ウクライナで核爆弾開発の恐れ イギリスのThe Timesは11月13日付で、「ゼレンスキーの核オプション:ウクライナの核爆弾は『数カ月先』」と題した物騒な記事を公表した。米国が軍事援助を打ち切れば、ウクライナはロシアを阻止するために、1945年に長崎に投下されたのと同様の初歩的な兵器を急速に開発する可能性があるというのである。 記事は、ウクライナ国防省のために作成された報告書によると、ドナルド・トランプ次期大統領がアメリカの軍事援助を撤回すれば、ウクライナは数カ月以内に初歩的な核爆弾を開発できると書いている。長崎に投下された「ファットマン」爆弾と同様の技術で、プルトニウムから基本的な装置をすぐにつくることができるというのである。「戦時下のウクライナでは、ウラン濃縮に必要な大規模な施設を建設・運営する時間がないため、代わりにウクライナの原子炉から取り出した使用済み燃料棒から抽出したプルトニウムを使用することに頼らざるをえない」と記されている。 前述の報告書を執筆したのは、ウクライナの大統領と国家安全保障防衛会議(NSDC)の活動を科学的・分析的に支援するための基礎研究機関、国家戦略研究所(NISI)のオレクシー・イシャク部長である。彼は、「ウクライナが利用可能な原子炉プルトニウムの重量は7トンと推定される」としており、この量は、数キロトンの戦術核弾頭を数百発製造するのに十分である」という。 11月7日に公表された「フォーリン・ポリシー」の記事でも、「ウクライナの人々は今後数週間から数カ月のうちに、ワシントンの支援以外の解決策を模索し、以前はほのめかされていたに過ぎなかった潜在的な核による解決策を検討せざるを得なくなるだろう」と予言している。 ロシアの核施設がウクライナの射程圏内に 物騒な話はほかにもある。それは、ウクライナが核兵器を開発しなくても、ロシア領内にある核弾頭貯蔵所を攻撃するという方法だ。11月5日に公表された『フォーリン・アフェアーズ』の「ウクライナ戦争が—誤って—核戦争に発展する可能性」という論文によれば、少なくとも14カ所のロシアの核弾頭貯蔵所がウクライナからの無人機の射程圏内にあることは明らかだとしている(下図を参照)。 そのうちの少なくとも2カ所は、ウクライナ国境から100マイル(約161キロ)以内であり、ウクライナがすでに保有している、より破壊力のあるミサイルの攻撃範囲内にある。また、別の5カ所は国境から200マイル(約322キロ)以内であり、ウクライナがロシア国内の通常目標に対する使用許可を求めている西側提供の最新ミサイルの射程に近いか、射程をわずかに超えている。つまり、ウクライナはロシアの核弾頭貯蔵所を攻撃することで、ロシア領内に放射能をばら撒くことができるのだ。 10月17日のゼレンスキーによる「爆弾発言」 ここで紹介したいのは、ゼレンスキーが10月17日、ベルギーのブリュッセルで欧州連合(EU)加盟27カ国の首脳らに対し、ウクライナ戦争を終結する「勝利計画」について、EU加盟国の支援がどうしても必要だと訴えた後の記者会見での出来事だ。彼は「爆弾発言」をした。 ウクライナが今後、ロシアから自国を守るために、北大西洋条約機構(NATO)が自国を同盟に迅速に受け入れるか、あるいはウクライナが再び核保有国になるか、どちらかの道を選ぶつもりであると口にしたのである。ところが、数時間後、ゼレンスキーは、NATO以外に選択肢がないという意味で言っただけだと釈明した。「あれは私の合図だった。しかし、我々は核兵器を作っていない。このニュースを広めないでほしい」とのべたと、ドイツのビルドだけが報じたのである。 この話を知っていれば、今回明らかになったThe Timesの記事と符合していることがわかる。どうやら、ゼレンスキーは、西側がウクライナ支援を打ち切るような仕打ちをすれば、自ら核兵器を製造し、ロシアと対峙し、全世界を第三次世界大戦の危機に巻き込む覚悟らしい。 