「探偵への依頼に、依存が背景にあるものもあります。依存症で問題になるのは『誰かが困る』ということ。放置すれば周囲も困難へと巻き込んでいく。相手の状態を判断し行政や医療につなげることも必要です」 キャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さんは、メンタル心理アドバイザー、夫婦カウンセラーの資格を持つ。多くの相談の中で「依存」とは大きな問題になっているのだという。 依存にはアルコールや薬物、ギャンブルなどの物的依存もあれば、共依存もある。なにより「その原因」が何かを知ることも重要だ。 山村さんが心のケアを踏まえて相談事例を伝える「探偵はカウンセラー」第3回は、結婚12年目になる夫のことでの相談。原因がわからないが、1000万円あった貯金がわずか1年でなくなってしまったという。真面目で優しい夫がイライラするし、女性問題かお金のトラブルかがあるからこそではないかと妻が相談してきたのだ。 夫には恋愛経験がなかった 今回の依頼者である42歳の美和子さん(仮名)は、食品関連会社に勤務する会社員です。夫は45歳で大手の素材関連メーカーに勤務する会社員。美和子さんは、大阪の短大を卒業した後、地元・広島で会社員をしていましたが、30歳の時に33歳の夫と出会い結婚しました。この2人は12年前に交際0日婚で結婚。2人が生まれ育った広島県は、20代で結婚するのが“普通”とされており、お互いの父親が、30代になっても独身でいる子供たちを憂えて、見合いの席を設定したのです。 美和子さんは不幸な恋愛を繰り返していましたが、夫には恋愛経験がありませんでした。夫はお見合いの場で「僕の父がいいというから、あなたはいい人なんだと思う。結婚しませんか?」とプロポーズ。 美和子さんは会社を辞め、3ヵ月後には結婚式をして、夫が生活する東京に引っ越します。夫は美和子さんを大切にし、「交際期間がないから2人の生活を楽しもう」と、デートや旅行を満喫します。結婚2年目に息子が生まれます。 東京に出てから美和子さんは正社員として就職するも、夫がマンションのローン、生活費も全額支払っており、美和子さんは“妻として守られる安心感”に包まれながら、子育て、家事を大切にしながら仕事してきました。週に1回は夫婦関係を持っており、美和子さんも幸せそのものだったといいます。 そんな幸せが暗転したのは、1年前。夫の韓国出張からでした。不機嫌になることは増え、「俺に構うな」「何もかも面倒くさい」などと言い、美和子さんにあたるように。家庭は常にピリピリした雰囲気に包まれており、美和子さんは「好きな女性ができたのではないか」と疑います。 探偵に問い合わせるに至ったきっかけは、夫が「家にいて辛気臭い顔を見るのも嫌だ」と休日の土曜日に出て行ったこと。そのスキに、夫の机をガサ入れてして、夫の祖父の遺産が預けられている通帳をみつけます。記帳すると、1年前は1000万円ほど入っていたのに、30万円、50万円と引き出されており、今は残高10万円になっていたのです。女性に貢いでいることを確信した美和子さんは、私たちに調査を依頼。美和子さんは離婚を絶対に回避したい。それは中学受験を頑張っている息子の存在もありますが、何よりも夫を愛している。そんな思いを受けて、調査に入ることにしたのです。 会社を出て向かった先は… 夫の生活パターンを聞くと、平日は遅くとも22時には家に帰ってきて、部屋に篭ることが多いと言います。まずは出勤時間の朝7時30分から自宅マンションの前で張り込みました。 夫は白シャツにジャケット姿で、優秀そうな男性という雰囲気を醸し出しています。細身の体型ということもありますが、45歳の実年齢よりも引き締まっている。身長は170センチほどで、白髪まじりの髪を、短く刈り込んでいます。バッグも時計も国産ブランドで、メガネも高額すぎないメーカーのもの。どうやら見栄っ張りではないし、高価な買い物を自分にしているものではないことがわかります。 また、全体的に地味なタイプで、浮気ではないのでは……と思いました。浮気している男性は、フェロモンのギラ付きのようなものがあるのですが、夫からは全く感じません。電車の中でもずっと目を閉じており、瞑想しているようでした。 夫は1時間ほどかけて、都心のオフィスビルに出勤。以降、全く動きはなく、ランチも外に出てきません。18時に退勤すると、銀行で10万円ほどのお金を下ろし地下鉄で移動し、都内のある雀荘に入って行きました。ここは、素人が入りにくい雰囲気を醸し出しているので、私たちは下で待機。 夫は21時に真っ青な顔で出てくると、雑居ビルの壁を数発殴り、そのまま電車に乗って帰宅。ターミナル駅で始発が来るまで待ち、ずっと座って目を閉じていました。どうやら負けてしまったのでしょう。 週末も別の雀荘へ おそらく、翌日調べても変化はない可能性が高いと思い、土曜日に2回目の調査に入ります。朝10時に出てきた夫は、1時間ほどかけて千葉県内の各駅停車の駅に移動し、駅前の雀荘に入って行きました。ペアの探偵が入ると、70代の男性たちとマージャンを楽しんでいる。夫は店の女性と顔馴染みのようで、笑顔で話していました。夫はかなり麻雀が強い。ペアの探偵は、これは学生時代からやりこんでいるのではないかと言っていました。 