「投資会社がゲームを作っている」 コーエーテクモホールディングスは主力のゲーム事業のほか、投資で莫大な利益を得ていることから、冗談混じりにこんな言われ方をされることがある。 10月28日に発表した中間決算でもその特異なスタイルは顕著に現れていた。本業の稼ぎを示す営業利益は106億円の一方、投資の運用益などを含む営業外収支(営業外収益+営業外費用。ただし、営業外費用はマイナスの値)は103億円だったのだ。しかも、同収支は前年同期を上回っている。 この驚異的なパフォーマンスを支えているとされるのが、同社会長の襟川恵子氏だ。運用を一手に引き受けており、「投資の天才」との呼び声も高い。 勝ち続ける投資家は一体どのようなアプローチを取っているのか。 『決算分析の地図 財務3表だけではつかめないビジネスモデルを視る技術』の著作もある株式会社ファインディールズ代表取締役の村上茂久氏が、決算資料からベールに包まれた天才の投資術に迫る。 前編〈ゲーム会社なのに投資の運用益は驚異の172億円…!《投資の天才》1600億円を運用するコーエーテクモ襟川恵子会長が稼ぎまくった「意外な投資商品」〉より続く。 驚異の利回りを実現する投資ポートフォリオ では、受取利息がメインの収益となっているコーエーテクモHDの投資ポートフォリオはどうなっているのでしょうか。図表5は、コーエーテクモHDの有価証券報告書に記載されている「その他有価証券」の内訳です。 ※外部配信先では図表がすべて表示されない場合があります。その際は「マネー現代」内でお読みください。 ここからわかるように、有価証券のポートフォリオにおいて最も多いのは社債で1507億円のうち45%の714億円を占めます。次に多いのが全体の40%を占める株式で621億円です。 この社債714億円と国債・地方債53億円を合計すると、コーエーテクモHDは767億円の債券を有していることになります。この767億円の債券に対して、受取利息は図表4にある通り146億円です。そのため、債券の投資利回りは19%(=146億円÷767億円)になります。通常、国債や社債等の債券の利回りは一桁前半になります。 にもかかわらず、コーエーテクモHDはなぜ債券への投資でこんなにも高い利回りを実現できているのでしょうか。 19%という高利回りの裏側 そのヒントは、実は図表4のコーエーテクモHDの営業外収支の内訳にあります。ここに「有価証券償還損」という科目が出てきます。株式は償還期限が存在しないので、当然この科目は株式とは関係ありません。 関係があるのは、社債や国債等の債券です。社債や国債の場合、通常は満期で全額元本が償還されるはずなので、「有価証券償還損」という科目が発生するはずがありません。 この科目が発生する理由は、コーエーテクモHDが元本割れで債券を購入しているからです。 例えば、元本が1億円の債券があるとします。単純化して、ここでは利息は発生しないとします。この債券が8000万円で、市場で取引されているとします。この債券を8000万円で購入し、満期に全額元本が償還されれば、差額の2000万円が利益になります。 一方で、満期で5000万円しか返ってこない場合は、3000万円の損失となります。この後者のケースが「有価証券償還損」が発生する場合です。 元本以下で購入した債券が満期において満額返済された場合には会計上、有価証券償還益もしくは受取利息として計上されます。普通の債券だと利回りが19%もあるはずがないので、おそらくコーエーテクモHDは元本割れの債券に投資をすることで、投資リターンを得ていると予想されます。 それが受取利息を146億円も計上している秘密だと考えられます。 ハイリスクハイリターンの債券 実際、2022年6月にはコーエーテクモHDがゼロクーポン債を買い込んでいるという報道が出ています(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-06-24/RDXNM1T0G1KZ01)。ゼロクーポン債とは発行時の価格が額面金額(元本)よりも低く設定され、満期時に額面金額で償還されることで利回りを提供する債券のことです。 そしてこの時期に、24年3月期の受取利息146億円につながるゼロクーポン債投資の仕込みを行っていたと考えられます。 事実、2019年3月期では社債への投資は86億円程しかなく、24年3月期の714億円の12%ほどしかありませんでした。この年の営業外収益は84億円とだいぶ少ないものでした。ということは、積極的な債券投資が、コーエーテクモHDにより一層の営業外収益をもたらしたと言えるのです。 ただし、この投資手法にも当然リスクはあります。それが満期で元本を回収できない「有価証券償還損」の存在です。 以下では、図表2を再掲しています。2023年3月期は、過去に比べて経常利益に占める営業外収支の割合が少ない年でした。 この年度は、営業外収益223億円に対して、営業外費用は215億円となり、営業外収支はわずか8億円弱。営業外費用がこれほどまでに膨らんだ理由は、有価証券償還損が140億円近くあったからです。つまり、安く仕入れた債券が満期で全額回収できず損失を計上したということになります。 このようにリスクの高い債券投資を行い、リターンを得ているのがコーエーテクモHDの投資スタイルなのです。 