現在、私たちに降り注いでいるのは日光だけではない。スマホやパソコンの光に四六時中さらされ、目が悲鳴を上げているのだ。とにかくまぶしい、痛い。こうしたさまざまな症状は、実は「眼球」ではなく「脳」に原因がある場合も。新たな現代病、「光過敏脳」に迫る。【若倉雅登/心療眼科医】 *** 【写真を見る】光過敏脳に効果的な対策とは? 2100年、人間の姿はこうなる……。 2019年のことです。雑誌「Newsweek 日本版」に人間の3Dモデル「Mindy」が掲載されました。それは、パソコン、スマホ、タブレットと劇的に進化するテクノロジーによって、私たちの体も驚くべき進化を遂げるという予測に基づいてつくられたもの。極め付きは、目でした。余分な光を眼球内に侵入させない進化として、まぶたが1枚増えていたのです。 iPod nanoを手に持ちプレゼンするアップルのスティーブ・ジョブズ さかのぼること6年の13年にも、ワシントン大学のゲノム学者が10万年後の人間を予測した画像を発表しています。目立つ変化は、やはり目にありました。鳥や爬虫類などが持つ、眼球を保護するための瞬膜と同様の「第三のまぶた」が人間にも出現するというのです。 眼科医として近年、懸念しているのが、目から入ってくる光が脳に与える影響です。パソコン、スマホ、タブレットの急速な普及、特定の方向に光が集中するLEDの登場で、明るく光を発するディスプレイを直接かつ至近距離で、長時間見ることが当たり前になりました。人類史の始まりから何百万年とかけて生物学的適応が完結した「太陽などの反射光でモノを見る」という生活に、「光源を直接見る」という新たな視覚の行動パターンが割り込んできたのです。それも、わずか数十年の間に。 人類が経験したことのないほど光を浴び続ける現在の環境に、私たちの体が適応するには圧倒的に時間が足りません。学者たちが指摘するような進化を遂げるまでに、どれほど健康がむしばまれてしまうことか。 誰もが無縁ではいられない 〈こう指摘するのは、井上眼科病院名誉院長の若倉雅登医師。特別外来や、副理事を務めるNPO法人で、「光」に適応できず苦痛や不都合を感じている患者を30年近く診続けてきた。 彼らに共通しているのは、生活空間にある“普通”の光量ですらまぶしく不快に感じ、眼痛、まぶたが開けづらい・開けられない、眼部の不快感といった症状が見られること。これらを「羞明(しゅうめい)」といい、日常生活に著しく支障を来しているケースも少なくない。 異常で持続的な羞明を訴える患者は、21世紀に入った頃から増え始め、特に最近は加速度的に増加しているという。若倉医師は「眼球使用困難症候群」と名付け、17年、重症例8例についての論文を発表。厚生労働省も事態を問題視し、20年度から実態調査に乗り出している。〉 眼球使用困難症候群は、広義で言うと、視力や視野など一般的な目の検査をしても異常が見つからず、「眼球自体」は正常であるものの、「眼球の機能」が正常に働かず生じる症状の総称です。このうち羞明を訴える方、もしくは羞明が主症状ではないものの光によって不調が生じている方が、かなりの数を占めています。 後ほど詳しく説明しますが、羞明や光に関連した不調は、目に原因があって生じているのではなく、光を浴び続けることで起きた脳の不具合が原因です。パソコンやスマホが欠かせない現代に生きる私たちは、誰もがそれらと無縁ではいられません。光に対して警鐘を鳴らしたいという思いもあり、眼球使用困難症候群の一病態として新たに提唱したのが「光過敏脳」もしくは「光過敏性脳眼症」です。本稿では光過敏脳として話を進めていきたいと思います。 屋内でもサングラス 光過敏脳の患者さんは、屋外では日陰を選んで歩き、つばの広い帽子やサングラスを好みます。屋内でもサングラスを外さず、日中はまぶしいからと日が沈んだ後の受診を希望される方もいます。診察室の照明はつけないまま、暗い部屋の中でお話を伺うことも珍しくありません。私がこれまで診てきた光過敏脳の患者さんは約2万人。メディアやSNSで見かけた光過敏脳という言葉に反応し、相談に来られる方ですから、深刻な状態にある患者さんが少なくありません。 では、一般の方には光の弊害が生じていないのか? 私は光過敏脳の程度を評価するための質問表を作成し、井上眼科病院の職員とその家族など、20歳から80歳の男女を対象に昨年から今年にかけて調査をしてみました。グレードは全部で6段階。どの項目にも当てはまらないグレード0は「正常」であり、光への耐性があると考えられます。