指の爪ほどの人骨・歪んだ飯盒、沖縄に今も眠る「戦場」を掘る…遺骨収集を続けるジャーナリスト・浜田夫妻が見つめる戦争とは

 押しつぶされた飯盒(はんごう)や破裂した水筒、指の爪ほどの大きさに砕かれた人骨——四半世紀にわたって沖縄で遺骨収集のボランティアを続けるジャーナリスト、浜田哲二さん(62)と律子さん(60)夫妻は「掘っていると戦場のリアルを感じる」という。  戦後80年。2人が見つめる戦争とは——。 元記者、つるはしとスコップ、熊手で現場へ  ヘッドライトがついたヘルメットをかぶり、爆弾で粉々になったガラス片などでケガをしないように軍手とゴム手袋を二重につける。そして、つるはしとスコップ、熊手を持ち、遺骨収集の現場に通う。  この活動を2人が始める以前、哲二さんは、世界の紛争地を歩く朝日新聞の報道カメラマンだった。転機は1998年、沖縄本島北部「やんばる」の森に息づく多様な命の撮影を任されたことだった。  哲二 突然、沖縄の自然と言われても切り口がよくわからない。そうしたら、かみさんが関心を持ったんです。  律子 理学部生物学科で大学院の修士まで学び、結婚するまで4年間、読売新聞記者でしたので生き物の取材は得意。それで私も亜熱帯の森に分け入りました。  ——それがなぜ沖縄戦に?  哲二 「何しに来とる?」と声をかけられ、顔なじみになった地元の人から、戦争中の話がよく出る。パイナップル畑のオジイは「ヘビやカエルは、すべて当時のごちそうよ」と語り、「ハブも食ったさ」という。いいたんぱく源になったそうです。  名護市の辺野古の浜辺では、戦中に浜で遊んでいたら米軍に爆弾を落とされ、「片耳はよう聞こえんようになった」というお年寄りからこんな言葉が口に出た。「戦(いくさ)もアメリカも、大嫌いよ」  新聞社にいたので沖縄戦では軍民合わせて約20万人が犠牲になったことは知っていましたが、戦争の記憶がこれほど日常に残っているとは……。アフガニスタン、ルワンダなど紛争地を歩いてきたのに、自分の国の祖父や父親世代の苦難はよく知らずにいた。「何も知らなかったなぁ、俺たち……」。かみさんとそう話しました。  律子 最大の転機は、2002年に戦没者の遺骨収集グループに同行したことで、取材の最終日、お礼を言おうとすると、こう言われたんです。「マスコミの人たちは、戦後何年とか終戦の日とか、そんな時にしか島に来ない。もし君たちに人の心があるなら、足元に埋もれているかもしれないお骨をひとつでも掘り出してあげたらどうかな」  胸に刺さる言葉でした。  哲二 それもそうだと思い、すぐ弟子入りしました。  <10年に哲二さんは早期退職制度を利用して新聞社を退職。浜田夫妻は、世界遺産・白神山地がある青森県深浦町へ移住、山での生活文化を取材しつつ、毎年12月から5月の連休の頃まで、遺骨収集のために沖縄に滞在している>  ——収入面での心配はなかったのですか。  哲二 沖縄に通い始めてから、いずれは「自分のやりたい仕事をしよう」とお金をコツコツ貯(た)めていたし、かみさんも「いいんじゃない。いっしょにやろう」と言ってくれました。  ——沖縄戦では、「鉄の暴風」と言われた米軍の激しい艦砲射撃などから逃れるため、ガマと呼ばれる自然の洞窟壕(ごう)などに日本兵も民間人も立てこもりました。10年前の5月、取材で八重瀬町のガマに入りましたが、琉球石灰岩の塊がゴロゴロする足場は不安定で、懐中電灯がないと深い闇。壕内は外気よりかなり涼しかったけど、低い天井に何度もヘルメットをぶつけました。 子供とわかるちっちゃいお骨…泣きながら掘る  哲二 以前のように大量に遺骨は出ませんが、今でも壕を掘ると見つかります。  律子 掘ると戦場が出てきます。爆弾で歪(ゆが)んだ飯盒、砲弾で穴だらけになった水筒、自決用にも使った手榴弾(しゅりゅうだん)の破片……。火炎放射を受けたのか、黒く焦げた部分のある壕口もあり、炭化したおにぎりが出てきたこともある。  急造爆雷も見つかります。  ——どんなものですか?  哲二 木の箱に火薬を詰めたものをランドセルのように背負って、学徒兵も敵の戦車に飛び込みました。  ——……。  律子 子供とわかるちっちゃいお骨が出てくると泣きながら掘ることもあります。  ——見つかった遺骨は、どうなるのでしょう。