日本に存在する「男の階級・女の階級」…なぜ女性は男性より年収が低いのか?

「中流幻想」ははるか彼方の過去の夢。 1980年前後に始まった日本社会の格差拡大は、もはや後戻りができないまでに固定化され、いまや「新しい階級社会」が成立した。 講談社現代新書の新刊・橋本健二『新しい階級社会 最新データが明かす〈格差拡大の果て〉』では、2022年の新たな調査を元に「日本の現実」を提示している。 本記事では、〈【政治から見捨てられたアンダークラス】「自分たちは政治的に無力」「自分一人くらい投票しなくてもかまわない」と感じる「アンダークラス」が急増〉に引き続き、「男の階級・女の階級」について詳しく見ていく。 ※本記事は橋本健二『新しい階級社会 最新データが明かす〈格差拡大の果て〉』より抜粋・編集したものです。 男の階級・女の階級 この世界には「男」という階級と「女」という階級がある。 これは一見すると、奇妙な主張のようにも思える。しかし、よくよく考えてみると、そうともいいきれない。とくに男性と女性の間の格差が大きく、女性のリーダーがあまり育っていない日本では、かなり現実を言い当てているようにも思えてくる。これまでみてきた階級間格差とは別の、もうひとつの階級間格差である。本章では階級間格差と男女間格差の両方に焦点をあて、その関係について考えていくことにしたい。 男女の格差と階級間格差の関係 日本は1985年に「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(通称:女性差別撤廃条約)を批准しているし、1986年には「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」(通称:男女雇用機会均等法)が制定(厳密には既存の法律の改正・名称変更)されている。にもかかわらず、格差は拡大したのである。それ以降、格差はやや縮小するが、2020年時点でもまだ1.79倍で、規模別賃金格差の1.53倍、産業別賃金格差の1.66倍を上回っている。 しかし男性と女性の間の格差は、現実にはこのグラフに示されているよりも、はるかに大きい。なぜなら、ここに示されている賃金格差はあくまでも常用労働者の賃金格差であり、それ以外にも低賃金の女性非正規労働者、ほぼ無給の家族従業者として家業の自営業に従事する女性たち、そして無職の女性たちがいるからである。 そこで、働いているかいないか、またどのような形で働いているかを問わず、20歳から69歳までのすべての男性と女性を対象に、平均個人年収の格差の推移を示したのが、図表5・1である。 全体平均を1としたときの男性、女性それぞれの年収はそれぞれ、1985年で1.684と0.413、2015年では1.517と0.576である。1985年時点で、男性の個人年収は女性の4.08倍で、男女間の格差は非常に大きかった。その後、格差は縮小したが、2015年時点でも男性の個人年収は女性の2.63倍である。このように男性と女性の間の格差に注目すれば、格差社会という言葉が使われるようになるはるか以前から、日本は紛れもない格差社会だったのである。 男女別にみた階級構成 それでは男女間のこの格差は、階級間の格差とはどういう関係にあるだろうか。まず考えられるのは、男性と女性の階級構成、つまり所属階級の内訳に違いがあるのではないかということである。階級間には、収入の格差がある。そして男女間に格差が生じるのは、男性が収入の多い階級、女性が収入の少ない階級に集中しているからかもしれない。 これを確認したのが、図表5・2である。 図表1・3で確認したように、個人年収がいちばん多いのは資本家階級、次いで多いのが新中間階級、以下は正規労働者階級、旧中間階級、アンダークラスの順だった。図表1・3には含めていないが、パート主婦の個人年収は135万円、無職の個人年収は163万円である。図表5・2をみると、男性は女性に比べて資本家階級、新中間階級、正規労働者階級、旧中間階級の比率が高い。女性の方が比率が高いのはアンダークラスと無職で、パート主婦は全員が女性である。たしかに女性は男性に比べ、収入の少ない階級に所属する人と、無職の人が多い。女性の収入が男性より少ない原因のひとつは、これだろう。 しかし経験的にみて、同じ階級どうしを比較しても、男性の収入は明らかに女性より多い。これを確認したのが、図表5・3である。 一見してわかるとおり、どの階級をみても、また無職の場合でも、男性の個人年収は女性より多い。