シトロエンを120台所有する男 マニア必見のコレクション(後編) 巨大な個人博物館

年代の新しいコレクション 博物館の3つ目の展示フロアには、さまざまなGSおよびGSAモデルに加え、比較的新しいクルマも数多く展示されている。クラシックカーとしての地位を確立しつつあるもの、あるいはまだその段階には至っていないものもある。 【画像】ロータリーエンジンも積んだ! 70年代の主力モデル【シトロエンGSを詳しく見る】 全29枚 AXやエグザンティアといったモデルは減価償却のカーブの底辺にあり、無関心なオーナーの手元に置かれている場合も多く、新車同様の車両を間近で見られることなどめったにない。 ここからは比較的新しいモデルの展示を紹介していこう。 ただし、シトロミュージアムではすべてのシトロエン車を所蔵しているわけではない。例えば、ZXやクサラはコレクションには含まれない。フラデ氏は、まだ走行距離が少なく、比較的入手しやすい新しいモデルにはあまり興味がない、と語っている。 SM(1971年) シトロエンは、1968年に買収したマセラティと共同で、高性能の最上位モデルとしてSMを開発した。このクーペは、油圧式サスペンションによる快適な乗り心地、豪華なインテリア、マセラティ設計のパワフルなV6エンジンなど、フラッグシップモデルにふさわしい装備と性能を誇っていた。1970年の発売当時、SMは欧州市場で最も先進的なクルマの1つとして高い評価を得ていた。 SMは米国でも一時的に成功を収めたが、サスペンションが連邦の車高規制に抵触し、販売中止となった。フラデ氏は、モナコでこの1971年製の個体を購入した。走行距離は3万8000kmで、博物館にはほかにも複数台のSMが保管されている。 SM(1971年) GS(1972年) GSは、1970年に2CVおよびその派生車種と、大型のDスーパーとの間のギャップを埋めるために登場した。この1972年製のクラブモデルを購入した夫婦は、納車後まもなく離婚した。彼らは購入元のディーラーにクルマを返却し、戻ってきた代金を分割したそうだ。 ディーラーは中古車として販売することなく、何十年にもわたって新車同様の状態に保存していた。走行距離は2000km未満で、現存する最もきれいな個体の1つだ。 GS(1972年) GSビロトール(1974年) シトロエンは、M35プロジェクトで得た教訓をGSビロトールに反映させた。最高出力105psのツインローター・ヴァンケルエンジンを搭載し、GSファミリーの最上位モデルとして販売された。価格と装備もそれに応じたものだった。外観では、標準のGSと比べてワイドなフェンダー、専用のホイールとハブキャップ、充実した計器類、一体型ヘッドレストを備えたシートが特徴だった。エンジンが7000rpmのレッドラインに達すると、警告音が鳴った。 GSビロトールは、1973年の石油危機からわずか数か月後に発売されたため、商業的には失敗に終わった。燃費の悪さがロータリーエンジンの大きな欠点の1つであり、シトロエンもそこを改善できなかった。847台が生産された後、販売中止となり、シトロエンはオーナーに太っ腹な下取り額を提示することですべての車両を買い戻そうとした。歴史家たちは、総生産台数の約3分の1が現在も残っていると推定している。 GSビロトール(1974年) フラデ氏のビロトールは1974年に生産された個体で、1995年にシトロエン愛好家の集会に向かう途中でエンジン故障に見舞われた。フラットベッドで会場に運ばれ、そこで売却され、南フランスのカンヌに輸送された。2009年に、走行距離約2万8000 kmでシトロミュージアムに収蔵された。現在、この個体は修復作業中で、コレクションの中で唯一走れないクルマとなっている。 GSパラス(1977年) 1977年にこのGSパラス(上級グレード)を購入した夫婦は、高齢のため混雑したパリの道路での運転が難しいと考え、3万5000km走行後に走らせるのをやめた。オルレアンの修理工場のオーナーが、夫婦の自宅の駐車場で発見した。 