読売新聞社は7月23日の夕刊1面と号外、24日朝刊1面で報じた記事「石破首相退陣へ」について、取材と記事化の経緯を検証した。 その結果、石破首相(自民党総裁)が7月22日夜、日米関税交渉が合意に達した場合には「記者会見を開いて辞意を表明する。辞めろという声があるのなら辞める。責任は取る」などと周囲に明言したことを踏まえて報道したが、首相がその後、翻意した可能性があることがわかった。報道は当時、その可能性への思慮が足りず、結果として誤報となったことを読者の皆様に深くおわびします。 記事は、参院選での自民党惨敗で首相の進退が注目される中、首相が続投理由に挙げていた日米関税交渉が妥結したことを受けて掲載した。 参院選で与党劣勢の見方が強まっていた17日夜、首相は敗北した場合の進退について「きっぱり(政権を)放り投げられない。そっちの方が本当は楽なんだ」と胸中を周辺に明かしていた。 揺れ続けた首相が「辞める」と周辺に明言したのは、日米関税交渉で赤沢経済再生相が訪米中の22日夜のことだ。首相は「関税交渉の結果が出たら、辞めていいと思っている。でも、交渉中に『辞める』なんて言えない。米国側からしたら『辞めると言っている首相を相手にどうして交渉をまとめるんだ』となる」と語り、退陣の意向は固めているものの、妥結までは対外的に表明できないという立場を強調していた。 その際、首相は、進退に関する考えを説明する段取りも周辺に伝えていた。翌23日午後に予定されていた首相経験者の岸田文雄、菅義偉、麻生太郎の3氏との会合で説明し、8月1日召集の臨時国会前に記者会見を開いて表明することにも言及していた。8月6日の広島、9日の長崎の原爆の日の式典、15日の全国戦没者追悼式のほか、20〜22日の「第9回アフリカ開発会議」(TICAD9)についても、「俺がやるよ。もう辞めると言った後だけど」との考えを示していた。 本紙はこれらの取材を受け、国益にかかわる関税交渉への影響を避けつつ、首相の進退を巡る状況を報じる必要性があると判断。報道することを首相側に伝えたうえで、7月23日の朝刊最終版で「首相、近く進退判断 関税協議を見極め」と報じた。 首相は23日朝、本紙報道を読んだうえで「これで党内が静かになるといいな」と周辺に語った。その後、記者団にも「交渉の結果を受けて、どのように(進退の)判断をするかということになる」と本紙報道を肯定していた。 関税交渉を巡っては、トランプ米大統領が22日(日本時間23日)、SNSで日本と合意に達したことを発表した。本紙は23日朝、首相が退陣表明の条件としていた関税交渉の妥結を踏まえ、首相の意向に変化がないかを改めて取材した。首相は退陣意向について「今日は発表しない」と述べつつ、「変わりはない」との認識を示した。こうした首相の発言から、進退に関する首相の意向を読者に伝える必要があると判断し、本紙は23日の号外で「月内にも退陣を表明する方向で調整する」と報じた。 だが、本紙の報道を受け、首相は態度を一変させた。23日午後に自民党本部で行われた首相経験者との会談では進退を明確にせず、会談後、記者団には「私はそのような発言をしたことは一度もございません」と報道を否定した。23日夜には「関税もまだやらないといけないこともあるし、8月にも日程がいろいろある。こういう記事を書かれると俺も燃える。もう辞めないぞ。しばらくは『誤報だ』と言い続ける」と周囲に語り、翻意を示唆した。 読売新聞は、これまでの首相の言動から、8月下旬のTICADまでの政治日程が終了した後に退陣を表明する考えだと捉え、7月24日朝刊でも「退陣へ」と報道した。進退は首相自身が決断するしかない最重要事案であり、首相が繰り返し発した「辞める」との言葉は重いと判断した。 ただ、首相は昨年10月の就任以降、参院選公約での消費税減税の是非、戦後80年の首相談話の発出などを巡って、言動が揺れ動くことが少なくなかった。こうした経緯から、首相が翻意する可能性があることも考慮しておくべきだった。このため、読売新聞東京本社は9月9日付で、前木理一郎専務取締役編集担当と滝鼻太郎執行役員編集局長について、役員報酬・給与のそれぞれ1か月10%を返上する処分とする。また、川嶋三恵子政治部長と政治部のデスクをけん責とし、首相官邸クラブキャップを厳重注意とする。 読者の皆様におわびします 前木理一郎・読売新聞東京本社専務取締役編集担当の話「本紙は、石破首相の『辞める』との発言を常に正確に把握していました。しかし、石破首相は辞任せずに、結果として誤報となりました。新聞には正確性が何よりも求められます。読者の皆様に深くおわび申し上げます」