とはいえ、多くの期間で安定的な運用成績を残していることから、同社の投資を担っているされる代表取締役会長の襟川恵子氏の手腕は相当なものであるとうかがえます。 コナミやスクエニも及ばない ここまで、コーエーテクモHDの営業外収支を中心に見てきましたが、実は本業のゲームやエンタメ事業も過去最高水準の業績で、絶好調です。図表6は、コーエーテクモHDの過去10年間の売上高、営業利益、営業利益率をグラフにしたものです。 直近の2024年3月期では売上高は846億円で過去最高、営業利益は285億円で、営業利益率は34%にも上ります。ゲーム業界はヒット作の有無で業績の波があるものなのですが、コーエーテクモHDは2018年3月期以降、安定して営業利益率30%を超えた水準を達成しています。 この利益率の水準は他のゲームメーカーと比較しても高い部類に入ります。図表7は、主に据え置き型ゲームのソフト開発をしている企業の営業利益率と経常利益率を並べたものです。 コーエーテクモの営業利益率34%は、「ストリートファイター」「モンスターハンター」「バイオハザード」といった有名ゲームを多数抱えるカプコンの37%に次いで2番目の高さとなっています。 「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」等の強力なIPを保有するスクウェア・エニックスでさえも営業利益率が9%であることを踏まえると、コーエーテクモの安定した営業利益率30%超がいかにすごいかがイメージできるかと思います。 経常利益率は国内5位…! この営業利益に加えて、これまでみてきたように営業外収支が加わることで、コーエーテクモの経常利益率は54%となっていて、ゲーム業界ではもちろんのこと、上場会社の中でもトップクラスの水準に位置しているのです。 実際、この経常利益率は、時価総額で日本5位(2024年11月時点)で、高収益でも有名なキーエンスの2024年3月期の経常利益54%と同水準です。 コーエーテクモがこれほどの高い経常利益を確保できているのは、営業利益率で安定的に30%以上達成できているからです。この安定的な営業利益率に、営業外収益が加わることで、同社は過去10年間の経常利益率で49%と圧倒的な高さを誇っているのです(図表8)。とりわけ2021年3月期は65%、22年3月期は67%の経常利益と圧倒的な高さを誇っています。 営業外収益が大きな収益源となっているコーエーテクモHDですが、今後も積極的に余剰資金の運用を行っていく予定なのでしょうか。 2024年3月期の統合報告書によれば、同社の投資を引き受けているとされる代表取締役会長の襟川恵子氏はインタビューにおいて「財務運用の責任者として国際情勢を常に分析し、これまでの投資の経験を生かして余剰資金の活用による収益向上を図っています」と話しています。 また、同統合報告書では、余剰資金運用の原則としては以下を堅持するとも書かれています。 業績予想は意外にも保守的 1)継続性 毎期の利益のうち本業への投資を行った後の余剰資金を運用し、中長期視点から安定した収益を計上できる継続性を志向する。 2)機動性 金融環境の変化に対応してポートフォリオの見直しができる機動性を持つ。 3)資産内容の健全性 運用資産の含み損益を把握したバランスシートの健全性を担保する。 当然マーケットにおける価格変動リスクもある資産運用ですが、投資における資金の運用状況については、毎月の取締役会に報告、詳細なチェックを受け、ガバナンスを確保しているとも言及されています。 2024年10月28日に公表されたコーエーテクモHDの決算短信の業績予想では、売上高は前年比6.4%増の900億円、営業利益は前年比5.3%増の300億円と過去最高が予想されています。営業利益率は33.3%と引き続き高いことが見込まれています。 一方で、経常利益は400億円となり前年比▲12.6%となっています。営業利益と経常利益の差額が100億円であることから、営業外収支は100億円を見込んでいるようです。また、予想される経常利益率は44.4%と、過去10年の平均の49%よりは低い予想となっているようです。 なお、2025年3月期第2四半期における営業外収益は158億円で、そのうち受取利息は99億円と引き続き、債券投資からのリターンが大きいことが考えられます。 営業外費用は▲55億円で、主たる要因としてはデリバティブによる評価損が▲21億円となっています。上半期時点で営業外収支は103億円であり、この数字だけを見ると25年3月期の予想である100億円の営業外収支をすでに達成しています。このことを踏まえると、25年3月期の経常利益の業績予想はやや保守的なのかもしれません。 売上高、営業利益ともに過去最高が予想されているコーエーテクモHDですが、余剰資金の投資でさらなる利益を確保し、過去最高の経常利益も達成できるのでしょうか。 本業の業績に加えて、資金運用の業績もぜひ確認してみてください。 【もっと詳しく】〈あの孫正義に一目置かれ《1000億円以上の株取引》で大企業の損失も穴埋め...コーエーテクモ会長の「女傑伝説」【直撃インタビュー】〉もあわせてお読みください。 もはや本物の「朝ドラヒロイン」…!あの孫正義に一目置かれ《1000億円以上の株取引》で大企業の損失も穴埋め...コーエーテクモ会長の「女傑伝説」【直撃インタビュー】