17時に退店すると、店の前で誰かを待っている。そこに40代の店のスタッフの女性がやってきます。2人は安い居酒屋に入り、酎ハイとおつまみを食べながら、麻雀談義。2時間ほど夫も女性も終始楽しそうにしていました。 そこに、女性の夫らしき40代の男性も加わり、3人で1時間ほど話しています。夫と男性は昔から親しいようで、女性と話すよりも楽しそうにマシンガントークをしています。 店も混んできて聞き取れなかったのですが、話題はギャンブルのようです。会話の断片に「カジノ」「バカラ」「ポーカー」、「学生時代に雀荘に入り浸っていた」などが聞こえてきました。20時30分になると、お会計です。3人とも一円単位まで割り勘にしていました。 夫はそれから、漫画喫茶で2時間ほど過ごし、23時30分に帰宅していました。おそらく、女性の存在は出てこない。夫が1000万円ものお金を使ったのは、ギャンブルだろうと確信し、美和子さんに報告しました。 「これは私の知っている夫ではない」 美和子さんは「これは私の知っている夫ではない」と驚いていました。美和子さんにとって、夫は真面目でカタブツ、潔白な人だと信じて疑いませんでした。調査をしてすぐに「浮気よりもギャンブルか金銭トラブルでは」と感じたのですが、美和子さんが浮気だと思った理由は、夫とギャンブルという言葉が一切つながらなかったからです。 私が「お金の急激な減り方は、おそらくギャンブルでしょう」と言うと、「雀荘から出てきた夫の顔、異常です。賭け事に負けてこの表情になったのかもしれません」と真剣な顔をしていました。 そして、美和子さんは震える手でギャンブル依存症の診察をしているクリニックを検索。私は「家族会なども調べてみるといいかもしれません」とアドバイスしました。私が知る限り、ギャンブル依存症になると、自己コントロールができにくくなり、うそをつく傾向がある。そのことをお伝えし、医療の手に委ねたほうがいいいことをお伝えしました。おそらく夫は幼い頃に母親に捨てられ、父親から暴力を受けていたという心の傷を抱えている。そのことに向き合う必要が今後生じるかもしれません。 学生時代にギャンブルにハマった過去が 美和子さんは「私だけでは受け止めきれない」と判断し、結婚式で紹介され、家族ぐるみの付き合いをしていた夫の学生時代の友人に連絡します。この男性はとても信頼できる人だということです。男性に伝えると、夫が学生時代にパチンコにハマり、義父から200万円借りた過去を知ります。 「夫の友人は『あの時、親父さんに血まみれになるくらい殴られていた。だからもう辞めたと思っていた』と話していました。その後、夫と友人の3人で話し合いの機会を持ったところ、すごく狼狽して『俺じゃない』と言っていましたが、やがて認めました。そして、友人が帰った後、通帳を見せたら『ギャンブルで溶かした』とあっさり言ったのです。韓国出張時に軽い気持ちでカジノに行き、10万円以上勝ってから久々にギャンブルにのめり込んだとも話していました」 夫はそれ以降、海外出張のたびにカジノに行きますが、負けが重なる一方。しかし、そのスリルが忘れられず、日本でもギャンブルに手を出すようになったそうです。 「雀荘帰りに居酒屋に行った男性は、大学の友人だったそうです。彼はパチプロとして生計を立てており、わざわざ会いにあの街の雀荘まで行っていたそうです」 結局、夫は美和子さんのアドバイスを受け、定期的にクリニックに通うようにしたそうです。ただ、初診が数ヵ月待ち。その間に再発しないように、夫の話を聞いたり、家族会に通ったりして、サポートすると話していました。 今回、夫はオンラインカジノに手を出してはいませんでしたが、もしやっていたら懲戒解雇になっていた可能性が高い。軽い気持ちで始めたことでも、知らぬ間に犯罪に手を染めており、人生を狂わしてしまうこともあるのです。 責め立てても治らない 消えた1000万円は祖父からの遺産であり、高い治療代と考え、美和子さんは夫を責め立てませんでした。依存症のきっかけは父の暴力と、母との別離による寂しさの可能性が高いと考え、支えたいと強く思ったそうです。 そこには美和子さんも働いており、経済的になんとかできるということと、夫が基本的に素晴らしい人だと支える気持ちがあるからです。依存症はその当人を責め立てても治りません。専門的な治療が必要ですし、本人を支えてくれる人の存在が、治療を早く進める手助けにもなるのです。支えようとしてくれる美和子さんに心から感謝をし、今は治療に向き合っているそうです。 これにより、夫婦の絆も深くなったと話していました。現状を認識できて、治療をスタートできたことに心からホッとしています。依存症は簡単なものではないからこそ、問題なのだと認識し、専門機関で適切に治療をすることが大切なのです。 調査料金は40万円(経費別です)。 山村佳子(やまむら・よしこ)私立探偵、夫婦カウンセラー。JADP認定メンタル心理アドバイザー、JADP認定夫婦カウンセラー。神奈川県横浜市で生まれ育つ。フェリス女学院大学在学中から、探偵の仕事を開始。卒業後は化粧品メーカーなどに勤務。2013年に5年間の修行を経て、リッツ横浜探偵社を設立。豊富な調査とカウンセリング経験を持つ探偵として注目を集める。テレビやweb連載など様々なメディアで活躍している。