関西万博を訪れたITジャーナリストが“未来社会”のイメージを見い出せなかった根本的な理由…「VR映像はもはや未来の技術ではない」

 第2回【55年前の万博のほうが“未来を感じられた”のでは? 1970年は「月の石」に行列ができたのに、2025年は「回転ずし」に行列ができるフシギ】からの続き──。7月1日、私は関西万博を訪れた。人気パビリオンの大半は予約が必須であり、先着順のところも長蛇の列ができている。【井上トシユキ/ITジャーナリスト】(全3回の第3回)  *** 【写真10枚】思わず惹きつけられる魅力たっぷり… 万博会場を彩る「世界の美女」たち  こうなったら数を見なくては時間の無駄だと友人と意見が一致し、コモンズ(共同館)に向かった。移動する途中にスシローでは行列ができているのを見た。  違和感を覚えながら、まずコモンズBに入った。入口以外の三方の壁にあたる部分に、狭すぎない程度のスペースを取って各国のブースが設えてある。そこだけを見ると、企業の合同中途採用イベント会場のようだ。 万博会場の全景  中の造りや仕立ては、コモンズBもCも同じようなものだ。地図や特産品が展示され、動物や渓谷やビーチの美しい画像が貼られ、奥の壁あたりで映像を流している。この映像については、マニュアルでもあるのかと疑うほどに、各国とも構成や撮影対象が似通っていた。  曰く、豊かな自然があり、明るく勤勉な民が暮らしている。動植物と共存しつつも、大昔から培った複雑精巧な物づくりの伝統を活かして著しい工業化やIT化を進めている。我が国の未来は明るく、希望に満ちています。中には、はっきりと文字にして壁面に提示している国もあった。「我が国にぜひ投資を」──。  映像をVRで流している国もある。ゼロ年代の終わり頃、日本を代表するメーカーに招かれ、試作機のVRゴーグルを着用させてもらったことを思い出した。当時は最先端の技術であり、社外秘の機密事項だった。だが、もはやVR映像は未来の技術ではない。製品化も終わった現実の技術だ。やはり関西万博は本物のビジネスショーだと確信する。地下鉄のコンコースで覚えた違和感は間違っていなかったのだ。 展示場所はトイレ横という国も  各国のブースで詳しいことを質問すると、スタッフは例外なく「このQRコードを読み込んでホームページをご覧ください」と答える。工夫を凝らした素敵なリーフレットのような紙の資料、ステッカーやキーホルダーといったちょっとしたお土産もない。  ビールやチョコレート、コーヒー豆などの特産品は、どれもそれなり以上の値がついた売り物だ。独特の色形をしたプリミティブな木工品の値段を聞いたら、「エクスペンシブ。ミルダケ、シャシンダケ、イイヨ」とスタッフが笑う。  シエラレオネ、カーボベルデ、チャドの3カ国は何とも不憫だった。多くの国が出展するパーティションの裏側、トイレの横の取って付けたようなスペースに、申し訳程度の棚を並べてブースとしていた。  立派なパビリオンなのに、形容し難いフェイク感がある国もあった。コロンビア館で自由に触れるようにしてあったコーヒー豆は香りがせず、良さがわからなかった。エメラルドの原石も触ることができたが、多くは明らかに模造品だった。紐のようなもので繋がれていたごく少数のものが本物だったのだろう。何のために真贋を混ぜて展示したのか、いまひとつピンとこなかった。 バーレーンなのにアジア系  ベルギー館には、伝統文化であるガラス加工品や木工製品、レンガのように広く使われてきた石材が展示されていて興味を惹かれたのだが、簡単な説明書きしか案内がなく、質問しようにもスタッフが近くにいない。館内で作業をしたり、行き来したりしているスタッフは、ひたすらビールを飲んでいけとしか言わなかった。バーレーン館では、黒髪のいかにも東洋人顔の男性が案内役として出てきた。 「コレカラノ、ミナサンニ、バーレーンデノ、ブンカノ、ゴショカイ、シマス」  明らかにバーレーンの人ではなく、中東の人でもなく、アジア系だが日本人でもない。たどたどしい日本語を話すアジア系外国人に、誰がバーレーンのことを教えてもらいたいと思うだろうか。それなら、日本語のWikipediaを読んだほうが、よほどスッキリするのではないか。いろいろと面倒くさくなり、ざっと流し見てパビリオンを出た。  コロンビア館とバーレーン館を出た先にトイレがあり、給水機もあった。リング上のものとはマシンが違ったので飲んでみたが、やはり不味い。見たことのない化学物質か薬剤でも含まれているのか、と疑うような不思議な味わいだ。  所在なくウロウロとしているうち、ガンダム像の前に出た。アジア系外国人の人だかりができていたが、これは新規に製作したものではなく、もともと横浜で展示されていたのを持ってきて組み上げ直しただけだ。 なぜ日本で万博を開催したのか  別に組み直しでもいいのだが、ファーストガンダムの放映は1979年。