このゼレンスキーの恐るべき姿勢については、すでに知る人は知っている。拙稿「「プーチンの核」がひたひた迫ってきた…どうする、アメリカ!?」のなかで紹介したように、「ニューヨーク・タイムズ」の安全保障担当のデイヴィド・サンガー記者の近著(New Cold Wars)のなかで、彼は、バイデン大統領が側近に、ゼレンスキー大統領が意図的に米国を第三次世界大戦に引きずり込もうとしている可能性を示唆したこともあると指摘しているのだ。だからこそ、バイデンはゼレンスキーに対して、ウクライナからモスクワを直接攻撃できる長距離射程の兵器の使用を許可しなかったのである。 因果はめぐる よく知られているように、1994年、米国政府当局者は、独立したばかりのウクライナの指導者を威圧し、旧ソ連から受け継いだ核兵器(ロシアからの将来の侵略を阻止することが可能であったはずの核兵器)を放棄させた。その見返りとして、いわゆる「ブダペスト覚書」の一部として宣言された、曖昧な「安全保障保証」が与えられることなった。 この「ブダペスト覚書」は、全欧安全保障協力機構(OSCE)が仲介して、旧ソ連圏に残された核兵器の措置について、アメリカ(クリントン大統領)、イギリス(メイジャー首相)、ロシア(エリツィン大統領)3カ国首脳が合意・署名したものだ。米英ロ三国の合意と同時に、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンの3国も、それぞれ覚書に調印した。これにより、3カ国に残されていた核兵器が、旧ソ連の後継国ロシアに移転された。 ウクライナには、核兵器がなくなり、それがウクライナ戦争の抑止できなかった要因の一つに数えられている。いわば、この米国主導の「ブダペスト合意」の咎(とが)が、今度は、ウクライナの核兵器不拡散条約(NPT)違反という裏切りを招こうとしていることになる。まさに因果はめぐるのだ。 ウクライナ戦争の和平過程 米大統領選のトランプ勝利によって、ウクライナ戦争をめぐる和平に向けた新たな動きがすでにはじまっている。トランプ新政権である「トランプ2.0」の陣容をみると、副大統領に就任するJ・D・ヴァンスは、9月に、(1)ロシア側は奪った土地を保持し、現在の戦線に沿って非武装地帯を設け、ウクライナ側はロシアの再侵攻を防ぐために厳重に要塞化する。(2)ウクライナの残りの国土は、独立した主権国家として認めるが、ロシアはウクライナから「中立の保証」を得る。(3)ウクライナはNATOに加盟せず、このような同盟機関にも加盟しない——という和平案を明らかにした(9月13日付のNYT)。11月6日付のWSJは、トランプに近い外交政策アドバイザーの提案として、「ウクライナはNATOへの加盟を20年間断念し、米国は武器や兵器のウクライナへの供給をつづけるという選択肢もある」と伝えた。この案には、紛争を凍結し、800マイル(約1300キロメートル)の非武装地帯を作ることも含まれている。 11月7日付のWPは、トランプが同日、プーチンと電話会談し、ウクライナでの戦争について話し合ったと報じている。トランプは大統領選のキャンペーンで、ウクライナでの戦争に即時終止符を打つとのべてきたが、その方法についての詳細は明らかにしなかった。 彼は、ロシアが獲得した領土の一部を保持することを支持すると、内々に示唆しており、「今回の電話会談では、土地に関する問題を一時的に提起した」と、WPは伝えている。 どうするヨーロッパ 11月7日、ヨーロッパの将来について政治的・戦略的に議論するため2022年に設立された政府間組織、欧州政治共同体の会合が開かれ、翌8日には、EU首脳会議が開かれた。「トランプ2.0」への欧州の対応は一枚岩ではない。たとえば、エマニュエル・マクロン仏大統領は12日、「国民の安全のためには、強いウクライナ、強い欧州、そして強い同盟が必要だ。 