【クラシック音楽】モーツァルトが天才とされる「真の理由」…優れた曲を書き続けたからではない

なぜ作曲家モーツァルトは「天才」と言われるのか? 優れた楽曲を数多く残したから──そう思う人は多いだろう。しかし、真の理由は別のところにあると、クラシック音楽や声楽についてYouTubeで解説する声楽家、車田和寿さんは指摘する。車田さんの話題の新刊、『涙がでるほど心が震える すばらしいクラシック音楽』より一部抜粋・編集してお届けする。 モーツァルトが天才とされる「真の理由」 モーツァルトは古典派と呼ばれる時代に属する音楽家です。古典派の音楽は、バロック音楽とロマン派の音楽の間に位置し、時代でいうと、バッハが亡くなった1750年からベートーベンが亡くなる1827年あたりに該当します。 古典派を代表する作曲家たちは、異なるジャンルのほとんどすべてを数多く作曲しました。「多作である」という点も古典派の作曲家の大きな特徴です。なかでもモーツァルトは万能な作曲家でした。オペラから交響曲、宗教曲、ピアノソナタ、弦楽四重奏まで、ほぼすべてのジャンルにおいて傑作を残しました。これは音楽史で考えても特筆すべきことです。これほど万能だった作曲家はおそらく他にはいないでしょう。 モーツァルトは、子供の頃から特別な才能を発揮していたため、「神童」と呼ばれました。神童とはもちろん日本語訳で、ドイツ語では「奇跡の子供」を意味するWunderkind(ヴンダーキント)という言葉になります。 モーツァルトの天才性を疑う人は稀(まれ)だと思いますが、彼が天才とされる理由は、優れた曲を書き続けてきたから、ではありません。その理由は他のところにあります。 それは、「共感性」です。 モーツァルトには身の回りの物事に共感する力があったのです。 不完全な他者への「許し」がある音楽 作曲家にとって作曲とは仕事ですから、依頼に応(こた)えてただ作品を書く場合もあるでしょう。しかし多くの場合、その作曲の動機には感情的な裏付けがあります。自らの経験に基づくエネルギーの爆発が作曲の動機となりました。熱く燃えるような恋や、打ちひしがれるような失恋がそうした例の一つです。バッハの場合は、神との対話が作曲の動機になりました。ある作曲家は自分が読んだ小説に感動し、それが作曲の動機になることもありました。 もちろんモーツァルトの音楽にも自分自身が体験した感情が動機になったところはありますが、こうした動機とは明らかに異なっている点があります。それは、モーツァルトが「自分の感情」ではなくて、「他者(身の回りの人々)の感情」に共感して、音楽に込めた(音楽を書いた)ということです。モーツァルトが残したオペラには数多くの人物が登場します。 登場人物の中には、悪者もいれば浮気者もいます。どうしようもないようなキャラクターが何人も登場します。しかし、モーツァルトは登場人物たちをモラルに当てはめてジャッジしませんでした。 むしろ彼らの不完全さにこそ共感し、魅力的な音楽を付けてしまうのです。そうした音楽の根底にあるのは、「許し」です。 もしかしたら、モーツァルトは浮気をした人や、臆病なキャラクターの方が人間らしいとさえ思っていたのかもしれません。それらを決してジャッジすることなく、これも人間の一つの姿と、許してしまった上で音楽を付けました。彼のオペラでは、それぞれのキャラクターが生き生きと輝いています。そこには、多くの聴衆が共感できる姿がたくさんあります。なぜなら、僕たち聴衆というのも決して完璧ではないからです。 チャイコフスキーとの決定的な違い 例えばこれが、チャイコフスキーだったらまったく様子が異なります。 彼は自分が感情を移入できるキャラクターでない限り、良い音楽を付けることができませんでした。自らのモラルに照らし合わせて、そこから外れるキャラクターにはどうしても感情移入することができなかったのです。 モーツァルトの共感性は、オペラ以外の作品にも見ることができます。彼は身の回りの人々の様々な感情に共感して、音楽で表現しました。モーツァルトが共感した感情とは、悲しみ、喜び、楽しさ、といった単純なものばかりではありません。いくつもの感情が複雑に同居していました。笑顔の裏には涙がありました。 モーツァルトは、人間が表に見せることができない、あるいは見せたがらない感情に共感して、非常にシンプルな旋律で表現することができたのです。ちなみに「シンプルさ」というのも、古典派の作曲家たちの特徴の一つです。モーツァルトをはじめとする古典派の作曲家たちは、非常に少ない音で美しく、感情に訴える旋律をたくさん書いています。 人間の「どうしようもなさ」への圧倒的洞察 では、いったいなぜ、モーツァルトは人々の心の奥深いところに共感できたのでしょうか。 多くの人は自分の経験を通して、他人の心を理解していきます。しかし、モーツァルトには、人並み外れた洞察力が子供の頃から備わっていました。僕は、その点においてモーツァルトが他のどの作曲家とも異なる天才だったと考えています。 彼の洞察力を表すエピソードがあります。少年時代にイタリアを旅行した際、ドメニコ会の神父と食事をしたことがありました。そしてその印象を手紙に残しています。そこには、「この神父は聖職者にしてはどうも胡散臭い」と書かれています。神父はとにかくよく飲み、よく食べる人だったようで、ココアを飲んだ後で、ワインを何杯も飲み、さらに食事をたらふく食べると、コーヒーを5杯、加えてメロンを2切れ食べて、ミルクを3杯も飲んだと描写しています。 そうしてその後で「そんな彼はとても聖職者には見えない」と書かれています。 この手紙には誇張がなかったとは言い切れませんが、モーツァルトが神父を鋭く観察していたことがうかがえます。洞察力に優れていながら、同時に人間そのものにものすごく興味があったのでしょう。だからこそ、人々の心の奥深くにある感情を知ることができたのだと思われます。 そこから生まれた音楽は、僕たち聴衆にとっては、しばしば大きな優しさとして伝わってきます。人は、普段は元気に振る舞っているけれど、実はその奥に誰にも言えない苦労や悲しみがあるものです。モーツァルトはそんな心を感じ取り、その音楽で何も言わずに寄り添ってくれます。そこにあるのは、頑張れというような励ましではありません。 ただ、その気持ちを理解して、隣に優しく座っていてくれるような、そんな音楽です。もし、モーツァルトを聴いてそうした出会いを経験することができたなら、モーツァルトの音楽はその人にとって宝物となるでしょう。 ピアニスト・反田恭平が選んだ曲に、ショパンコンクールの審査員は「この曲は知らない」と絶句したあとに……《集中連載・反田恭平という人生(1)》

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