つまり、メカはもちろん世界観を含めて70年代の「デザイン」であり、「命輝く未来社会のデザイン」として2025年に展示するのに相応しいのか。我が国の未来観は50年ほど進化しておりません、と言っているのも同然なのではないかと思う。  さらにウロウロして、リング下にある大型のゴミ捨て場近くに給水機を見つける。三度目の正直とばかりに、空いたペットボトルに半分ほど詰めて飲んでみた。少し冷たく、口当たりはマシだったが喉越しは悪い。というか、不味い。飲み込んでも大丈夫かと心配になる不味さ。  先ほど見かけた自販機の水が全数売り切れていたのは、やはり多くの人が給水機の水が不味いと思っているからなのではないか。この分ではコンビニの水も売り切れているに違いない──いや、もうどうでもエエわ。  70年の万博で、太陽の塔が来場者に想起させた輝かしい未来は、どこ行ってしまったのだろう。それは、圧の強さが許容された昭和の価値観であり、何事にもマイルドな令和では通用しませんと言われれば、それはそうなのかもしれない。現在の日本には輝かしい未来をつくりあげるだけの力がありません、という向きもあるかもしれない。だったらなぜ、そんな日本で万博を開催したのかとも思う。 裏切らなかった抹茶アイス  太陽が傾きはじめた頃、偶然「おこしやす 京の小路」という販売所を見つけた。キャラクターとしてのミャクミャクは好きでも嫌いでもないが、ここへきて万博万歳のような土産物を買うのも癪に触る。渡りに船とばかりに入り、乾燥湯葉を買い求めた。さすがに京都の物産ならば、何がどうということもある程度以上には理解しているから、安心であることこの上ない。  外に出てすぐ右に、抹茶ソフトの幟旗があった。暑さに加えて給水機の水の不味さもあり、問答無用で駆け込み注文する。実は昼食にマレーシア館のカレーを食べたのだが、それっぽい香辛料が使われていたものの、どうにも納得感が薄くて不完全燃焼に終わっていた。それだけに初めて美味しいものを食べた気になり、万博への違和感が少しだけ消えた。  やはり、食こそが命を輝かせる。なのに、なぜ食について掘り下げた展示がほぼないのだろうか。排泄については、整備費が2億円という高額トイレを巡って議論が起きたから、まあ、そこで語られたわけか。  帰り道、東ゲートからすぐの広場にミャクミャク像があったことに気づく。京都は三条大橋東詰めに鎮座する高山彦九郎の跪坐像を思い出させる、ミャクミャクの「いらっしゃいませ」像だ。来場時に気づかなかったのは、日光を遮るものが何もなく、暑すぎて誰も記念撮影をしていなかったからだ。多くの人が帰途につく18時少し前、20人ほどの行列ができており、そのせいで目についたのだった。 「未来社会のデザイン」はどこ?  それにしても、「いらっしゃいませ」像とは何事だろうか。ここは大阪だ。「おおきに!」像か「おいでやす!」像ではないのか。「いらっしゃい」を活かすにしても、「いらっしゃい、まいど!」像ぐらいしとかんと、大阪色が皆無やんか。「いらっしゃいませ」て、どこの飲食店でも入り口に置いてある足拭きマットの文言かいな。センスないわー……。  地下鉄の車内で今日一日を振り返った。要予約や長蛇の列に並ばなければならなかったパビリオンでは、「命輝く未来社会のデザイン」が存分に展示されていたのかもしれない。しかし予約に失敗し、猛暑の中で列に並ぶことを拒否した来場者が平場で体験できる展示からは、「命輝く未来社会のデザイン」を考え抜きましたという未来や革新は感じられなかった。  詰まるところ行き着くのは、どこにどのようなかたちで「命輝く未来社会のデザイン」が提示されていたのか、「さあ、未来社会へ」という惹句はどこに象徴されていたのか、まるでわからなかったという、腑に落ちずに宙ぶらりんにされたままの感情だった。  もし自由入場や行列のないパビリオンに行っただけでは万博の企図が伝わらないというのなら、それはイベントとしては失敗なのではないかと思う。それとも事前の調査もいい加減で無計画なまま、闇雲に突撃した私たちに落ち度があるのだろうか。 ※第1回【酷暑の万博を訪れた「関西出身の還暦コンビ」が入場前から“熱中症”の危機…人気パビリオンの大行列を目にして「ホンマに死んでまうかもしれんで」】では、午前中から感じた熱中症の恐怖、2025年の万博には「太陽の塔」のようなモニュメントが存在しないことの意味などについて井上氏が詳細にレポートしている──。 井上トシユキ(いのうえ・としゆき) 1964年、京都市生まれ。同志社大学文学部卒業後、会社員を経て、98年からジャーナリスト、ライター。IT、ネット、投資、科学技術、芸能など幅広い分野で各種メディアへの寄稿、出演多数。 デイリー新潮編集部

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