GSパラス(1977年) GSバサルト(1978年) オドメーターにほぼ10万kmと表示されているこの1978年製GSバサルトは、同じ倉庫に保管されている低走行のクラシックカーよりもはるかに多くの時間を道路で過ごしてきた。フランス市場向けに1800台のみ生産された希少性と、新車同様のコンディションが評価され、コレクションに収められた。 GSバサルト(1978年) GSA(1984年) シトロミュージアムで取材班のお気に入りの1台であるこの1984年製のGSAは、走行距離41kmで、新車当時は何年も売れずに未登録のまま放置されていた。スペイン生産で、よりモダンなBXに比べ、外観も乗り心地も完全に時代遅れだったため、買い手が見つからなかったのではないかとフラデ氏は考えている。 GSA(1984年) GSA(1984年) このGSAは、シトロミュージアムに加わるまで2人のコレクターの手に渡った。幸い、2人ともその希少性を認識しており、運転するよりも展示することを選んだ。フラデ氏は、購入したクルマのいくつかは自分の博物館まで運転して運んだが、GSAはスペインからアルプスまでフラットベッドで輸送した。 GSA(1984年) GSAコテージ(1984年) シトロエンは限定モデルのGSAコテージ(GSA Cottage)を1850台生産した。ワゴンモデルをベースに、専用のツイード張りシート、フロントヘッドレスト、ベージュの塗装、GSA X3から借用したアルミホイールに似合うブラウンとオレンジのグラフィックを追加した。 シトロミュージアムのコテージの走行距離は、約1万5000kmだ。この個体の経歴は、低走行車の典型といえるだろう。最初のオーナーは購入後まもなく亡くなり、残された妻が思い出のクルマとして保管していた。フラデ氏は、彼女の死後、そのいとこからこのクルマを購入した。 GSAコテージ(1984年) CX 2400 GTI(1977年) フランス北西部のシトロエンディーラーのオーナーが、1977年に自分用としてこのCX 2400 GTIを購入した。納車後、彼は自分の店の部品売り場から、当時人気のあったドライビングライト付きグリルとリアウィンドウ用ルーバーを取り付けた。 最高出力130psの2.3L 4気筒エンジンは、その性能を発揮する機会をほとんど与えられず、走行距離は4万9000kmにも達していない。2008年にシトロミュージアムに売却された。今でも、ミシュランのTRXタイヤ用に特別に製作された、めったに見られないホイールが装着されている。TRXは非常に高価であるため、CXのオーナーは、他のシトロエンのホイールや、アルファロ・メオから流用したアルミホイールと交換することが多い。 CX 2400 GTI(1977年) CX 22 TRS(1988年) この後期型CXは、生産からほぼ1年後にフランス北西部のシトロエンディーラーに入荷された。しかし、さすがにタイミングが遅すぎた。後継車種のXMがすでに1か月前に発売されていたのだ。シトロエンのフラッグシップモデルを求める顧客は、最新かつ最上級のモデルしか購入しないため、この個体を注文したディーラーはなかなか売ることができず、17年間にわたって地下に保管していた。走行距離はわずか62kmだ。 CX 22 TRS(1988年) CX REGAMOプロトタイプ(1987年) 一見、この個体はごく普通のCXの後期型のように見える。しかし、これはREGAMOという名前のプロトタイプで、後にXMに採用される新技術をテストするためにシトロエンが製作したものだ。走行時にサスペンションのスポーツモードとオートモードを選択できるスイッチや、助手席の足元に隠された電子サスペンション・コントロールユニットなどが特徴的だ。 フラデ氏によると、シトロエンはREGAMOを12台ほど製作したそうだ。その半分はシトロエンがテストし、残りの半分は厳選されたディーラーに送られ、運転頻度の高い一部の顧客に貸し出された。走行距離が3万kmに達したところで返却され、通常のCX GTIに改造されて中古車として販売される予定だった。