わいせつ目的でマンションの一室に侵入し、住民の女性にけがをさせたとして、不同意性交等傷害などの罪に問われた男の裁判が、10月、熊本地裁であった。 【写真を見る】「騒いだら殺す」就寝中に突然キス 侵入者は隣人だった わいせつ目的の女性暴行で罪に問われた男の「不合理な弁解」 マンションの「隣人」同士で起きた事件。女性が抵抗したため男は逃げ出したものの、逃走中に他人の車のボンネットに文字を刻んで落書きをし、さらに約2週間後には再び女性の部屋に侵入して、テレビやソファなどを持ち去っていたという。 男はどんな心理で事件を起こしたのか。疑問が募り、裁判を傍聴した。 【起訴内容】 起訴状などによると、男は2023年8月の未明、熊本市内にあるマンションの窓から女性の部屋に侵入。ベッドで寝ていた20代の女性の目をガムテープでふさぎ、馬乗りになってキスをしたうえで、「騒いだら殺す」と繰り返しながら、口をガムテープでふさいだ。 さらに男は女性の手足もガムテープで縛ろうとし、首を両手で絞めるなどしたが、女性が抵抗して叫んだことなどで近隣住民が警察に通報し、現場から逃走。女性は全身の打撲など全治1か月程度のけがをした。 現場から離れた後、からマンションに戻るために停めてあった自転車を盗み、偶然見かけた車の前で停まってナンバープレートを引きはがし、そのナンバープレートでボンネットを傷つける形で落書きをして逃げた。 そして自分の部屋に戻った約2週間後、再び同じ女性宅に侵入。女性が不在だった間にテレビやソファなど21点、約13万円相当を持ち去った。 男の主張は… 男は今年9月に逮捕。住居侵入と不同意性交傷害、窃盗、器物損壊の罪で起訴され、裁判員裁判で10月に初公判を迎えた。 男は窃盗と器物損壊の罪については認めたが、不同意性交傷害の罪についてはこう答えた。 「不同意性交の目的で侵入した訳ではありません」 女性との面識を強調する男「女性を問いただすためだった」 裁判は、男の侵入目的が争点となった。 被告の男は、頭を丸刈りにして、白のシャツと黒のスーツ姿で法廷に現れた。証言台に立つとき以外はほぼ身動きせず、拳は常に膝の上に固められていた。 被告人質問などで、男は女性との面識を強調した。事件前、男は女性を食事に誘う手紙を渡していたという。また、女性の部屋に侵入したのは「女性から『キモイ』などと暴言を吐かれ、その理由を問いただすためだった」と主張した。 【弁護側の質問】 ――女性に対してどんな感情を持ちましたか 被告「交流を深められたら、と思いました」 ――男女の関係になりたいとは? 被告「年が離れすぎていると思いました」 ――被害女性があなたの部屋を訪れたことはありますか、それはいつですか 被告「ありました。手紙を渡してすぐです」 ――どんな対応をしましたか 被告「覚えていません。『自分の部屋は汚れているので』と言って、女性の自宅で話しました」 ――どんな会話をしましたか 被告「女性に誘いを断られ『もう少し考えてもらえませんか』と話しました。女性は『わかりました』と言って、自分は部屋に戻りました」 ――事件前日には何がありましたか 被告「仕事から帰ると、階段の踊り場で女性が電話で話す声が聞こえました。『キモイ』と言われたと感じました」 ――本当にそう言われましたか 被告「聞こえたのは事実。でも被害者が「違う」と言うなら、幻聴かもしれない」 男は質問の中で、抵抗されたら殴るつもりでガムテープを持ち込んだことや、女性の首は絞めていないことを主張した。 検察官「そのような状態では、問いただせないのでは」 女性とは面識があり、一定の交流があったと主張する被告。それを受け、今度は検察官が質問する。 