24時間介護が必要な「医療的ケア児の娘」を殺害…無理心中を計った母親の“心の線”を切った「夫の何気ない言葉」【判決・執行猶予付き懲役3年】

 福岡市の自宅にて今年1月、医療的ケアが必要な長女・心菜さん(当時7歳)の人工呼吸器を外し殺害したとして、殺人の疑いで起訴された母親・福崎純子被告(45)。福岡地裁で今月11日、福崎被告の裁判員裁判が始まり、18日に懲役3年、保護観察付き執行猶予5年の判決がくだされた。検察側の求刑は懲役5年だった。 【つづきを読む】「娘を産んですみません。存在隠したり、気を遣わせて…」母親(45)が無理心中の直前に義母へ宛てた「遺書の内容」  心菜さんは「脊髄性筋萎縮症」と診断され、24時間態勢で介護が必要な「医療的ケア児」だった。弁護側は、母親がこれまで努力を重ね、命をつないできたことを考慮するよう求めており、猶予付きの判決はその要求が考慮された結果だと言える。  7月14日の公判で行われた被告人質問で、被告人は我が子の命を奪ってしまった苦しい胸のうちを明かしていた。その内容は、介護現場で起きている問題点の根深さを感じさせるに十分な内容であった。ライターの普通氏がレポートする。【全3回の第1回】 静寂に包まれた分娩室  7月14日の公判で、被告人はゆっくりとした足取りで証言台に立った。そして弁護人からの質問に対して、一言ずつ噛みしめるように答えていった。  31歳で結婚した後、子を授かりたいというのは夫婦の願いだった。しかし、初めての妊娠では胎児に異常が見つかり、中絶の判断をした。2度目の妊娠でも、胎児に同様の異常が見つかったが、紹介された病院でさらに検査をした結果、「中絶する理由はない」と言われたこともあり、正常期に通常分娩で出産した。  しかし出産直後、被告人はすぐに異常に気付いた。赤ちゃんの泣き声は聞こえず、医師も看護師も言葉を発さず、分別室は静寂に包まれたと、被告人はそのときの様子を伝える。心菜さんはすぐに別の部屋に連れて行かれた。  医師から、心菜さんは脊髄性筋萎縮症(以後、SMA)0型と診断された。身体を自身で動かすことはできない、呼吸器がないと生きられない、残された命は長くて2〜3年などと聞かされ、夫婦で泣き崩れたという。 「心菜のためならできることはなんでもしてあげたい」  その後、心菜さんは生命の危険もあった肺炎を2度経験。そこで夫婦は、呼吸器のチューブを、ケアが容易となる喉からの挿入とする切開手術を決断する。出産当初は予後が厳しいという意見から、「手術で娘を傷つけたくない」とためらっていたが、心菜さんの「生命力の強さを感じた」ことから手術に踏み切った。  出産から2年ほど経ったころ、それまで1時間に数度鳴っていた呼吸器のアラームが、機器を変えたことにより半減し、自宅で看られると感じるようになった。その後、被告人は約10か月病院に寝泊まりして、機器の使い方、急変時の対応などを学んだ。  夫も、心菜さんを家に迎え入れることに賛成。家族間の意見の相違から離婚する家庭もあるというが、訪問ヘルパーからも「こんなに完璧にこなせる父親は初めて」と言われるほど、夫も積極的にケアに取り組んでいた。家に迎え入れてからも、平日に仕事から帰ってきてから、夫が深夜の体位交換を引き受けることもあったという。  弁護人が、被告人の日々の介護の様子を詳細に確認した。夜でも続く2〜3時間おきの体位交換、24時間体制の血流の注意、痰の管理、食事、排泄など、被告人の1日の動きはとても書ききれない。日常で被告人がどれほど心菜さんに時間と労力をかけていたかが伝わってきた。  しかし、それ以上に説得力があったのが、被告人の話すトーンだった。  心菜さんの介護について話す被告人の言葉は、明らかにハキハキとしていた。他の質問の回答では「心菜のためならできることは、何でもやってあげたい」とも答えている通り、心菜さんと過ごした日々は、大変ながらも充実した時間だったのだろうと感じられる様子だった。 きっかけとなった「夫との口論」  そして、質問は事件のきっかけともいえる1月3日の夫とのトラブルに及ぶ。  訪問ヘルパーの帰宅後、被告人は夫に体位交換の手伝いを頼んだ。痰を出しやすくするためにしているうつ伏せの体勢から仰向けにする。必ず2人がかりで行うもので、看病のなかでも特に慎重さが必要な作業だった。  夫は怒った顔をして、「あー、寝れん」「飲み会遅れて行こうかな」と不機嫌そうな受け答えをしたという。事前にあらかじめ相談し、了承を得ていたこともあり、被告人は驚いた。それまで、夫に介護の手伝いを断られたことはなかった。  被告人の心中に「心菜より飲み会が大事なのか」「ずっとうつ伏せの体勢がかわいそう」という感情が渦巻き、夫への驚きは怒りに変わった。被告人が夫に「1人でやる」と伝えると、「あー、いいと?」と夫は寝室に戻っていってしまった。被告人は1人で全身を使って、恐る恐る体位交換を行った。首も座っていない心菜さんにとっては、脱臼等の恐れもある行為だ。  怒りの感情は徐々に悲しみへと変わり、涙が止まらなくなった。自分の頑張りをないがしろにされたからではなく、「長女がかわいそう」という思いからだった。そのうちに気持ちが落ち込んで、これまで親族が心菜さんに向けてきた言動が頭に浮かぶようになったという。 暗いトンネルに落ちる感覚に陥って…  まず浮かんだのは実父だった。盆や正月に心菜さんを連れて帰っていた。成長を続ける長女を見せて、被告人としては「大きくなったね」と言って欲しいと思っていた。しかし、父は心菜さんを見るなりため息をついてこう言った。 「これからどうするね」  負担が増えることを思っての言葉だと思われるが、被告人にとっては「私はこのまま生きたらダメなの?」と心臓を抉られるような思いになったという。「周囲の助けを得ているから大丈夫」と気丈に答えたが、傷ついた記憶が残っていた。  義母からの言葉について、被告人は実例を挙げなかったが「これを言ったら怒ると思うけど」と前置きをした上で、心菜さんについて心臓を抉られるようなことを言われたという。  こういった過去が夫の不機嫌そうな態度をきっかけによみがえり、被告人は暗いトンネルに落ちたように視野が狭くなったという。「心菜は頑張って生きているのに」「なぜ身内が、そんなことを」という思いから、徐々に「心菜はいない方がいい」「私もいる意味がない」と思考が飛躍し、無理心中の方法の検索を始めた。  最終的な犯行の決意については、被告人はこのように答えた。 「(1月5日の)訪問看護が帰ったら、それまでしようと思ってなかったのに、急に『あ、死のう』と降りかかったようで。そこから、周りを見ずに死ぬことばかり考えました」  長女への想いが途切れてしまったのか--。この日の公判で、弁護人は被告人を気遣ったのか、犯行時の様子についての質問をしなかった。当日の様子については、7月11日の公判で、検察官が読み上げた被告人の供述調書で説明されていた--。次の記事では、娘の呼吸器を外し、無理心中を計った被告人の心境を報じる。 (第2回記事につづく) ◆取材・文/普通(傍聴ライター)

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