河合はどう「うまい」のか 河合優実(24)が出演した映画「旅と日々」(11月7日公開)が世界6大映画祭の1つであるロカルノ国際映画祭の最高賞を受賞した。河合の出演作の海外映画賞は3つ目。国内映画賞は17にも達している。なぜ、河合は国内外で高く評価されるのか。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】 *** 【写真25枚】河合優実が妖艶ドレス。石原さとみの“美谷間”に、山田杏奈の白い二の腕… 華やかなドレスに身を包んだ一流女優 日本の演技の良し悪しの基準は曖昧。簡単に誉められたり、貶されたりする。これはプロの制作者には甚だ評判が良くない。俳優の努力が報われないからだ。 プロの制作者による基準は一致している。うまい演技とは「ドラマや映画を観ていて、俳優が役柄の人物としか思えなくなること」。そこに共演者の邪魔をしない程度の存在感が加わると、なお良い。 河合優実 河合も役柄の人物にしか見えなくなる。映画「愛なのに」(2022年)では年上の古本屋店主(瀬戸康史)に恋をして、プロポーズする女子高生だった。純粋な少女にしか見えなかった。 一転、主演映画「あんのこと」(2024年)では12歳から売春を強いられ、覚せい剤依存症になる女性を演じた。河合であることを忘れ、痛ましくなった。 同年のカンヌ国際映画祭の国際映画批評家連盟賞を受賞したやはり主演映画「ナミビアの砂漠」(同)では、同棲相手の男性を簡単に変える自由奔放な女性を演じた。だが、やがて精神を病み、暴れるようになる。現実味に溢れ、ドキュメンタリーを観ているようだった。 なぜ、河合は役柄の人物にしか見えなくなるのか。よく「憑依するから」などと言われるが、そんなことは出来るはずがない。努力と才能である。たとえば「あんのこと」の主人公・杏を演じたときの役づくりはこうだった。 「歩き方や箸の持ち方を考えたり、杏がどういう文字を書くのか監督と試してみたり。服装やメイクなども含めて、スタッフの皆さんにも協力してもらって緻密に作っていきました」(放送批評懇談会『GALAC』2024年7月号) 箸の持ち方、書く文字まで考える俳優などまず聞かない。 NHK朝の連続テレビ小説「あんぱん」での蘭子役も研究の跡がうかがえる。戦前編の着物姿は隙がなかった。顎を軽く引き、視線をなるべく前に保っていた。下駄履きでの歩き方も美しかった。やや前に重心を置き、歩幅が現代より小さかった。 戦後編の蘭子にはヒロイン・のぶ(今田美桜)のモデルである小松暢さんの妹・瑛さんが投影されている。瑛さんは夫が戦死し、辛酸を舐めたあと、心配した暢さんが愛媛県今治市から上京させた。その後、全財産の管理を任せられた。 戦後編の蘭子のモデルは直木賞作家の故・向田邦子さんではないかとの声もあるようだが、それは観る側がイメージするあの時代の女性文化人の口調や仕草を河合が再現しているからだろう。実際には向田さんと蘭子は年齢や生育環境、履歴が全く異なる。 飽きられない理由 河合は2022年から現在までに20作の映画、10作のドラマに出ている。おそらく日本一の出演作数だ。芸能界の常識からすると、出過ぎているどころではない。普通なら観る側に飽きられる。だが、河合の場合、そうならない。これもうまいからである。 どの役柄でも同じような演技したり、素のままで演じていたりする俳優が、立て続けに映画やドラマに出演したら、たちまち飽きられる。「また出ている」と言われる。河合がそう言われないのは新作に出るたび、違う役柄へ完璧に変身しているからである。 河合は見事に変わるから観る側に前作、前々作などの残像を引きずらせない。1つの作品の撮影が済んだ時点でその役柄のリセットが出来てしまう。同じような演技ばかりしていては、こうはいかない。 たとえばTBS「不適切にもほどがある!」(2024年)のヤンキー娘・純子から、まだ1年半しか経っていないにも関わらず、今は蘭子のイメージしか抱かせない。大当たりした役柄なので、ほかの俳優なら3年、4年かそれ以上引きずっても不思議ではないが、河合には残らない。 かつてなら汚れ役とも称された覚せい剤依存者の役柄も河合の場合は新作の障害にならなかった。これほどまでに短期間でリセットできてしまう俳優はベテランでもなかなか思い浮かばない。 うまい理由には持ち前の才能もある。