その差はきわめて大きく、女性の資本家階級や新中間階級の個人年収は男性の正規労働者階級より低く、また女性の正規労働者階級の個人年収は、男性の無職者を32万円上回るだけとなっている。 男性と女性の格差をみると、とくに差が大きいのは無職の場合で、女性の個人年収はわずか80万円なのに、男性は332万円もある。比率でいえば、4.15倍の違いである。これは無職の男性には恵まれた年金を受け取っている人や資産収入のある人が多いからである。 階級別にみると、男性と女性の格差は、資本家階級で2.25倍と大きくなっていることがわかる。詳しい集計で個人年収の分布をみると、女性の資本家階級は34.1%までが200万円を下回っている(男性は6.6%)。つまり役員や共同経営者でありながら、実質的には無報酬、あるいはきわめて低報酬の女性が多いのである。 おそらく彼女たちの多くは、中小零細企業の社長を務める夫を補佐する副社長や専務などであって、ちゃんとした役員報酬を受け取っていないのだろう。ちなみにこの階級の個人年収が1000万円以上の人の比率をみると、男性では49.8%とほぼ半数を占めるのに、女性は12.4%にとどまる。 資本家階級の次に男女間の格差が大きいのは、新中間階級と旧中間階級で、いずれも1.78倍となっている。旧中間階級で格差が大きい理由は、おそらく資本家階級と共通で、夫とともに家業を営む家族従業者でありながら、個人としての報酬をまったく、あるいはわずかしか受け取っていない人が多いのだろう。個人年収が200万円未満の比率は、女性では52.5%に達するのに対して、男性では25.0%だった。 階級別・男女別・年齢別にみた被雇用者の個人年収 しかし新中間階級は被雇用者だから、会社役員や家族従業者のように、正当な報酬を受け取らないなどということはないはずだ。労働者階級では新中間階級ほど格差が大きくないが、それでも正規労働者階級で1.43倍、アンダークラスで1.2倍の差がある。 考えられる理由のひとつは、女性は結婚や出産を機に退職することが多いので、十分に昇給する前の、若い人が多いのではないかということである。日本では、年功制が多くの企業で採用されているため、早く退職する女性は不利になるのである。そこで、被雇用者の個人年収を階級別・男女別・年齢別にみたのが、図表5・4である。 年功制がもっとも典型的にみられるのは、男性の新中間階級である。20歳代では426万円だった個人年収は、年齢とともに順調に上昇し、50歳代では865万円に達している。男性の正規労働者階級も、新中間階級ほどではないが年功制がかなりはっきりしており、20歳代の386万円に対して、50歳代では589万円となっている。 これに対して男性のアンダークラスは、新中間階級はもちろんのこと、正規雇用の労働者階級と比べても大幅に個人年収が少ない。しかし非正規雇用であるにもかかわらず、年齢が上がると個人年収は増加していく傾向が認められ、20歳代の188万円に対して、50歳代では290万円となっている。 一方、女性では、新中間階級でも年功制が明確ではなく、20歳代では335万円だった個人年収は、40歳代でも441万円までしか上昇せず、50歳代では418万円と減少してしまう。男性の新中間階級と比較すると、どの年齢でも大幅に低く、その差は20歳代では91万円にとどまるが、年齢とともに拡大し、50歳代では447万円にも達する。それどころか男性の正規労働者階級を大幅に下回っており、その差は20歳代では51万円ほどと小さいが、30歳代以上では百数十万円にも達している。 年功制が明確でないのは正規労働者階級もほぼ同じで、20歳代で321万円だった個人年収は、一貫して上昇しはするものの、50歳代でも430万円にとどまる。男性の正規労働者階級との差は、20歳代では65万円だが、30歳代では160万円を超え、40歳代以上でもほぼ同程度の差がある。そしてアンダークラスは、全体としてみれば男性以上に個人年収が少なく、年齢による増加はまったく認められない。 このように男性と女性は、同じ階級に所属していても個人年収の水準がまったく異なり、また年齢にともなう増加の程度が明らかに違う。その差は、同じ階級とは思えないほど大きい。 * さらに【つづき】〈「格差拡大」により日本に出現した「新しい下層階級」…現代日本の「階級社会」のしくみ〉では、「新しい階級社会」とはどのような社会なのか、詳しく見ていく。 【つづきを読む】「格差拡大」により日本に出現した「新しい下層階級」…現代日本の「階級社会」のしくみ

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