幻の淡水魚「クニマス」「クチグロマス」、貴重な“田沢湖時代”の標本が東大で見つかる! 専門家が“大発見”の背景を解説

 1940年頃に秋田県の田沢湖で絶滅したとされながら、2010年に山梨県の西湖で生息が確認された幻の淡水魚「クニマス」。その“田沢湖時代”の新たな標本が3体、東京大総合研究博物館(以下東大博物館)で見つかった。いずれも今から100年以上昔に採集されたものであるというから、まさに「お宝発見」である。 【写真を見る】“絶滅”したとされていた“幻の淡水魚”が西湖で発見されていた…美しい若魚の姿とは 「田沢湖クニマス」  見つかったのは、今年の2月と3月のことだった。東大博物館動物部門の未整理の標本群の中から、まずは2月22日、「田沢湖クニマス」という布ラベルの付いた標本が発見される。さらに3月5日、今度は「写生四百七十二号 田沢湖クニマス岸田久吉寄贈」という布ラベルが付けられた個体と、「口黒鱒(クチグロマス)雌(メス) 田澤湖大正五年一月廿(20)日」「写生用参考二百八十号」という布ラベルが付けられた個体の計2体が、別の未整理標本のガラス瓶に一緒に入っているのが見つかった。 発見された“クチグロマス”の標本(提供/東京大学総合研究博物館・藍澤正宏氏)  保存状態はきわめて良好だった。が、もちろんラベルだけで即断できる代物ではない。なにしろ100年もの昔の魚のホルマリン漬けで、色は抜け落ちている。そもそもクニマスは近縁のヒメマスとよく似た種で、生きていても見た目だけで判別するのはきわめて難しい魚である。それゆえに80年以上もの間、西湖に暮らしていたことに、誰も気付かなかったのだ。  そんなクニマスが西湖に生きていた事実を、フィールドワークと緻密な研究によって明らかにしたのが斯界の第一人者、京都大学名誉教授の中坊徹次氏だ。『絶滅魚クニマスの発見—私たちは「この種」から何を学ぶか—』(新潮選書)の著者でもある。  中坊氏が言う。 「かねてより東大の標本台帳に田沢湖のクニマスが記載されていることは知られていたのですが、まさか現物が残っていたとは。知らされた時は驚きました」    中坊氏は、さっそく東大博物館におもむき、1世紀の時を経て日の目を浴びた標本と対面したが、彼の目をとらえて離さなかったのは「クチグロマス」のラベルの付いた一体だった。 ナゾの淡水魚「クチグロマス」の正体  そもそも田沢湖からクニマスが姿を消したのは1940年のこと。強酸性の河川水を田沢湖に引き込んで中和し、流域を農業用地にするためであった。結果として田沢湖の酸性度が上がり、クニマスをはじめ多くの生き物が死滅してしまったのだが、その中にクチグロマスも含まれていた。  今でこそ中坊氏の研究により、このクチグロマスはクニマスの若魚であると推察されているが、クチグロマスそのものの標本は、実は1体も残っていなかった。 「クニマスの成魚は黒いのですが、若い時は銀色で、口の先だけがわずかに黒い。そのためかつて田沢湖の漁師たちはこの2つを別の種と認識して、成魚をクニマス、若魚をクチグロマスと呼んでいたと思われます。それが今回、初めて“クチグロマス”のラベルがついた標本が見つかったのですから、これは大きな発見です。標本で茶色に退色しているとはいえ、西湖のクニマスの若魚と同様に、口の先が黒い。これでクチグロマスが本当にクニマスであったことは、間違いないでしょう」  その上で、この標本にまつわる、あるエピソードを明かしてくれた。 「クニマスが新種として命名されたのは1925年のことで、大正5年(1916年)当時は、まだ種として記載されていなかった。ですから、この標本を用いて種を決めていたら、今頃は図鑑にクチグロマスの名前で載っていたかもしれません」 世界最古のクニマス標本も  ところで、今回の標本の内の1体、2月22日に確認されたものは、いまから116年前のもので、現存する20体の「田沢湖クニマス」の中で、最も古いものであることも分かった。そして、これが明らかになった経緯も、実に興味深いエピソードがともなう。  中坊氏が言う。 「日本の湖沼学の草分けに田中阿歌麿という人物がいます。彼が1911年に刊行した『湖沼の研究』(新潮社刊/絶版)にクニマスの標本写真が掲載されているのですが、実はこの写真の原版が2011年頃に、同じく東大博物館で見つかっているのです。そして今回、見つかった標本と見比べたところ、標本作成の際に刺したピンの位置や体の傷などが一致したのです」  そして、田中阿歌麿の記録に従えば、これは1909年8月15日〜16日に田沢湖の測深調査の際に地元漁師から提供を受けたのが、この個体である。  世紀を超えて、われわれの目の前に立ち現れた過去からのメッセンジャーは、さまざまな「物語」を我々に提供してくれる。7月27日〜8月1日には、東京・本郷の東京大学総合研究博物館本館で、これら標本や写真などを展示される。 デイリー新潮編集部

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