「零戦搭乗員」「旧軍人」「遺族」など戦争体験者500名以上にインタビューを重ねてきた軌跡

7月14日(ネットショップなどでは16日)に発売される私の新著『零戦搭乗員と私の「戦後80年」』(講談社ビーシー/講談社)は、戦後50年の1995年から戦後80年の今年まで、30年にわたり、零戦搭乗員をはじめ旧軍人、遺族など500名以上のインタビューを重ねてきた軌跡を、「私」を一人称としてまとめたノンフィクションだ。いわば、「私小説」ならぬ「私ノンフィクション」である。 取材がこれで一段落したわけではないけれど、一つのテーマを30年追い続けるということは意外に例のないこと。その間に取材した人のほとんどが鬼籍に入り、これまでの本では紹介しきれなかった人間的な一面を残しておきたかった。 これからしばらく、夏の間は、「それぞれの8月15日」のシリーズとともに、本書の紹介が続くことをご容赦いただければ幸いである。 108歳の元零戦搭乗員 今年(2025)年は昭和100年、戦後80年にあたる。この節目の年の5月、一人の元零戦搭乗員が108歳の誕生日を迎えた。三上一禧さん。零戦がまだ十二試艦上戦闘機と呼ばれていた頃からテスト飛行に任じ、昭和15年9月13日の零戦初空戦に参加。それから58年後の平成10(1998)年、かつて自分が撃墜した中華民国空軍のパイロット・徐華江氏と奇跡的な再会を果たした人だ。戦争を生き抜き、チリ沖地震の大津波を経験し、東日本大震災の大津波では市街地にあった自分の会社を流されたが奇跡的に生き抜いた強運の人だ。 じつのところ三上さんは、いまや戦争の話が聞けるような状況ではない。それでもこの日、私が主宰するNPO法人零戦の会(零戦搭乗員の戦友会だった「零戦搭乗員会」の後継)の有志数名が集い、ご家族とともにささやかなお祝いをした。私が初めて会ってちょうど30年、いまもこのように誕生日が祝えることを感謝したい気持ちでいっぱいだった。 三上さんの誕生日には毎年訪ねているが、コロナ禍直前の102歳の誕生日のときは私のことをよく覚えていてくれて、私の顔を見るなり 「しかしあなた、歳とったねえ」 と言われたものだ。初めて会ったとき三上さんは78歳、私は32歳。三上さんが102歳の時点で私は56歳になっていた。若者だったイメージが三上さんのなかに残っていたから、白髪になった私を見て「歳とったねえ」という言葉が出たのだろう。「歳とった」と102歳に言われたのが妙におかしく、また嬉しかった。だが108歳になったいまは、かつて零戦に乗って戦っていたということも思い出せない様子だった。 90歳を生きて迎える男性は4人に1人と言われる。108歳が見る世界がどんなものか、体験できる人はほとんどいないだろうし、これは仕方のないことだと思う。 時間が「奪う」ものと「積み重ねる」もの ともあれ、戦後80年のうち30年も取材を続けてきたのか、と改めて感慨深いものはある。その間に500人を超える人たちと会い、真珠湾やラバウル、ブカ島、ポートモレスビー、フィリピンなどかつての激戦地や台湾の日本軍基地巡り、日本軍が占領するはずだったニューカレドニアにも行った。かつての空戦場の空も飛んだ。けれども、だからといって「節目の年」になにか意味があるのかと言えば、そんなものはないと思う。 見た目の数字のキリがよいだけで、時の流れは止まらない。しかも人間には寿命がある。30年前の「戦後50年」でさえ、当時さまざまな催しや出版があったににもかかわらず、いまとなってはほぼ忘れ去られているではないか。「戦後60年」のときは、テレビの企画で日米元軍人が和解する野球の試合をさせられた米退役軍人が急死した。「戦後70年」では、元零戦搭乗員・原田要さんに取材が殺到、ただでさえストレスのかかる戦争体験の話を休む間もないほどさせられて、疲れ果てた原田さんが99歳で急逝してしまう悲劇が起きた。「戦後80年」で熱狂するメディアは、果たしてそれらのことを知っているのだろうか。 私が取材した零戦搭乗員たちも、30年のあいだに三上さんをはじめ数人の例外を残してみんな、黄泉の国へと旅立ってしまった。 「時間」は「戦争」より確実に人の命を奪う。零戦搭乗員の子供たちの世代がいま、30年前に私が取材したときの当事者(=父親)の年齢に追いついている。