「就任半年」トランプ2.0 WATCHING〜「事実」と「もう1つの事実」が混在する時代に〜【調査情報デジタル】

トランプ第二次政権の定点観測の2回目。政権発足半年を振り返り、トランプ政権の浮沈とメディア発信について、JNNワシントン支局の樫元照幸前支局長(現TBSテレビ報道局社会部長)が報告する。 【写真を見る】「就任半年」トランプ2.0 WATCHING〜「事実」と「もう1つの事実」が混在する時代に〜【調査情報デジタル】 アメリカの顔色を伺う国際外交 4年弱にわたった筆者のワシントン支局長としての最後の現場取材となったのは、カナダ西部カナナスキスで行われたG7サミットだった。G7サミットの取材を行うのは2021年から5年連続だったが、今回は前回までとは大きく異なり「トランプ時代のG7」を象徴する展開となった。まずはこの報告から始めたい。 振り返ると、バイデン前大統領は2021年に「アメリカは戻ってきた」と国際協調路線への復帰を強調した。そして2022年のロシアによるウクライナ侵攻開始以降、G7サミットはアメリカを中心に先進国が一致してウクライナ支援を打ち出す重要な会議になった。 広島で開催された2023年のG7サミットにもゼレンスキー大統領がサプライズ参加し、大きなニュースとなったことを記憶している方も多いだろう。2024年のイタリアG7サミットでも、日本円で7兆円規模のウクライナ支援基金の枠組みを作ることで合意し、長期的に支援する姿勢を7か国が一致して示した。 しかし、あれから1年。アメリカの大統領の交代によってG7サミットは大きく変貌してしまった。 トランプ大統領はこれを言おうと決めてきたのだろう。今回のG7サミット開幕直前のカナダ・カーニー首相との会談の冒頭、「G7はかつてはG8だった。オバマとトルドーという人物がロシアを参加させたくなかったのだが、ロシアを排除したのは大きな間違いだった」と発言した。 ロシア寄りの姿勢でG7を批判するという異例のスタートとなったわけだが、そのわずか数時間後にはトランプ氏が途中退席を発表するという事態へと進展した。「中東情勢に対応するため」とのことだったが、国際協調ではなくアメリカ単独主義を取るトランプ政権の外交姿勢が端的に示される形となった。サミット2日目にはゼレンスキー大統領が参加してウクライナ情勢の協議も行われたのだが、そこにトランプ大統領の姿はなかった。 結局今回のG7サミットでは、アメリカが合意できそうな内容での共同声明がテーマ別にまとめられる形となった。トランプ政権の顔色を伺いながらテーマ設定が行われ、議論が行われ、共同声明という「成果」でかろうじて団結を演出する。来年以降もG7はきっとそういう会議であり続けるのだろう。 ちなみに、会議にゲスト国として招待されたインドネシアのプラボウォ大統領はロシア訪問を優先し、G7サミットには参加しなかった。G7の求心力の低下を象徴する動きと言えるだろう。 勢いの3か月→失速の2か月 さて、トランプ第二次政権の半年を振り返ってみる。大統領令を乱発してロケットスタートを切ったトランプ政権だったが、4月頃からは明らかに失速を始めた。象徴的だったのは関税政策をめぐるドタバタだ。 「解放の日」と称して世界各国に相互関税を突きつけたが、マーケットが大きく動揺したことを受けて発動を一時凍結。中国に対しては145%という関税を課したものの、レアアースの出荷を止められる事態に直面し、あわてて対話再開の道を探った。すぐにマーケットでは「トランプは必ずビビッてやめる」という意味の「TACO」(Trump Always Chickens Out.)という言葉が飛び交うようになった。 関税交渉では「90日間で90か国と交渉してディールを成立させる」と意気込んでいたものの、実際に合意が発表されたのは貿易交渉が元々行われていたイギリスだけ。トランプ大統領は「ベトナムとも合意した」と発表したが、後述するようにその真偽ははっきりしていない。赤沢経済再生担当大臣が何度もワシントンを訪れて閣僚交渉を重ねた日本も妥結を見ずに今に至っている。 失速は外交面でも明らかになった。ウクライナ情勢の仲介は手詰まりとなり、ロシアのプーチン大統領に対して示す不満は次第に怒りに変わっていった。大統領当選後には「大統領に就任したら1日で解決する」と豪語し、就任後も「6か月以内に解決できるか?」と記者に問われて「それよりもずっと早く片づける」と自信を見せていたが、就任半年を前に事態が和平に向けて動き出す気配は見られない。 イランの核問題をめぐる交渉についても、5月頃には「大きな進展があった」「合意が近い」とトランプ氏は前向きな発言を繰り返した。しかし、言葉だけが先行して実態は伴っていなかった。 6月14日のトランプ氏の誕生日にはワシントンで陸軍創設250年を記念する軍事パレードが行われたが、トランプ氏が終始疲れた表情を見せていたのが印象的だった。 強気に転じたトランプ政権 そうした「何をやってもうまくいかない」という日々が続いたトランプ大統領だったが、6月後半以降、強気の姿勢を取り始めるようになった。その象徴がイラン攻撃だろう。イランとの交渉が思うような進展を見せない中、バンカーバスターと呼ばれる特殊な爆弾による核関連施設の破壊攻撃に出た。「力による平和」を訴えてきたトランプ大統領が初めてその「力」を行使したのだ。その上で改めてイランに対して「ディール」に応じるよう要求しているが、果たしてイランは応じるのか。今後のトランプ外交の成否を占う試金石となる。 内政面では政権肝いりの「1つの大きな美しい法案」と呼ぶ大型減税法案を成立させた。