「絶対に一橋大に進みなさい」…深夜1時まで勉強を強制された小学生時代 母親にかけられた深すぎる「呪い」の言葉【毒母に人生を破壊された息子たち】

 近年、ますます社会問題化している「毒親問題」。過干渉や暴言・暴力などで、子どもを思い通りに支配しようとする親、それによって、将来に亘ってさまざまな生きづらさを抱え続ける子ども——。1990年代後半から被害が顕在化し、今ではその深刻さが広く認識されるようになってきた。7月に女優の遠野なぎこが自宅で遺体で発見されるという悲劇が起きたが、彼女もかつて実母から虐待された過去を打ち明けていた。 【写真を見る】遠野なぎこだけではない…毒母被害を公にした芸能人たち  従来、毒親に関しては、母が娘を支配する例がクローズアップされてきたが、現実には、母が息子を追い詰め、その人生を破壊してしまうことも少なくないという。ノンフィクション・ライターの黒川祥子氏が、そうした「毒母」に人生を破壊された息子たちに連続インタビューし、その過酷な人生を追った。 社会問題化している毒親による子どもの虐待(写真はイメージです)  連載の第一回は、幼い頃から塾経営者の母に難関大学に進学することを強いられ、その“期待”に応えたものの、その後の人生を「ひきこもり」として過ごすことを余儀なくされている60代男性の物語である。  【前後編の前編】  【黒川祥子/ノンフィクション・ライター】  *** 高齢化したひきこもりの語らいの場  土曜の昼下がり、公民館の和室には静謐な空気が流れていた。三々五々集まってきた人たちがテーブルを囲み、座布団に座る。 「ひ」きこもりと、「老」いを考える、「ひ老会」が始まろうとしていた。「ひ老会」は、ひきこもりが長期化している、中高年ひきこもり当事者のための数少ない貴重な場だ。  参加者のために急須で日本茶を入れているのが、主催者であり、自身も中高年ひきこもり当事者である、ぼそっと池井多さん、63歳だ。中肉中背で、穏やかな人柄が所作から窺える。頭髪には白いものが混じり、重ねてきた年月を物語る。 自分の中にある“答え”  会の冒頭、池井多さんが静かな口調でルールを伝える。基本、言いっぱなし、聞きっぱなし。批判はしない。それぞれが「人生の当事者」として、悩みや思いを語っていく。 「皆さん、たとえ、ひきこもり支援者である方でも、当事者として参加していただきます。誰もが皆、『人生の当事者』であるからです。全員が『当事者』という、同じ地平に立って言葉を交わすのがこの会です」  知性を感じさせる淡々とした語り口、参加者への眼差しは優しい。一巡、二巡と、参加者それぞれが、自己を吐露していく。車座の一人として、ここは安心して思いを分かち合える場であることがはっきりわかる。 「『ひ老会』は、自分の中にある“答え”へと安心して降りていき、たどりつける時間と空間です」  この分かち合いの時間と空間こそが、池井多さんが目指すものなのだ。 一橋大に行きなさい  池井多さんは1962年、塾経営者の母(1936年生)と、会社員の父(1933年生)の第一子として横浜に誕生した。母は名門女子大卒、父は工業高校卒という夫婦が作る家庭は、妻が権力を握り、夫を見下すという構図が、池井多さんには幼い時から当たり前の、家庭の風景だった。 「あなたね、お父さんのようになったらおしまいよ。学歴もない。収入もない。あなたは、絶対に、ああはなってはいけない」  テレビを見る父の背中を横目に、母はこんこんと息子に言い聞かせた。 「あなたは、絶対に一橋大へ行きなさい」  なぜ東大でも京大でもなく、一橋大だったのか。 「それは、今ならわかります。母親は東京女子大学在学中に、一橋大学の学生に恋をしたものの叶わなかったようです。その腹いせに、当時、人形劇団で活動していた高卒の男性と結婚したわけです。母親は名家の令嬢だったわけですが、下層の男性を結婚相手に選んだことで、親戚からかなり誹られたらしいです。息子を使って、そうした“不名誉”の失地回復を図ろうとしたようです」  母の厳命は、幼な子には絶対のものだった。池井多さんは小学3年から、夜中の1時、2時まで勉強をすることを強いられた。