日本には、全国で1万6993施設もの動物病院(飼育動物診療施設)が存在する(農林水産省「飼育動物診療施設の開設届出状況」/令和6年12月31日時点)。その中には、都市部のオフィスビルの一角に入ったコンパクトな病院もあれば、郊外に建つ一軒家タイプの病院まで、立地や規模、建物の形態も多種多様だ。地域のペット医療を担うだけでなく、近年はトリミングやしつけ相談など、動物との暮らしを支える多機能な場所としての側面も強まっている。 【写真をみる】海がみえる動物病院 『初恋DOGs』の“見つけてほしい”肉球の仕掛け 現在放送中の火曜ドラマ『初恋DOGs』(TBS系)に登場する「しろさき動物病院」は、そんな日本の動物病院の多様性を踏まえつつも、フィクションの動物病院としての魅力を最大限に引き出した空間づくりが目を引く。海の近くに佇むそのたたずまいは、どこか懐かしさを感じさせながらも、24時間診療を行うという現代的なニーズにも応えるデザインや設定になっている。 現実の動物病院として実在しそうなリアルさと、ドラマだからこそ成立する温もりや遊び心--その両立を目指し、美術プロデューサーの羽染香樹氏らが細部にまで工夫を凝らしている。 リアルさと演出効果が共存する、海辺の動物病院 「しろさき動物病院」のロケ地に選ばれたのは、坂の途中にある海が見える2階建ての一軒家。ロケ地選定に苦戦したというが、この建物の全容が見えないことで、ドラマの都合に合わせた設定を盛り込みやすかったからだ。「患者さんたちは1階の正面にある両開きドアから入ってもらい、従業員は坂の途中にある入口から入ることで導線を2か所確保できると思ったんです」と羽染氏は語る。 劇中では、成田凌演じる白崎快が2年前に閉院する病院を譲り受け、再スタートを切ったという設定。どこか年季を感じる雰囲気に、カラフルで清潔感のあるトーンを取り入れることで、過去と現在が同居するような空間に仕上げている。「機材や家具は新しくても、躯体はちょっと経年変化がある感じ。あえてアンバランスにしているんです」と、羽染氏は演出意図を明かす。 また窓から見える外の景色にも工夫が。羽染氏自らロケ地の近くから見える海を臨む景色を撮影し、特殊な幕に出力している。「実はこの幕の裏側を黒く印刷していて、夜の設定で後ろから照明を当てると夜景としても使えるようになっています」と、24時間診療の動物病院として深みを生み出している。 ガラス張りの設計に込めた、“すべてがつながっている”感覚 診察室、入院室、処置室、スタッフルームなど、病院の各空間はガラスで仕切られている。特にスタッフルームは“司令塔”のような位置づけで、1つの空間から全体を把握できるよう設計されている。「どこで撮影していても、全部が見えるようにしたかった。壁にすると閉鎖感が出てしまうので、どの角度からも画になるように、なるべく抜けを作ったんです」と羽染氏。 ただし、診察室だけは例外。実際の動物病院ではあまり見られないからだ。監修を務める日本動物医療センターの獣医師・有藤翔平院長と何度も打ち合わせを重ね、ガラス張りでもプライバシーに配慮できるようブラインドを設置した。「診察室をガラスにしていいのか心配だったのですが、“ブラインドで目隠しできるなら、いいと思いますよ”と確認をいただけたので、映像とリアルのバランスが取れたと思います」。 待合室の“木”に込めた、里親への思いと遊び心 吹き抜けの待合室の中央に立つ、シンボリックな「木」。枝には、里親募集中の動物たちの写真がつるされている。羽染氏は「実際の動物病院を見学させていただいた時に掲示板に貼ってあったのを見たのですが、吹き抜けの空間を生かして、真ん中に飾ったら面白いんじゃないかと思って」と話す。 この木は、動物病院のロゴに描かれた木をモチーフに、特殊造形で制作されたもの。劇中では、写真が話数ごとに変化したり、里親が決まった動物の写真が外されるといった演出も盛り込まれている。「セットだけど物語と一緒に変わっていく感じを出したかった」と語る通り、単なる背景美術ではなく、ストーリーに寄り添う“演じるセット”となっている。 肉球の仕掛けやリアルな動線…“見つけてほしい”があちこちに 羽染氏が「ぜひ見つけてほしい」と語る、遊び心あふれる仕掛けの1つが、床やスロープに散りばめられた“肉球”の模様だ。ほんの少し浮き出るように加工され、動物病院の外に設置している肉球はぼんやりと光るようにもなっている。「既製品のライトをそのまま使うのではなく、オリジナルで仕込みました」とこだわりを明かす。 さらに、動物たちの入院室や診察動線にも細やかな配慮がなされている。有藤先生の監修のもと、大型犬のためのスロープを設置するほか、犬と猫の待合スペースを左右で分けるなど、実際の医療現場に即した設計が採用されている。 この構造には、国際猫医学会(ISFM)が定めた国際基準による規格「キャットフレンドリークリニック(CFC)」も意識されている。これは猫のストレスを軽減し、安心して治療を受けられる環境を整備することを目的とした取り組みで、実在の動物病院でも導入が進められている。 「待合室では、受付に向かって左側が犬用、右側が猫用のスペースになっています。劇中では犬の登場が多いですが、猫はキャリーで運ばれることが多いので、猫側は少しコンパクトに。入院室も、犬とそれ以外の動物とでフロアを分けているんです」と羽染氏。2階には猫や小動物専用の入院施設も用意されており、“24時間体制の病院”として、細部までリアルな設計が施されている。 リアルとフィクションの“ちょうどいい交差点”を探して スタッフの働き方にもリアリティを持たせるため、セット内はフリーアドレス制という設定に。個人のデスクがない分、小物や装飾はランダムに点在させ、散らかり過ぎず、でも無機質過ぎない空気感を演出。「働いている人の人柄が、置いてあるものからにじみ出るようにしたかった」と語る。 動物のリアルな置物も、造形作家による協力で設置された。「人の病院ではない動物病院として見分けがつくように、大きめで印象的なものを選びました。実際に動物がいなくても、“ここは動物のための場所だ”と分かるように」(羽染氏)。 ドラマの中の世界を超えて、現実の動物病院が持つ温もりや使命感を体現する「しろさき動物病院」。動物と人、その暮らしを支える場として、全国にあるさまざまな病院でも、現場では日々工夫や情熱が注がれている。