フラデ氏の個体は、REGAMO専用の装備がそのまま残っており、走行距離は3万296kmに達している。 CX REGAMOプロトタイプ(1987年) LNA 11E Cannelle(1983年) 1976年に発売されたLNは、プジョーの指揮下で開発された最初のモデルであったため、シトロエンで最も物議を醸したモデルの1つとして今なおその名を残している。これは、シトロエン化されたいわゆる “2ドア版104” に過ぎなかった。1978年に機械的な改良を重ねてLNAと改名された。一部のモデルには、ヴィザと共通のフラットツインエンジンが採用されたが、シトロミュージアムに展示されている11Eモデルには、プジョーの1.1L 4気筒エンジンが搭載されている。 LNとLNAはどちらもコレクターの間で人気を博すことはなかったが、フラデ氏が所有する走行距離4700kmのこの個体は、低走行なだけでなく、別の理由でも珍しい1台だ。2000台限定で販売されたCannelleという特別仕様車なのだ。アルミホイール、ボディの両サイドに施された白いストライプ、特別なシートを特徴としている。最初のオーナーは購入後まもなく入院したため、早期に保管されることになった。 LNA 11E Cannelle(1983年) ヴィザ・スーパー(1978年) 1978年に発売されたヴィザは、プジョー由来のモデルで、シトロエン純粋派からは批判を受けた。シトロミュージアムのこの個体は、最初期に生産されたものの1つだ。シトロエンのマーケティング部門が組み立てラインから選別し、当時の販売カタログの挿絵に使用された後、ギリシャで開催されたヴィザのプレス発表会に参加した。1978年にAUTOCAR英国編集部のロードテスター(試乗チーム)が運転していたかもしれない1台だ。 シトロエンは、2017年にコレクションの一部をオークションに出品するまで、この1台をコンセルヴァトワールで保管していた。走行距離は1万1000kmだ。 ヴィザ・スーパー(1978年) ヴィザIIス−パーE(1982年) 初代ヴィザは、多くの人が豚の鼻に例えたフロントデザインを持ち、世間の評価を二分した。シトロエンは1981年にフェイスリフトモデルを発売し、より流線型のデザインを採用して批判に対応した。同じパーツは後にC15バンにも採用された。 コレクターの間でもあまり人気がなく、たいていは荒っぽく運転されるクルマだった。しかし、この個体を購入した人は、1982年に亡くなるまでに2226kmしか走らせていない。2012年まで保管されていた。 ヴィザIIス−パーE(1982年) アクセル・エンタープライズ(1986年) アクセルはヴィサの2ドア・バージョンのようにも見えるが、実はその逆だ。開発は1974年に開始されたが、シトロエンが破産し、プジョーの傘下に入ったため、発売されたのは1981年のことだった。ルーマニアではオルシットとして生産・販売されたが、西欧の一部地域では1984年から1990年までアクセルとして販売された。空冷式フラット4エンジンなど、GSAから供給された機械部品を採用し、新車当時は2CVより安価だったが、ルーマニア以外での販売は極めて低調だった。 シトロミュージアム所蔵のアクセルは、企業向けに特別に生産された2人乗りモデルだ。現在でも、フランスの企業はシトロエンC3などの2人乗り仕様を購入することで、税制優遇措置を受けられる。この個体の最初のオーナーは、ディオゲネス症候群と診断された高齢の男性で、特に理由もなく購入したそうだ。この病気の症状の1つに、強迫的な収集癖がある。彼は運転免許を持っていなかったため、1990年代半ばに亡くなるまで、アクセルはパリの駐車場に放置されていた。フラデ氏は、走行距離2000km未満のこの個体を、元オーナーの兄弟から購入した。 アクセル・エンタープライズ(1986年) BXリーダー(1987年) 1980年代、シトロエンはBX、CX、ヴィザのお手頃モデルとしてリーダー(Leader)を販売していた。