2人の新刊『80年越しの帰還兵』で、<12万2000人が戦没したとされる沖縄県民の遺骨は、ほとんどが家族のもとへ帰れていない>と書いてある。  律子 沖縄で見つかった遺骨で、遺族とDNAが一致したのは厚生労働省が鑑定を開始してから7例しかなく、すべて本土出身の日本兵です。  哲二 兵隊は、戦闘記録や身分を証明する所持品が見つかることがありますが、民間人は名前の書いたものはめったに持っておらず、身元の判明は困難です。  ——それでも遺骨を探し続けるのはなぜですか。  哲二 判子など身元のわかる遺留品を本格的に返還するため遺族とお会いするようになってから、骨が見つかると、もしかしたらあの人の親のものかもしれない、という気持ちになり、他人事とは思えなくなってきたからです。  ——沖縄戦の指揮官だった伊東孝一さん(20年、99歳で死去)が敗戦直後、戦死した部下の遺族に「詫(わ)び状」を送り、悲しみや憤りなど複雑な感情のこもった返信356通を受け取っていた。これを16年に託され、遺族に返還する過程を2人で書いた『ずっと、ずっと帰りを待っていました』を昨年の「沖縄慰霊の日」に新聞で書評しました。戦後半世紀以上が過ぎ、宛先の住居の表示もすっかり変わっている。戦没者の両親はもちろん、妻が生きているケースが減る。返還はとても大変でしたね。  哲二 行政では「個人情報」の壁にぶつかる。  律子 あと、苦労するのは、お電話をした時に詐欺だって思われることです。 遺留品目の前に…一気に感情爆発  哲二 でも、実際に戦没者の息子や娘、甥姪(おいめい)などにお会いして、「ご家族の遺留品かもしれない」「DNAが一致するかもしれない」と言うと、「えーっ!?」と驚き、目の色が変わるんです。  そして、「見つかった時の状況を教えてほしい」「立派に戦って死んだのか」「飢えや病気に苦しまなかったか」「(沖縄の人々に)迷惑をかけていないでしょうか、浜田さん」と聞いてくる。  律子 遺族本人は、父親やおじである戦没者と会ったことがなくても、母親など親世代が法事のたびに骨の入っていない墓をお参りしたり、亡くなった場所もよくわからない沖縄の地に慰霊に行ったりする姿を目にしている。  遺族にとっては、どのように亡くなったかも含めて、わからないことだらけのまま過ごしたのが戦後の時間です。  哲二 だから遺留品をお持ちすると一気に感情が爆発する。「もう聞きたくない」と言われたのは1件だけです。  ——戦後何年たとうが変わらぬ思いがあるんですね。  哲二 遺骨が戻っていない遺族に言われたことがある。「私らにとっては、戦争が終わって何十年たったと言われようが、毎年同じ思いなんだよ。私たちの戦争は終わっていない。だから戦後何年という言葉は使わないで」と。  律子 今年になって糸満市のガマで旧制・私立開南中の生徒が帽子につけた校章を見つけた。それを当時の在校生(95)にお見せしたらワーッと泣き出された。この学校では学徒動員された生徒が多数亡くなりました。  ——長年活動してきたからこそ遭遇した一瞬ですね。  哲二 そうです。あるメディアの人から「ジャーナリストには冷静、客観的な目が必要。遺骨収集までするのは関わりすぎ」と言われましたが、「我々はこの形を変えるつもりはない」と言いました。  現場で掘るのは、遺品など物だけではなく、物に宿った人々の魂の物語も掘る。遺留品を返す過程でも遺族たちの心の物語も掘りに行く。そうやってあちこち行くうちに、2人とも穴掘りが得意なアナグマのようになってきた。  律子 すいません。体形もですけど(笑)。  はまだ・てつじ 1962年高知県生まれ。元朝日新聞社カメラマン。公益社団法人日本写真家協会会員。  はまだ・りつこ 1964年岡山県生まれ。元読売新聞大阪本社記者。1993年、結婚を機に退職後、フリーランスで環境雑誌などに執筆。  共著に『ずっと、ずっと帰りを待っていました 「沖縄戦」指揮官と遺族の往復書簡』=写真右=と『80年越しの帰還兵 沖縄・遺骨収集の現場から』=同左=。いずれも新潮社刊。 (読売新聞夕刊「鵜飼哲夫編集委員の ああ言えばこう聞く」から転載)

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