これは小学3年生からヒップホップダンスを習い、東京都立国際高校でもダンス部に入っていたことが大きいのではないか。ダンスにセリフはないが、表現力が物を言う点は同じだ。 趣味でバスケットボールもやっていたが、これもプラスになったに違いない。演技は全身で行うから、体の動きが良いに越したことはない。 目立とうとしていない 多作なのは出演依頼が殺到しているから。もっとも、うまいだけが理由ではないだろう。河合は自分のポジションを考えながら演じている。ドラマも映画もチームプレイであることが分かっている。 大部屋俳優が主演級俳優に張り合おうとすることもあった昭和期と違い、今の時代に「共演者を食いましたね」と俳優に言ったら、怒られるか落胆される。出演陣にはそれぞれの役割がある。それを逸脱したら、名演も台なしなのだ。 河合は常々、作品はみんなでつくるものだと口にしている。そもそもダンスのチームプレイが面白いから、俳優になった。ダンスと俳優業には似た面がある。 「人と一緒に作ったものをお客さんに見せて反応が返ってくる体験を積み重ねる学生生活で、こういうことを仕事にしたいなって」(読売新聞夕刊2024年4月17日付) 今も自分のことより、作品全体のことを最優先にしている。 「違う人になってみたいとか、何かになりきりたいという思いが一番上じゃない。みんなで思いや時間を込めて作った体験や、作品が誰かに届く感覚がすごく大きいですね」(同) だから蘭子役も引き受けたのだろう。河合は3365人が参加した「あんぱん」のヒロインのオーディションに参加したものの、ヒロイン・のぶには今田が選ばれた。しかし、これほどの存在を制作側が放っておくはずがない。3、4番手である蘭子役での出演を依頼し、本人が了承した。今田と張り合おうともしていない。 望んだヒロインではなかったのだから、断ったって良かったのだ。映画界では完全に主演級だし、「ナミビアの砂漠」と「あんのこと」によって映画界屈指の栄誉であるキネマ旬報ベスト・テンの主演女優賞(2024年度)にも輝いている。ドラマでも主演したNHK BSプレミアム「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」(2023年)がドラマ各賞をほぼ独占した。 俳優には番手を下げたくない人が数多い。番手が低いと出演しない人もよくいる。プライドが許さないのだろうし、次回作やCM契約への影響も気にする。だから妥協策として特別出演、友情出演という扱いがある。 河合は番手を気にしていない。出演するかどうかを決めるのはその仕事への関心である。「あんぱん」の場合は作品全体が放つメッセージに惹かれた。「素適と思った」(『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説「あんぱん」Part1』) 多くの作品が国民的ドラマになるところにも心が動かされた。 「日本中の皆さんが毎朝放送を楽しんでくれると思うと、それが一番うれしい」(同) 優等生的な発言ばかりだが、本心に違いない。悪い評判を全く聞かないからである。ここ3年で計30作品にも出演しているから、関係者から陰口の1つや2つが出てきてもおかしくないが、皆無。医師の父親と看護師の母親に温かく育てられたからではないか。 ロカルノ国際映画祭で最高賞を得た「旅と日々」も3番手。NHK「群青領域」(2021年)などで知られるシム・ウンギョン(31)が主演で、スランプ中の脚本家に扮し、堤真一(61)や河合らと旅先で出会うことにより、ほんの少し歩みを進める。 監督は三宅唱氏(41)。岸井ゆきの(33)が聴覚に障がいのあるプロボクサーを演じた「ケイコ 目を澄ませて」(2022年)で国内映画賞の大半を得た。 河合は出演にあたり、「(三宅氏は)最初に『監督と演者というより、一緒に作っていく人として接します』と言ってくださったのですが、それがすごく嬉しかったです」と話していた。 河合の俳優業への取り組み方を考えると、腑に落ちる言葉である。 高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ) 放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。 デイリー新潮編集部