あと20年も経って「戦後100年」ともなれば、子供世代すらほぼこの世からいなくなって、孫の世代が老境に差しかかるのだろう。そのとき、「戦後80年」がどのように振り返られるかを想像すると、果たしてそんな「節目」になんの意味があるのだろうか、と疑問に思わざるを得ない。 しかし、時は過ぎ去ると同時に積み重なるものでもある。過ぎてしまえばあっという間であったけれど、この30年で積み重ねてきた私の当事者への取材の蓄積は、これから誰かが同じことをやろうとしても無理なことだ。それは、例えば戦後すぐの時代に、故半藤一利氏が旧軍の中枢にいた将官たちを片っ端から取材したのを、戦後生まれの私が真似をするのは不可能であったのと同じことである。30年前に会えたのは、最高位で大佐だった。人は生まれる時代を選べない。自分がいまいる時代にできることを精一杯やっていくしかないのだ。 旧軍の資料は残っている よく「旧日本軍は終戦とともに重要書類を焼却してしまい、大切な記録はなにも残っていない」などと思い込みで言う人がいるが、けっしてそんなことはない。その人たちが探せていないだけで想像以上に旧軍の資料は残っているし、公開も進んでいる。それに加えてインターネットやデジタル技術の進歩がある。 たとえば30年前には、防衛庁(当時)防衛研究所図書館の所蔵資料は、1枚40円(紙資料)から100数十円(マイクロフィルム)の費用を払い、届くまでかなりの日数を待ってコピーを依頼するか、時間をかけて自分のノートに筆写するしかなかった。しかも「辞令公報」などはプライバシーに関わるとの理由で、閲覧のみで複写は許されていなかった。 それがいま、防衛省防衛研究所図書館では閲覧した資料を持参のデジタルカメラで複写することが認められている上に、辞令公報や戦闘行動調書、電報綴りにいたるまで所蔵資料の多くはインターネットで公開されていて、ダウンロードすることもできる。国立公文書館も、戦時中の公開資料が飛躍的に増えた。 国立国会図書館はデジカメでの複写はできないが、館内にある端末で資料の検索、コピーの注文が簡単にでき、しかも当日に受け取れる。頼んだコピーの進捗状況まで端末で確認できるなど、利便性が大幅にアップしている。 搭乗員だった祖父の「軌跡」 時の流れは世代交代を促し、それがまた新たな興味、関心を呼ぶようにもなっている。 私は実名でSNSをやっているが、近年特に、旧海軍の戦闘機搭乗員だった人の孫や曾孫の世代の親族から、「おじいちゃん(または曾祖父、大叔父など)のことが知りたい」という連絡が頻繁に来るようになった。 子供世代だと、ただでさえ親子の関係はむずかしい上に、敗戦で価値観が逆転した教育を受け、なかでも新聞で活躍が報じられたような著名な指揮官の子が、戦争が終わると学校で壮絶ないじめを受けた例があったりして、父親の戦歴や生きた軌跡を改めて知ろうという人はそう多くなかった。だが、孫、曾孫の世代になるとそんなしがらみから自由だから、純粋に「おじいちゃんのことが知りたい」となるのだろう。 そんな連絡があるたび、できるだけの資料を提示したり知っていることを伝えたりしている。もしその「おじいちゃん」が戦死したり、親族の誰かが欠けていても、私に連絡してくれたその人はこの世に存在しないことを思うと、人の運命の不思議さを感じずにはいられない。そして——こんなことは考えても仕方のないことだが——戦争のために「生まれてこられなかった命」についても、しばしば思いをめぐらすようになった。 私は「戦史研究家」でも「評論家」でもない取材者に過ぎないが、ここまで一つのテーマを取材し続けてきた以上、日本海軍戦闘機隊を最後の1機まで見届け、その生きた証を残し、いっぽうでは子孫の人たちに祖父たちの「軌跡」と、いま自分が存在することの「奇跡」を伝えていく責任があると思う。 1人1人のルーツを知ることで命の大切さを考える——強いて言うならば、それが「戦後八十年」の節目の年に戦争を振り返ることの意味ではないだろうか。『零戦搭乗員と私の「戦後80年」』がそのための一助となることを願ってやまない。 ジャワは天国、ビルマは地獄、生きて帰れぬニューギニア…日本軍兵士が、「死んだら靖国神社には行きたくない」と懇願した理由

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