全ては、一橋大に入るためだ。10歳に満たない子が、夜中までの勉強に耐えられるわけがない。従わないと、決まって母はこう迫った。 「勉強しないんだったら、いい? お母さん、死んでやるからね」  この言葉が息子に与えた呪いの深さを、池井多さんは思わずにいられない。 「幼い子にとって、親の死は自分の死でもあるんです。親がいないと、生きていけない。少なくとも、そう思いこまされて育てられてきたのです。だから、どんな理不尽にも従うしかないわけです」 強迫性障害  記憶を辿ればすでに5歳の段階で、池井多さんは強迫性障害を発症していた。 「空気から汚物が入って、自分が穢れて死ぬんじゃないかと思って、汚物を出そうと唾を吐きたいけど、幼稚園で唾は吐けないから、ハンカチに吐くんです。だから、ハンカチがいつもびしょびしょになっていました」    5歳というのは、母方の祖母が死んだ年でもあった。母は祖母に依存性が高かったと今は思うが、この祖母の死が始めの「呪い」のきっかけとなった。 「おまえが悪いことをしたら、おばあちゃんが見ているから、何にも誤魔化せないんだよ。おばあちゃんが見ているし、悪いことをしたら、お母さん、死んでやるからね」    潔癖症にがんじがらめになる人生が、こうして始まった。 スパゲティの惨劇  母親がどういう人間だったかを象徴するのに、「スパゲティの惨劇」がある。  夕方、母親は決まって聞いてきた。 「おまえ、夕ごはん、何が食べたいの?」  聞かれたとて、希望を言える関係でないことは幼い頃からわかっていた。 「だから、僕は “なんでもいいよ”と答えるんです。すると、“なんでもいいじゃ、わからないわよ!”と、母親がヒートアップして、“ねえ、スパゲティ、食べたくない?”と、決まって誘導してくるんです。母親は次第に苛立ってきて、僕は苛立ちが怒りに変わるのが恐ろしくて、“はい、スパゲティ、食べたいです”って、言うしかないんです」 この子、殴ってやって  そうして目の前に、手作りのスパゲティの皿が置かれても、食べたくもないから、食が進まずにのろのろ食べていると、母の怒りは頂点に達する。 「そんなに食べたくないなら、食べなくていい!」  母親はスパゲティの皿を取り上げ、台所の流しに投げつける。あまりに理不尽であるが、幼な子は起こることなどできず、恐怖と悲しみからまず泣く。そこに、決まって父親が帰宅する。 「お父さん、この子、“スパゲティが食べたいって言うから作ってあげたのに、こんなもの、食えるか!”って、スパゲティを捨てちゃったの。お父さん、この子、殴ってやって」  言われるがまま、父はズボンからベルトを取り出し、ベルトで息子を打ち付ける。 「スパゲッティは炒飯だったりオムレツだったりいろいろですが、ともかく、冤罪を仕掛け、父親に殴らせるという展開は同じです。母親は、自分では殴らない。この“スパゲティの惨劇”に、母親の全てが集約されているんです。私は虐待してないわよ、私の手は汚れていない、私はそんな人間じゃないわよ、と虐待の加害者であるにも関わらず、巧妙にすり抜ける」  家庭という密室で日常的に行われた、冤罪による子どもへの制裁。これが、池井多さんの日常だった。【後編】では、大学受験後の池井多さんの辿った「ひきこもり」の道と、後に「スパゲティの惨劇」について尋ねた際、母の口から出てきた衝撃的な言葉について詳述する。 黒川祥子(くろかわ・しょうこ) ノンフィクション・ライター。福島県生まれ。東京女子大学卒業後、専門紙記者、タウン誌記者を経て独立。家族や子ども、教育を主たるテーマに取材を続ける。著書『誕生日を知らない女の子』で開高健ノンフィクション賞を受賞。他に『PTA不要論』『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』『シングルマザー、その後』など。最新刊に『母と娘。それでも生きることにした』。雑誌記事も多数。 デイリー新潮編集部

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