トランプ大統領が発表した日本への新たな関税率25%。アメリカに輸出する企業からは「今回ばかりは値上げせざる得ない」との声が聞こえ始めている。 【写真で見る】「関税で米国企業は楽して儲けられる」期待広がるアメリカと“苦悩する”日本企業 石破総理「なめられてたまるか」 <8月1日からアメリカに輸入される全ての日本製品に対し、わずか25%の関税を課します> 7日、トランプ大統領が送った“手紙”では、4月に発表された日本に対する相互関税24%に1%を上乗せ。「残念ながら日米関係は相互主義からは程遠い」と不満を表明した。 この新たな関税率に対し石破総理は、参院選の街頭演説で「これは国益をかけた戦い。“なめられてたまるか”」(9日) 交渉での安易な妥協はしないとの考えを示したが、相互関税が25%となると大きな影響を受けるのがアメリカに輸出している日本企業だ。 値上げ必須「今後は米国以外にも攻勢」 愛知県豊川市にある『共栄社』。 主にゴルフ場などで使われる「芝刈り機」を製造・販売し、国内ゴルフ場における「販売シェア48%」のトップメーカーだ。 大型のものは1台1500万円前後。2024年の売上高は約136億円で、“その4分の1はアメリカへの輸出”。 アメリカの芝は日本の芝より柔らかく、日本の硬い芝にあわせて作られた芝刈り機は「切れ味が抜群」と好評だという。 アメリカに輸出する製品は全て愛知県内の工場で製造されていて、すでに10%の関税がかかっている。 吉田文博取締役: 「アメリカは売る人、買う人、みんな価格にシビア。円安の追い風もあり、何とかそのバッファ(余裕)の中で対応しようというところだったが、25%の関税が課せられれば“製品の価格に反映せざるを得ない”」 アメリカ国内で生産すれば関税はかからないが、現在その予定はないという。 吉田取締役: 「“リゾート開発”がいろんな国で進められている。リゾート施設は、ホテルやカジノの次に“ゴルフ場”がくるので、東南アジアを中心に、アメリカに軸足を残しながらも、他国への輸出をこれから攻勢をかけていきたい」 米国の取引先も「25%関税にびっくり」 7月9日〜11日、都内で開かれた食品を輸出する企業の展示会「“日本の食品”輸出EXPO」でも、参加企業の最大の関心は、新たな関税率適用後のアメリカ市場での需要だ。 酒やコメ、牛肉の輸出を行っている栃木県の企業『ロードランナー』では、輸出する牛肉のうち“アメリカ向けが5割”を占める。 【牛肉】への関税は、4月に相互関税10%が発動され現在は「36.4%」。 8月1日から新たな税率が発動されれば、さらに15%上乗せされ【51.4%】になる。 これまではコストカットなどで価格を維持してきたが、それも難しくなるという。 例えばA5ランクの栃木県産のサーロイン。約7kgのブロックで15万円ほどの販売価格だが、プラス2〜3万円になるとのこと。 アメリカの取引先との打ち合わせでも、値上げの話題が出ていると話す。 塚田淳一 代表取締役: 「ニューヨークの担当者も25%の関税にびっくりしていて、今後については向こうもまだ対策が取れていない。今まではなるべく企業努力で吸収できると思っていたが、今回に関しては“値上げをお願いせざるをえない状況”。価格の上昇による“消費の低下”は懸念の一つ」 “トランプ関税”で株高なぜ? 一方で、各国への新たな関税率発表後、ニューヨーク株式市場のダウ平均株価は上下を繰り返しながら高値圏を維持。ナスダック総合指数は、9・10日と2日連続で最高値を更新している。 その理由を「トランプ政権のプラス面への期待」と話すのは、ニューヨークに拠点を置くヘッジファンド『ホリコ・キャピタル・マネジメント』の堀古英司さんだ。 堀古さん: 「“トランプ政権は、株式にとってプラスとマイナス両面”ある。マイナス面は、関税や不法移民の追放などトランプ氏の“予期しないサプライズ発言”。一方プラスは、減税や規制緩和、それと恐らく秋から始まる利下げなど。実はマイナスはもうほぼ出尽くしていて、“残るはプラス面ばかり”という期待が株式市場に表れているのだと思う」 ーー市場関係者から見ると、トランプ政権の関税政策は是としているということか 掘古さん: 「関税はマイナス面ばかり報道されてるように見えるが、アメリカにとってはプラスとマイナスがあり、“少しマイナスかな”という程度。