですが、辞書には「活力」と書かれています。そこで、三角形に「活力」を加えて四角形のサイクルにするとバランスがよくなる。つまり、疲労回復に重要なのは「活力」を高めてあげることなのです。これが「攻めの休養」です。 ——「攻めの休養」とは、具体的にどう攻めていけばよいのでしょうか。 休養の種類は大きく「生理的休養」「心理的休養」「社会的休養」の3つに分類でき、さらに7つのタイプに細分化されます(図表参照)。みなさんがこれまで休養としてきた「睡眠」や「安静」は「休息タイプ」になります。 一つだけでもいいですが、自分の気分や嗜好に合わせて、複数のタイプを組み合わせるとより効果的です。でき合いのスープを飲むと「栄養タイプ」の休養になりますが、自分でスープをつくって家族と公園で飲めば、「栄養タイプ」に加えて「造形・想像タイプ」と「親交タイプ」、「転換タイプ」も得られて、よりリフレッシュできます。 「自席でコンビニ飯」をやめてみる ——オンラインゲームが好きな場合はどうすればいいですか。 ゲームをすることで休まるのであればいいと思います。ただ、すでにお話したように、過度なデジタルデバイスの利用がよくないことを理解しておく必要があります。スイーツやお酒も同じです。我慢してストレスになるなら食べてもいいけれど、食べすぎ、飲みすぎは健康を損ねる可能性がある。その点でもリテラシーを身に着けることが大切といえます。 それから、勤務時間中の余白も意識してほしいです。ちょっと空いた時間に給湯室で同僚と会話を交わせば「親交タイプ」の休養が取れるし、近所を散歩すれば「運動タイプ」になる。昼食にしても自席でメールを読みながらコンビニのおにぎりを食べるのと、近くのレストランでテイクアウトしたお弁当を公園で食べるのではまったく異なります。 ——自席で食べたほうが効率的かと思っていました……。 そうすると交感神経が優位な状態が続いて疲れてしまいます。しかも、職場では上司や同僚、取引先のペースに合わせたりして、なかなか自分のペースで仕事ができません。ペースを乱されるとストレスになりますから、自分のペースで休養する時間をつくって副交感神経を高め、バランスを取る。生産性の高い仕事をするためにも、自分のベストな休養の方法を見つけることが大切です。 ——ベストな休養を見つけるコツはありますか。 私は「三つのこと」を毎日メモすることをお勧めしています。一つは「朝起きた時の感覚」。「調子がいい」「ちょっと疲れている」でもいいし、100点満点で点数をつけてもいい。簡単でかまわないので自分の疲労感を可視化します。 二つ目はオンタイム、つまり活動を終えた時の状態で、自分は何%の活動ができたのか、満足できたのかなどをメモする。そして、最後に前日の「オフタイムの過ごし方」を具体的に書き留めておき、3つを振り返る。このメモを毎日続けてデータとして蓄積していくことで、どのような休養をとれば適正なパフォーマンスがとれるのか、だんだんわかってくるはずです。 1週間の捉え方の意識を変えることも効果的です。日本リカバリー協会では「2.5運動」を提唱しています。一般的に、1週間は5日の平日の後に休日が2日ある感覚ですよね。しかし、これでは休日に向けてだんだん気がゆるみ、パフォーマンスが下がっていきがちです。 そこで、1週間がたとえば土曜から始まるように持ってくる。平日5日間にやるべきことを考えたうえで、休日をどう過ごすかを考えるのです。そうすれば「今週は忙しくなるから休日に活力を蓄えよう」と積極的に休養を取るようになります。 企業側が考えるべき「オフファースト」 ——社員のウェルビーイングを向上するためには企業の対応も求められます。 厚生労働省がウェルビーイングを「個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念」と表現していることからも、本来であれば企業も休養のマネジメントをすべきかもしれません。ただ、社員のオンタイムは管理できても、オフタイムにまで踏み込むことはできない。 だから、休養のリテラシーを高め、オフタイムの過ごし方を啓発して社員の行動変容を導くことが大切。「オフファースト」の考え方を浸透させることで社員の生活が豊かになれば、パフォーマンスが向上して企業の利益にもつながるのではないでしょうか。 取材・文/中川明紀 写真/神谷美寛 「休むのが苦手な人」が、「健康なメンタル」を保つために覚えておきたいこと

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