【検察側の質問】 ――寝ている女性を襲うつもりだったのでは 被告「それは違います」 ――問いただすために、女性が寝ている時に声をかけたのですか 被告「はい」 ――侵入した理由を説明して、女性を落ち着かせるつもりはなかったのですか 被告「騒がれてパニックになり、そんな余裕はなかったです」 ――女性が身動きできない状態でキスをされては、問いただすことはできないのでは 被告「そうですね」 男は動揺するそぶりも見せず、検察官の質問にも淡々と答えた。 被害女性「殺されると思った」 裁判では、検察側、弁護側の双方と裁判官から、女性への証人尋問も行われた。 【弁護側の質問】 ――事件前日に階段の踊り場で友人と通話していた時、通りかかった人はいましたか 女性「白い作業服の人が通り、ちらっと見ました」 【検察側の質問】 ――手足を縛られそうになった時、どう思いましたか 女性「レイプされる、このままでは殺されると思い、助けを求めました」 ――どのように首を絞められましたか 女性「両手で圧迫され、馬乗りでした」 ――首を絞められた手が止まった時は、どういう状況でしたか 女性「他の住民の『何しよるとや。警察呼んだけんな』という声が聞こえた時でした」 裁判官からは、女性が隣人である男の存在をどう認識していたのかが問われた。 【裁判官の質問】 ――暴行を受けたとき、相手が隣人だと分かりましたか 女性「そもそも隣の人の顔は認識していないので、分からなかったです」 懲役12年か、懲役3年か そして結審の日。検察側は「卑劣かつ悪質な犯行で再犯の可能性が高い」としたうえで、「男に同様の前科があり、その出所直後の犯行だ」として、男に懲役12年を求刑した。 一方で弁護人は「『キモイ』と言われた理由を問いただすことが目的で、被告は自分の性器を露出していない」などとして、不同意性交等傷害罪ではなく傷害罪の適用を求め、懲役3年が適当だと主張。 被告は「どんな罪であろうと償っていこうと思う。本当にすみませんでした」と述べた。 判決は… 裁判員による審理を経て、10月31日に判決が言い渡された。 判決は「懲役11年」。 言い渡された判決では「目や口をガムテープでふさぐ行為からは、被害者から話を聞きだす意図など全くうかがわれない」「被害者のけがの程度は比較的重く、強い恐怖などの精神的被害を被った。短絡的で自己中心的な犯行」「不合理な弁解に終始し、立て続けに犯行を重ねていて、しんしに罪に向き合っているとは言い難い。再犯の恐れも否定できない」と男を指弾する言葉が並んだ。 「女性と交流があった」という男の主張に関しても、具体的な会話内容を覚えていない点や「連絡先を交換した」としつつも、携帯電話には女性の電話番号が登録されていない点などから、「信用性がない」と判断した。 男は最後まで微動だにせず判決を聞いていた。その後、判決を不服として福岡高裁に控訴した。 「裁判が終わっても被害は続いている」 もしも就寝中の自室で突然、隣人に襲われたら…傍聴中、自分の身に置き換えて考えた。安心できるはずの空間で事件に巻き込まれた女性の恐怖、怒り、やるせなさは察するに余りある。 女性は事件から1年が過ぎても当時の夢を見てパニックになることなどから、医師からは「パニック障害になりかけている」との診断を受けた。夜に眠れない日が多く、夜間に1人で出かけられなくなった。 「ご近所付き合い」の機会は近年少なくなったとはいえ、集合住宅では一定程度のコミュニケーションがある。すれ違いざまにあいさつを交わしたり、エレベーターで「何階に行きますか?」と聞いたり、聞かれたり。災害時には助けあう関係になることは、熊本地震や豪雨災害で実感した人も多いだろう。 男の行為は、このつながりや、いざという時の信頼関係を踏みにじるものではないか。 結審の日、女性の代理人弁護士は法廷で「裁判が終わっても被害は続いている」と訴えた。この言葉を、男はもちろん社会はどう受け止めているのだろうか。