1は予備軍、2以降は光過敏脳で、数字が大きくなるにつれ程度が重くなります。各グレードの項目を一部挙げると……。 ほとんどがグレード0と予想したが… ・グレード1:「不意の日光の直射やLEDの光が時々不快」「1時間以上継続してテレビ、パソコン、スマホ、タブレットなど発光する画面(ディスプレイ)を見た後、疲労を時々感じる」 ・グレード2(軽症):「日光の直射を受けること、LEDを見ることはなるべく避けている」「1時間以上継続してディスプレイを見ることで、頭痛、眼痛、疲労、不快を感じることが多い」 ・グレード3(中等症):「屋内の照明はなるべく暗め」「20分以上継続してディスプレイを見ることで、頭痛、眼痛、疲労、不快を感じたことがある」 ・グレード4(重症):「昼間の外出はまぶしいので控えている」「ディスプレイはほとんど見ることができない」 ・グレード5(重篤):「暗室で生活している」「ほかの感覚過敏(聴覚、嗅覚など)もある」 いわゆる健康人が対象ですから、私の予想はほとんどがグレード0だろうというものでした。ところが107名から得られた回答を見ると、グレード1がグレード0を上回っていたのです。 ・グレード0 30名(28%) ・グレード1 57名(53%) ・グレード2 13名(12%) ・グレード3 7名(7%) 「全く問題ない」はたったの28% 最も驚いたのは、現在の光環境を全く問題なく感じている人は28%しかいなかったことです。しかも、一見、健康人の集団の中に予備軍が5割以上、病的な光過敏脳になっている方が2割弱いる……。これは由々しき状況です。さらに着目したのは、グレード2と3が20〜30代に集中していた点でした(20名中17名)。小中学生の頃からパソコン、スマホ、タブレットが身近に存在していた世代です。光を発するディスプレイを直接見てきた期間が長いほど光過敏脳のリスクは上がるのではないか。そんな推測が成り立ちます。 私たちは眼球(目)と脳の協力によって「モノを見ること」ができています。眼球を通して入ってきた情報は電気信号に変換され、視神経を通じて脳へ送られ、複雑につながり合うさまざまな神経回路、大脳のいろいろな領野・領域へ送り届けられます。パソコン、スマホ、タブレットの普及による、人類がかつて経験したことがない視覚の処理パターンは、すんなりと適応できるものではなく、過度のストレスとなり、神経回路、大脳の領野・領域に不具合を生じさせます。脳は場所ごとに担う役割が異なるため、どこに不具合が生じるかで、主となって現れる症状が異なるのです。 MRIでは分からない 例えば、光や皮膚感覚など感覚刺激を調節している場所に不具合が生じれば、生活空間の光量でも過剰にまぶしく感じたり、衣服がこすれただけでも痛みを感じたりします。まぶたの動きに関連する脳の神経回路に不具合が生じれば、まぶたが開けづらい・開けられないといった眼瞼けいれんが生じやすくなります。 「まぶしい」という表現ひとつ取っても、その感覚は多様です。実際、私が外来で耳にする光過敏脳の方々の訴えは、「まぶしい」という直接的表現だけではありません。「じりじりと染みてくる耐え難い感覚」「光を見ると目が吐きそうになる」「頭の中がむにょむにょする感じ」「眉間を押さえ、目に力を入れたくなるような異常な感覚」「目の奥でタコ糸が引っ張られすぎてぷつんと切れた感じ」などなど。これでは、光過敏脳に詳しい医師でなければ、「一体何を言っているのか」となりかねません。「まぶしさ」には、ドライアイや白内障など目の病気が原因になっているものもありますが、脳に不具合が生じている光過敏脳では、先ほど言及したように目の検査を行っても原因を突き止められないのです。 脳の問題ならMRI(画像検査)で分かるのでは? そう思われる方がいるかもしれませんが、MRIは臓器や組織の構造や形態を画像化するもので、神経回路、大脳の領野・領域の不具合は分かりません。 光過敏脳が厄介な点は、「遅延型」があることです。パソコン、スマホ、タブレットを見て、すぐに「まぶしい」「目が痛い」といった症状が出るわけではありません。だから、しばらくは見ていられる。ところが一定時間以上使用していると、「なんとなく目が疲れる/頭痛がする/疲れてくる」といった不快症状が出現する。そして、パソコン、スマホ、タブレットの使用をやめれば、多少はマシになる……。ここでパソコンなどの使い方を改めてくれれば病的な光過敏脳への進行を防げるのですが、なかなかそうはなりません。 薬の副作用 いろんな診療科を受診したけれど「回答」を得られなかった方が、私の患者さんにたくさんいます。 