学歴詐称疑惑によって全国的に知られるようになった伊東市の田久保眞紀市長は、過ちを認めないまま、自分は大きな敵と戦っているとSNSでにおわせている。当初の疑惑だけでなく、田久保市長の疑惑への言動が、さらに全国的な関心を集めている。臨床心理士の岡村美奈さんが、辞職撤回、百条委員会、SNSと続く田久保市長の主張について分析する。 【写真】百条委員会での田久保市長。他、推している「うたプリ」キャラクター誕生日の投稿 * * * どれほどメンタルが強いのか。8月16日早朝、静岡県伊東市の田久保眞紀市長が自身のXへ投稿。「騒動の全容がやっと見えてきました。事実関係に基づいてその目的を明らかにしていきます」というもので、自分の疑惑を棚上げし、嵌められた、陥れられたと陰謀説でも主張したいようだ。そのやり方はまるで下手な「ソフィスト」だ。 ソフィストは詭弁家という意味で使われているが、本来は古代ギリシャで弁論術などを教えていた知識人たちのことをいう。彼らは非論理的で道理に合わなくても、相手を論破したり自説を通すために、論点をすり替え、相手の意見を意図的に歪曲、誇張して攻撃し、選択肢を限定させて二者択一をせまるなどのテクニック、詭弁を弄した。田久保市長が13日、伊東市議会の百条委員会で頻繁に用いたのも詭弁のテクニックの1つ、論点のすり替えだ。 東洋大学卒業をめぐる学歴詐称疑惑で、7月中に辞職し出直し選に出馬すると言っていた田久保市長。会見には謝罪する気も反省する意思もないと思わせるピンクのジャケットで現れ、世間を騒がせた。ここで素直に謝罪していれば、ここまでの騒動にならなかったのだが、彼女は全国ネットで知名度を上げるチャンスでもあると考えたのだろうか。辞職すると思われた7月31日の会見で辞意を翻し続投宣言した。 13日の百条委員会、なんとか真相を聞き出そうと手を替え品を替え様々な方向から質問を浴びせる委員たちを前に、彼女は落ち着いていた。後ろには弁護士が同席。背面を守られているというのは本能的に安心材料になる。ここまでの状況で真向から言い合えば議論には勝てない、百条委員会で宣誓した手前、虚偽の証言をすれば罰則が科せられることもある。そこで彼女は論点をすり替えたのだろうか。焦点となった卒業証書とされる資料は、刑事告発されたことなどを理由に提出を拒否。度々弁護士に助言を求め「出したいとか出したくないという希望ではない」と、自分の意志と切り離して説明する。 議長らへの卒業証書のチラ見せには、「チラ見せといった事実はない」「19.2秒見せた」と主張。時間については録音記録から「ストップウォッチで計りました」と答えた。真の論点は卒業証書が偽造かどうかであり、チラ見せだったかは問題ではない。だが彼女は背筋を伸ばして主張し、自分の言い分が正しかったと数字を用いて強調。どの質問でも論点をすり替えていくが、そのすべてが見破られていき、彼女の主張は成り立たない。 卒業証書のコピーや卒業アルバムを見せられ、所持品と同じかと問われても「比べるものをもっていないが、特に問題はない」という曖昧に返答。残念ながらこの質問は、それが所持品と同じか否かを答えさせるには適切ではない。百条委員会の後、明確に答えなかった理由を「推測ではなく事実として話ができるものを話した」と説明したことでもわかる。実際、比較するものが手元になかったのだ。 ソフィストと対峙する時は質問の仕方を考えなければならない。穴があれば彼らはそれを見逃さず、すり抜けていく。どれもこれも質疑応答がかみ合わず、誰の目にも論点のすり替えとすぐわかる。詭弁のテクニックを使いまくった田久保市長だがその手法はあまりにお粗末だ。 翌日、田久保氏はまたも詭弁を使った。懲りない人だ。百条委員会での発言に対し、議会に抗議文を提出したのだ。委員である四宮市議が、田久保氏の主張が正当ならなぜ東洋大学の責任を追及しないのかという話の流れで、”東洋大学は悪の組織”という表現をした。ソフィストと対峙する人は、言葉の使い方や表現に注意しなければならない。彼らは形勢が不利な場合、反撃する側に回るため、相手の揚げ足を取れるような発言を狙う。使われるのは”感情への訴えかけ”というテクニック。論点とはずれたところで怒りや悲しみを訴え、相手の感情を混乱させ攻勢に回る。だがそもそも彼女が卒業証書なるものを提出すれば済む話だと誰もが気付く時点で、この詭弁は通用しない。 ソフィストは相手が気が付かないうちに自分の主張を通し、見破られないよう感情をゆさぶったりするため、相手はいつの間にかソフィストの言い分にはまってしまう。有権者の心を自身の言葉でいかに動かすことが資質の1つとして求められる政治家にとって、必要なテクニックかもしれない。だが田久保市長の詭弁はどれもバレバレで、大義もない。下手な詭弁が悪目立ちする市長を前に、伊東市議会はこれからどうするのだろうか。