今後注意すべきは<ドル安>や<相手国の報復>だが、トランプ氏の書簡には『報復したらさらに25%上げる』とあるので、報復の可能性は低い」 関税で米国企業は「楽して儲けられる」 関税が上がると物価も上がる。それでも多くの国民が支持しているのだろうか。 『ホリコ・キャピタル・マネジメント』堀古英司さん: 「例えば教育や雇用の機会において積極的に格差を是正する<アファーマティブアクション>という考え方がアメリカでは根付いている。今回も製造業を中心にした不得意な産業分野を放っておくと強いものが勝ち弱いものが消え、最後、インフラも資源もアメリカにはなくなってしまう。なのでアファーマティブアクション、すなわち関税で国内産業をある程度保護する。そういう考えが国民に広くいき渡ってるのではないか」 ーー関税でのインフレ加速や景気悪化の懸念は薄れてきているということか 掘古さん: 「“関税導入で物価が上がるのは1回だけ”というのが注意点。関税が毎年上がるならインフレに繋がるが、1回だけというのが決定的な違い。また消費者は割を食うが、それ以上に国外の競争相手がいなくなり“国内の産業が楽して儲けられるようになる”。銅の追加関税50%(8月1日から発動)の発表でも、銅企業の株がむちゃくちゃ上がっている。マイナス面もあるが、関税収入など実はプラスの面は結構ある」 さらに、物価上昇への懸念が薄れる背景には「AI(人工知能)」の存在があるという。 掘古さん: 「(AI開発に欠かせない半導体を開発する)エヌビディアの株価が上がってることからもわかる通り、今は生産性の上昇にはAI。“ある程度の物価の上昇はAIの生産性上昇で吸収できる”と」 貿易赤字「米国にも世界にもプラスの面が大きい」 その“トランプ関税”の背景にあるのが「アメリカの貿易赤字」だが、2000年頃から増加が加速している。 ▼2000年⇒3696億ドル ▼2006年⇒7500億ドル突破 その後リーマンショックで景気が悪くなり赤字額は減ったものの、再び増加し ▼2024年⇒9035億ドル しかしこの貿易赤字の増加は、「アメリカの景気が独り勝ちで、輸入増加につながった結果」と話すのは、国際経済学が専門の『東京大学』名誉教授・伊藤元重さんだ。 『東京大学』名誉教授 伊藤元重さん: 「アメリカは貿易赤字だが、逆にアメリカに対して海外からものすごい投資が来ている。全体でお金が回っているわけだから、アメリカの貿易赤字はアメリカにとっても世界にとっても、実はプラスの面が大きい」 「自由貿易体制」が変わる可能性 それでも、高関税政策をとるトランプ政権。 ある国が輸入するすべての品目にかかる関税率を平均した【単純平均関税率】で見ると、アメリカは2010年以降5%以下の水準で推移。 2025年1月の第2次トランプ政権発足時には「2.48%」だったが、2025年の予測では「18%」となっている。(※2010〜2024年実績 Tax Foundation / 2025年予測 イェール大学(7月10日時点)) そして、【関税収入】は6月時点で266億ドル(約4兆円)で、前年同月から約4倍になっている。 ーーこれまで自由貿易の先頭に立っていたのがアメリカ。関税率を下げることが経済成長を促し、人々を豊かにすると。それは間違いだったのか 『東京大学』名誉教授 伊藤元重さん: 「自由貿易も、戦後何十年とやってきた時期と、2001年に中国がWTO(世界貿易機関)に加盟して以降でかなり違ってきている。急速に中国からの輸入が増え、オハイオやペンシルバニアの雇用などに非常に大きな影響を及ぼした。なので貿易を増やすことによる“利益”よりも“痛み”の方が大きいと感じる人が増えているのだろう。本当は利益の方が大きいが、薄く広く広がる。痛みは特定の地域・人に非常に集中する傾向があるので、その対応として関税が一番わかりやすいということ」 ーー逆に言うとアメリカが高関税を当たり前にするなら、我々もという国が増える可能性もある 伊藤さん: 「あるいは、“関税を下げようという力”も各国から出にくくなる。自由貿易は、自由化をどんどん進めていくことが重要だが、原動力、リーダーがいなくなるわけだから、厳しい状況」 (BS-TBS『Bizスクエア』2025年7月12日放送より)