これが私たちの共通の課題である」というメッセージをXに投稿した。とはいえ、7月の議会選挙で中道派が大敗し、政治的基盤が揺らいでいるマクロンは、政治的影響力が明らかに衰退している。一方、ドイツの与党連立政権は11月6日に崩壊し、オラフ・ショルツ首相はすでにレイムダック状態にある。 注目されているのは、同月11日、GBニュースのインタビューに答えて、ボリス・ジョンソン前英国首相が、「紛争中のウクライナに対する米国の防衛費をトランプが削減した場合、英国軍がウクライナに派兵される可能性がある」と警告したことだ。彼に言わせると、復活したロシアはヨーロッパのあらゆる地域を脅かすようになり、欧州の集団安全保障が著しく低下するから、ウクライナに英国軍を派遣することさえありうることになる。 アントニー・ブリンケン国務長官は、11月13日にブリュッセルを電撃訪問し、NATO、EU、ウクライナの高官と会談して今後の戦略を練った。米国やドイツを含む主要同盟国は今のところ、ウクライナのNATOへの招待要請を拒絶している。 他方で、プーチンは相変わらず、協議が成功するためにはウクライナが完全な中立を受け入れる必要があると主張している。 ウクライナの現状 ウクライナの大統領顧問であるミハイロ・ポドリャク氏は11月13日、「どんな不利な条件でもウクライナ に交渉を強要するのは非常に奇妙に見える。 なぜなら、要するに、彼らはウクライナに抵抗をあきらめさせることを提案しているからだ」、とXに書いた。 ただ、キーウ国際社会学研究所(KIIS)が9月20日から10月3日にかけて実施した世論調査(回答者数2004人)によると、昨年5月以降、領土譲歩に前向きな人の割合は徐々に増加。今年2月には26%、5月には32%、10月現在も、32%が早期和平のために領土譲歩もやむなしと答えている(下図を参照)。 歴史の教訓 多くの人が思い出すべき歴史上の教訓がある。それは、戦争終結に反対すれば、指導者であっても暗殺されるという出来事である。その昔、米国の支援を受けていた南ベトナムのゴ・ディン・ジエム大統領は殺害された。「1963年11月1日、ジエムと弟のゴ・ディン・ヌーは、サイゴンの路上で、アメリカ製のM-113装甲兵員輸送車のなかで南ベトナム軍将校に殺害された」(The American Establishment, Leonard Silk & Mark Silk, Basic Books, Inc., p. 5, 1980)。ジエム政権は独裁的で一族支配を特徴としていたが、米国政府は同政権を支援していた。 結局、仏教旗の掲揚禁止に反抗したデモ隊を政府側が射殺した後、仏教徒の大規模な抗議行動が起き、米国によって訓練されていたベトナム共和国軍(ARVN)の将校によってジエムは処刑されたのだ。殺害に米政府がどこまで関与していたのかは不明だが、米国が支援した指導者であっても殺されることがある。 何がいいたいかというと、いまはウクライナを軍事支援している米国だが、ゼレンスキーがいつまでも対ロ強硬路線を叫んでみても、いつはしごを外されてしまうかわからないということだ。 彼は、超過激なナショナリストに擦り寄ることで、政権を維持し、ウクライナ戦争を招き寄せたともみなせる人物である。そんな彼が超過激なナショナリストに同調してプルトニウム型核兵器の開発に傾く可能性は捨てきれない。そんなとき、トランプ新大統領はどう対処するのだろうか? 新しく中央情報局(CIA)長官になるジョン・ラトクリフ元国家情報長官は、保守系大手シンクタンクのヘリテージ財団が2016年に発表したランキングによると、国内でもっとも保守的な政治家の一人とみなされていた。おそらくトランプ新大統領のためなら、どんなことにも手を染めるだろう。 トランプ復活でゼレンスキーがヘコむ「2022年ウクライナ和平案」も復活か?