『涼宮ハルヒ』に魅せられて 2009年、ある日の夜、青葉が独居するアパートでの出来事だった。 テレビの画面からは、深夜放送のアニメが流れてきた。 退屈な学園生活に突如現れた謎の女子生徒が巻き起こすハチャメチャな騒動が、地球規模の超常現象へと結び付く、奇想天外な物語だった。 作品のタイトルは『涼宮ハルヒの憂鬱』。国内屈指のアニメスタジオ、京都アニメーション(京アニ)が制作したアニメだった。 画面の中でめまぐるしく展開するストーリーとキャラクターの躍動に、青葉はくぎ付けになった。 茨城県常総市で生活保護を受けながら一人暮らしをしていた頃だった。働きに出ることもなく、昼夜逆転の生活が続いていた。 それまでインターネットゲームに夢中になっていた青葉だが、画面越しに広がる作品の世界に「今どきこんなすごいアニメがあるんだ」と打ちのめされた。 小説家になって一発逆転 『涼宮ハルヒの憂鬱』はライトノベルが原作で、平凡な日常を送っている主人公が突然、世界の命運を左右する出来事に巻き込まれる「セカイ系」と呼ばれるジャンルの代表作だ。 青葉にとって『涼宮ハルヒの憂鬱』との出会いは、京アニへの憧れが芽生えた瞬間だった。 すぐさま『涼宮ハルヒ』シリーズのライトノベル10冊程度を「大人買い」して数日で一気に読んだ。そして、ひらめいた。「自分で書けるかもしれない」 3年前に起こした暴行事件の前科を気にしながら無職の生活を送り、31歳になった青葉に生きる支えができた。 「小説に全力を込めれば、暮らしていけるのではないか」 (第4回公判) 作家になれば、派遣労働者のように会社の方針で業務を押し付けられることもない。誰かに認められ、底辺の生活から抜け出したい──。 『涼宮ハルヒ』から受けた感動の裏には、暮らしを上向かせたいという切実な願いも忍び込んでいた。 青葉は小説家を志し、執筆を始める。 京アニ大賞 青葉が小説家を目指すようになった09年は、京アニにとって一つの転換期だった。 アニメの原作にすることを見据えて、小説やシナリオを公募する「京都アニメーション大賞」を始めた。自社で原作から手掛けることで、グッズ販売をはじめとする2次利用ビジネスに乗り出した。 日本のアニメ業界では、出版社などの出資企業で作る製作委員会が、アニメ放映後の2次利用ビジネスで利益を確保するのが一般的な仕組みとなっている。 2次利用に関する権利関係が障壁となり、制作現場へ利潤が還元されにくい業界の構造的問題が横たわるなか、京アニは自ら主導権を握り、安定した経営を実現する一手として、京アニ大賞を立ち上げた。 事件発生時に在籍していた京アニ社員の一人は「自社で企画して自社で利益を生み出し、現場のスタッフみんなが報われる環境を作ってきた」と取材に打ち明けた。 一発逆転の人生を京アニに託した青葉は、インターネットで京アニ関連の話題が書き込まれた掲示板を探すようになる。 国内最大規模の掲示板「2ちゃんねる」(当時)を検索し、自分でも頻繁に投稿して、ネット上のコミュニケーションにのめり込んでいく。 掲示板について「匿名なので、言いたいことが言える。本音が書き込まれている場所」と考えたという。 京アニ大賞が始まることを知った青葉は、自らの小説を応募するため、さらに励むようになる。 第4回公判で、当時の思いをこう振り返っている。 「ここなら最高のアニメーションが作れると思った。最高のシナリオ、最高の物語を作れると踏んだ。京都アニメーションなら」 現実と妄想と2ちゃんねる アニメや小説の世界に夢を見いだした青葉だが、生活は苦しかった。 工場勤務を辞めてから4年がたとうとしていた。 東日本大震災による東京電力福島第一原発の事故後の作業に関連する仕事に申し込んだが、応募多数のため、職を得られなかった。 生活は困窮し、精神的に追い詰められ、ときには自殺も考えた。 そして、青葉は心の拠り所にしていた「2ちゃんねる」で、落とし穴にはまる。 やり取りを重ねる中で、とどめの言葉を投げつけられたという。 「レイプ魔」 青葉はこの言葉に対し、自身が2006年に起こした女性への暴行事件を指摘されたと思い込んだ。 実際にこうした書き込みがあったのか、青葉の妄想なのか、真偽は不明だ。 しかし、青葉は落ち込み、自暴自棄になった。 さらには、犯歴が知られたとなると、京アニ大賞に小説を応募できないという悲観的な考えに囚われていった。 「レイプ魔と呼ばれるなどして、うんざりしきって、刑務所に行くほかないと思った」(第4回公判) 「本音が書き込まれている場所」から突き放された青葉。 現実世界の行動で、一線を越える。 後編記事『<京都アニメーション放火殺人事件>「お前らがパクりまくったからだよ。小説」憎悪の矛先が京アニに向いた「理由」。憧れが憎悪に変わる時【後編】』へ続く。 【つづきを読む】<京都アニメーション放火殺人事件>「お前らがパクりまくったからだよ。小説」憎悪の矛先が京アニに向いた「理由」。憧れが憎悪に変わる時【後編】