眼科を含む身体科の悪しき習慣ですが、原因不明のケースに対し「心因性」と診断してしまいがちです。しかも、日本では心因性の病気に「ベンゾジアゼピン系」に属する抗不安薬や睡眠薬がよく処方されます。これは、脳の活動を抑制して不安や緊張を和らげ、睡眠を促す作用がある一方、副作用として光過敏があるのです。患者さんの中には、長年ベンゾジアゼピン系の薬を使用したために光過敏脳に至った方もいます。なお、ベンゾジアゼピン系の薬がこれほどまでに処方されているのは日本くらいで、海外では処方日数が制限されている国もあります。 さらに、光過敏脳の最大の問題点は、決定打となる治療法がないこと。光過敏脳に関心を持つ医師らが、あの手この手で対処法を患者さんに提案しているのが現状です。そして残念ながら、こういった医師はごくごく少数。診断が難しく、治療法はなく、対処してくれる医師が限定的となれば、予防を徹底するしかありません。 ところが多くの方は、光への危機感がまるでありません。「眼精疲労」「年のせい」などと考え、「よくあることだ。仕方がない」と生活習慣を改めようとしない。長年の我慢やストレスが限界を超えてある日突然不調に襲われることをよく「コップの水が溢れ出る」と表現しますが、まさにそのようになる恐れがあるのに、です。いったんコップの水が溢れ出てしまうと、わずかな光も耐え難いものになります。 日中はサングラスを そこで私はみなさんに、次の2点を強く訴えたいのです。第一に、光過敏脳という“危機”が目の前に迫っていることをしっかり認識してください。第二に、光に対して警戒心を持ち、少しでも光が目に入る時間を減らしてください。 現時点ではパソコン、スマホ、タブレットの使用に何ら困難を感じていなくても、今後もそうとは限りません。私たちの調査では、脳の神経が過敏になっている片頭痛持ちの方、ベンゾジアゼピン系をはじめとする光過敏の副作用がある薬を服用している方、発達障害がある一部の方において、光過敏脳のリスクが高いことが分かっています。より厳重な警戒が必要です。 光が目に入る時間を減らす方法はいくらでもあります。高齢者でも昨今はスマホでYouTubeやサブスクの映画・ドラマを楽しんでいる方が増えていますが、視聴時間を制限する。遠く離れて住む子ども・孫、友人への連絡はメールやLINEでなく、手紙や電話にする。調べたいことはネットで検索するより本や辞書で。夜間、いつまでもテレビを見ていないで、早めに消灯し、朝型の生活に切り替える。 日中の外出時のサングラスも徹底していただきたい。日本ではサングラスへの偏見が根強いですが、皆がサングラスをかけるようになることで、状況も変わるのではないでしょうか。 大切な子どもや孫に…… 大切な子どもや孫には、スマホなどを長時間使い続けることの害を説きましょう。アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏は自分の子どもにiPadを触らせる時間を制限し、マイクロソフト社創業者ビル・ゲイツ氏は子どもが14歳になるまで携帯電話を与えなかったと聞きます。 私も孫たちにはブルーライトカット眼鏡を買い与え、それなしにはスマホでのゲームを禁止するとともに、週1回はスクリーンフリーデイ(テレビ、パソコン、スマホ、タブレットを見ない日)を作るように伝えています。これらの対策の効果に対する直接的なエビデンスはまだありません。しかし、ようやくエビデンスが出た時には、もはや手遅れになっているかもしれないのです。 光過敏脳が疑われる場合は、まぶしさを軽減できる光過敏脳専用のサングラス「HDグラス」を用いた治療が試みられ、成果を上げています。低光刺激のディスプレイや照明も登場しています。予備軍のうちに、ぜひ検討してみてください。 若倉雅登(わかくらまさと) 心療眼科医。1949年生まれ。北里大学医学部卒業、同大大学院修了。同大医学部助教授を経て、2002年井上眼科病院院長、12年から名誉院長。神経眼科、心療眼科を専門とした診療を行う。14年にNPO法人「目と心の健康相談室」を設立し、光過敏脳の患者の相談、対応にあたっている。厚労省の眼球使用困難症調査研究にも関わる。『心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因』(集英社新書)など著書多数。 「週刊新潮」2025年9月18日号 掲載
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