精密機械製造会社「大川原化工機」（横浜市）を巡る冤罪（えんざい）事件で、警視庁と検察の幹部が２５日、逮捕・起訴されて被告の立場のまま７２歳で亡くなった同社元顧問・相嶋静夫さんの墓を訪れ、遺族に謝罪した。 　遺族は謝罪を受け入れた一方、同庁と最高検が今月７日に出した捜査の検証報告書に不満を示し、再検証と関係者の処分見直しを求めた。 　この日、相嶋さんの墓がある横浜市内の霊園を訪れたのは、同庁の鎌田徹郎副総監と最高検の小池隆公安部長、東京地検の市川宏次席検事。３人は午前１０時半過ぎ、遺族が見守る中で、墓に向かって手を合わせた。 　墓前では相嶋さんの妻（７７）が、勾留中に体調が悪化しても保釈が認められなかった相嶋さんについて、「命だけは助けてください」と勾留先の東京拘置所宛てに書いた手紙を読み上げた。妻が「自分や家族がこのような立場に立たされたらどうするか」と迫ると、市川次席検事が「自分の身に置き換えると、どれほどのご心痛だったか」と応じる場面もあった。 　３人はその後、遺族と向き合って謝罪。鎌田副総監は「違法な捜査・逮捕について、深くおわび申し上げる」と述べた。市川次席検事は「違法な勾留請求と起訴で重大な人権侵害を生じさせ、保釈請求に対する不当な対応で治療の機会を損失させた」と語り、小池部長も「地検と思いは同じ。心より深くおわび申し上げる」と発言した。３人はそれぞれ深く頭を下げた。 　これに対し、相嶋さんの長男（５１）は「さらに深く原因追究を行うべきだ」と応じ、妻は「謝罪は受け入れるが、決して許すことはできない」と答えた。 　事件を巡っては、相嶋さんの遺族や大川原社長らが国家賠償を求めた訴訟で、警視庁公安部の逮捕と同地検の起訴の違法性を認定した東京高裁判決が今年６月に確定。警察・検察幹部は同月に同社を訪問し、大川原社長らに謝罪したが、相嶋さんの遺族は拒否し、同席していなかった。 　謝罪後に記者会見を開いた相嶋さんの長男は、謝罪を受け入れた理由を「明確に違法な逮捕、勾留請求、起訴に対する謝罪で、一歩進んだ内容と受け止めた」と説明した。 　一方、同庁と最高検の検証については、第三者の関与がないなどとして、それぞれ「２０点」「４０点」と厳しく評価。捜査を担当した警察官や検事への処分が甘すぎるとし、非公開の面談の場で、再検証や処分の再考を求めたと明らかにした。 相嶋さんの保釈請求は計８度、東京地検は反対続ける 　保釈は被告の身柄拘束を判決前に解く制度で、被告側の請求を受けた裁判所が検察の意見を踏まえて是非を決める。相嶋さんの保釈請求は計８度に及んだが、東京地検が反対し続けた。東京地裁も「証拠隠滅を疑う理由がある」などとして却下し、勾留が長期化した。 　遺族が特に問題視するのは、２０２０年１０月に進行胃がんと診断された後に行われた５度目以降の保釈請求だ。相嶋さんの妻は２５日、「大病院が集中する東京の真ん中にいながら適切な医療を受けられずに亡くなり、残念でならない」と訴えた。 　国家賠償請求訴訟の東京高裁判決は「（保釈されていない）不安定な立場での治療を余儀なくされた」と指摘。最高検は検証報告書で、遅くとも進行胃がんだと知った後は保釈に反対しないことが相当だったとし、不適切な対応を「深く反省しなければならない」と総括した。 　一方、保釈を認めなかった一連の判断に約２０人の裁判官が関わっていた裁判所は、「裁判官の独立」の観点から個別の検証は実施しない方針だ。 　元東京高裁部総括判事の藤井敏明・日大教授は「裁判所は保釈のあり方を再検討する機会とすべきだ。『改める点は改める』との姿勢が見えなければ、国民の理解も得にくいのではないか」と話している。 　◆大川原化工機の冤罪事件＝大川原正明社長（７６）ら３人が２０２０年３月、噴霧乾燥機の不正輸出容疑で逮捕・起訴されたが、２１年８月の初公判直前に起訴が取り消された。勾留中にがんが見つかった相嶋静夫さんの保釈は認められず、同２月に他界。検証報告書で、警視庁は幹部による捜査指揮の機能不全があったとし、最高検も有罪立証に不利な消極証拠の確認や検討が不十分だったとした。