1987年に生産されたこのBXリーダーは、高齢の男性が新車で購入し、2009年に亡くなるまで3000kmしか走行しなかった。その後、愛好家がさらに3000km走行し、2016年にシトロエンミュージアムに売却された。 BXリーダー(1987年) BX 16 Soupapes(1989年) シトロエンは、プジョーの16バルブ、1.9L 4気筒エンジンをBXのエンジンルームに搭載した、16 Soupapesというモデルを開発した。160psのパワーにより、少なくとも直線では、多くのホットハッチを凌ぐほどの速さを誇った。この個体はグラースで新車購入され、その生涯の大半をそこで過ごした。 経歴は至ってシンプルで、事故やトラブルは一切ない。単にほとんど運転されなかっただけだ。走行距離は5万3000kmで、最初のオーナーは細心の注意を払って手入れしてきた。 BX 16 Soupapes(1989年) XM(1992年) 最高出力115psのキャブレター式4気筒エンジンを搭載したこのXMは、当時のシトロエンの最上位モデルにおけるエントリーグレードだ。オドメーターは3万5000kmを示している。フラデ氏は、ストラスブールで前オーナーからこの個体を購入。外観が綺麗だったためコンディションも良好だろうと考えていたが、アルプスまで走った際にトランスミッションに問題が発生した。その後、修理され、新車同様の状態に戻っている。 XM(1992年) AX(1995年) 1986年に発売されたAXは、1980年代から1990年代にかけてシトロエンのラインナップにおいて極めて重要な役割を果たした。徐々にヴィザ、LNA、アクセル、さらには2CVに代わって、同社のエントリーモデルとして位置付けられた。1996年にサクソがデビューすると、生産は終了するはずだったが、1999年までラインナップに残った。ベーシックモデル、ホットハッチ仕様のGTI、カラフルな限定モデル、さらにはフィアット・パンダに対抗する4WDモデルなど、さまざまなバリエーションが登場した。 シトロミュージアムに展示されている個体は、走行距離174kmだ。この個体を新車で購入した女性は、1960年製の2CVからの乗り換えだった。2CVは遠心クラッチを採用しており、エンストすることがなかった。しかし、彼女はAXの運転に慣れることができず(おそらくは頻繁にエンストしていたのだろう)、結局2CVを残して2台とも所有し続けた。2017年に彼女が亡くなった際、2台はともに売却された。 AX(1995年) サクソ・エレクトリック(1998年) シトロエンは、AXのEVバージョンを試作した。そのパワートレインを改良し、サクソとプジョー106にも搭載した。AXは実験的なモデルだったが、サクソと106は、化石燃料に代わる新しいエネルギーを模索する真剣な試みだった。しかし、技術コストが高く、特にバッテリーレンタルは高額であった。航続距離90km、最高速度100km/hと、性能も魅力に欠けていた。ボディメーカーのユーリエがサクソ3540台と10万2270台をバッテリー駆動に改造し、2003年に生産終了した。 他の多くのサクソ・エレクトリックと同じように、この個体はフランスの国営電力会社EDFの従業員が新車で購入した。彼は約15年間通勤用に使用し、約11万9000kmを走行した。シトロミュージアムには、ニッケルカドミウムバッテリーパックを外した状態で収蔵されている。 サクソ・エレクトリック(1998年) シトロミュージアム もっと詳しくご覧になりたい方は、一度シトロミュージアムに足を運ばれてはいかがだろうか。シトロミュージアムは、南フランスのニースから内陸へ約100km、いわゆるナポレオン街道沿いの小さな町カステラーヌにある。4月から10月まで一般公開されており、入場料は大人8ユーロ(約1400円)、子供4ユーロ(約700円)だ。詳細については、同館の公式ウェブサイトをご覧いただきたい。

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