トランプ大統領は独立記念日の7月4日までに可決するよう議会指導部に要求したものの、共和党内にも反対の声があがって難航が予想されていた。また、この法案をめぐっては5月までは側近だった実業家のイーロン・マスク氏がSNS上で批判を展開し、トランプ氏との亀裂が決定的にもなった。 しかしトランプ氏は内外の批判を封じ、議員に圧力をかけ、自身が決めた締め切り前に可決・成立させることに成功した。内政でも自身の「力」を見せつけた形だ。財政赤字の悪化は大きな懸念となるが、トランプ政権にとっては大きな勝利といえるだろう。 関税交渉をめぐっても、再び強気な態度を見せてきた。日本との交渉では自動車関税の撤廃には応じない姿勢を見せている模様で、相互関税はさらに増やして25%を突き付けてきた。カナダにも35%、ブラジルには50%の関税を課すと表明したが、交渉のための圧力なのか、それとも実際に発動に踏み切るのか。強気のトランプ氏の様子を見て、後者の恐れも十分に考えられる事態になっている。 跋扈する“もう1つの事実” こうしたトランプ氏の強気の姿勢の中で、最近特に目につく現象がある。それは「事実」とは異なる「もう1つの事実」が跋扈していることだ。 「もう1つの事実」という言葉が生まれたのは2017年、トランプ第一次政権の発足直後だった。大統領就任式の観客の規模について「過去最多だ」と主張するホワイトハウスと、誤りを指摘するメディアが“対立状態”になった際、当時のホワイトハウス顧問が政権側の主張を「もう1つの事実だ」と抗弁した。事実でなくても政権が都合のよいように「事実だ」と発信するトランプ流のメディア対応を示した言葉だが、これが最近特に目につくのだ。 例えば6月のイランの核施設空爆。複数のメディアが国防総省の情報機関の分析を元に「空爆の成果は限定的だった」と報道すると、トランプ大統領は「フェイクニュースだ。核施設は完全に破壊された。歴史上最も成功した軍事攻撃を貶めようとしているのだ」と罵倒した。そしてトランプ氏をアシストするかのように、CIA長官が「イランの核開発計画が深刻な被害を受けたことを示す信頼できる情報がある」「イランの核施設は何年もかけて再建しなければならない」との声明を発表した。しかし主張を裏付ける証拠は一切示されておらず、「事実」が何なのかはわかっていない。 また、今年5月にインドとパキスタンとの間で軍事行動の応酬が続いた際に、トランプ大統領は「米国の仲介による協議の末、インドとパキスタンが完全かつ即時の停戦に合意した」とSNSで発表したが、インドは「停戦はインド・パキスタン両国の軍の協議を通じて実現したものであり、米国の仲介で実現したわけではない」と発表した。モディ首相は電話会談でトランプ氏にその旨を伝えたというが、その後もトランプ氏は「私が戦闘を止めた」と言い張っている。 関税交渉をめぐっても同様だ。トランプ大統領は7月2日にSNSで「ベトナムとのディールで合意した。アメリカからの輸出品への関税はゼロで、ベトナムからの輸入品への関税は20%だ」と発表したが、ベトナム側は「交渉中だ」としていて、その後も両国から発表も説明も行われていない。 政治サイト「ポリティコ」は、交渉担当者が11%の関税で調整していたにもかかわらず、トランプ氏がベトナムのトー・ラム共産党書記長との電話会談の最中に突然「20%だ」と表明したと報じている。ベトナム側には衝撃が広がっていて、とても「合意した」とは言えない状況だが、トランプ政権は「合意」の発表を訂正するようなそぶりは見せていない。 大崩れしない支持率 前回の「トランプ2.0 WATCHING」で報告した通り、政権のメッセージはSNSや「トランプ応援団」とも言えるようなメディアを通して伝達されている。「事実」の証拠を示さずとも、政権は都合の良い「もう1つの事実」を発信すればいいのだ。 SNS時代の中で、人々は自分の信じる情報を「事実」だと受け入れる傾向がある。批判的なメディアを通して情報を得る人は政権に不信感を抱くだろうが、まるでパラレルワールドが存在するかのように、政権のメッセージを信じ、支持する人たちも大勢いるのだ。こうした構図は今後も続くだろう。 全米で大規模な反政府デモが開かれるなどトランプ政権への批判の声は高まっているようにも感じるが、世論調査を見ると政権批判はまだ限定的と言える。政治サイト「リアル・クリア・ポリティクス」がまとめている世論調査の平均によると、トランプ大統領の支持率は7月11日時点で45.6%、不支持率は50.8%。不支持率が上回ってはいるが、第一次政権時には支持率が37%にまで落ち込むことがあったことを考えると、第二次政権では大崩れすることなく推移してきている。 トランプ大統領は今後「1つの大きな美しい法律」を使って自身が重視する政策をさらに推し進めてくるだろう。そして「成功だ」「歴史的だ」「勝利だ」と発信してくるのは間違いない。それは果たして「事実」なのか、それとも「もう1つの事実」なのか。我々メディアにはつぶさに検証していく責務がある。 <執筆者略歴> 樫元 照幸(かしもと・てるゆき) 前JNNワシントン支局長 1997年TBSテレビ入社。社会部記者・報道番組ディレクターを経て、2010〜2014年にニューヨーク特派員、2021〜2025年にワシントン支局長を務める。2025年7月に社会部長に着任。 【調査情報デジタル】 1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。

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