祖先は空を飛んでいたのに…「飛べない走鳥類」はなぜ「翼を失った」のか?

「進化は再現不可能な一度限りの現象なのか? それとも同じような環境条件では同じような適応が繰り返し発生するのか?」 進化生物学者の間で20世紀から大論争を繰り広げられてきた命題をめぐるサイエンスミステリーの傑作、千葉聡『 進化という迷宮 隠れた「調律者」を追え 』が発売されました。 本記事では、〈進化生物学者が、ニュージーランドの森で出会った「ヤバすぎる虫」…「醜い者たちの神」という意味を持つ虫の正体〉に引き続き、ニュージーランドの「飛べない鳥」の進化について詳しく見ていきます。 ※本記事は、千葉聡『 進化という迷宮 隠れた「調律者」を追え 』(講談社現代新書)より抜粋・編集したものです。 巨鳥モア ニュージーランドの生物のうち、島嶼で起きる巨大化の例によく挙げられる動物が、マオリ族の狩猟で絶滅した、飛べない巨鳥モアである。モアは三科六属を含む多様性の高いグループで、形も大きさも様々だが、最大種は高さ3mに達する(図8−3)。 南半球には、他にニュージーランドのキウイや、オーストラリアのヒクイドリ、エミュー、南米のレア、マダガスカルの絶滅した巨鳥エピオルニス、そしてアフリカのダチョウと、同じように飛べない走鳥類と呼ばれる鳥類が分布する。 かつてこれらはゴンドワナ起源で、大陸の分裂とともにそれぞれの地域に隔離されたものと信じられていた。それゆえキウイはニュージーランドで、モアから進化したと思われていた。 "ワイルド・ガーデン"探検の翌日、2羽のインコが飛び交う部屋のテーブルで、メアリ夫婦と朝食をとりつつ、モアとキウイの話になった。メアリの夫は鳥類学者でもある。 「実はニュージーランドの鳥類は、ほとんどがオーストラリアや太平洋の様々な地域から渡って来たものです。モアとキウイは群島化した時代以前から島にいた仲間ですが、それでもこれらの祖先はそれぞれ別の土地から飛んできて、独立に翼を失ったのです」 2014年に発表された研究で、モアやエピオルニスの化石DNAを含めた遺伝子解析の結果、キウイはマダガスカルのエピオルニスに近縁で、モアは南米に分布するウズラのような小型の飛べる鳥、シギダチョウ類に近いことが分かったという。 これら走鳥類が分化したのは、DNA配列に基づくと、7000万年前以降と推定され、すでにゴンドワナ大陸が分裂し、ニュージーランドも分離した後である。従って、モア、キウイ、エピオルニス、ヒクイドリなど飛べない走鳥類はいずれも、空を飛ぶシギダチョウの祖先が海を越えてそれぞれの地に渡り、独立に翼を失ったものと考えられるのだ。 この研究では、その飛翔力の喪失は、白亜期末の大量絶滅直後、生き残った鳥類がそれまで恐竜が占めていた生態的ニッチを代わりに占めつつあった結果だとしている。その後、哺乳類が台頭し、そのニッチのほとんどを哺乳類に明け渡したのではないかという。 鳥類の多様化がどの時代に起きたかについては、依然として論争があるものの、走鳥類の分化時期については、やはりゴンドワナ大陸分裂後という仮説が支持されている。また走鳥類の翼の喪失は、タンパク質を発現する遺伝子ではなく、遺伝子発現のスイッチをオン、オフするように制御する、非コード領域の遺伝子が変化して生じたという。これは翼の喪失が相対的に起こりやすい、分化の発生経路が存在している可能性を示唆している。 なお、キウイがモアより小さいのは、キウイの祖先がニュージーランドに到達したときには、すでに大型化したモアが住んでいて、キウイがそのニッチを占められなかったためだと推測されている。最も古いキウイの化石種は、現生種よりむしろ小型なのである。その結果、キウイはちょうど夜行性哺乳類のように、地上棲息型のニッチに適応したうえ夜行性となり、色覚も失う代わりに、嗅覚を発達させた。キウイのゲノムに生じた変化は、哺乳類の夜行性適応の初期に起こったと推定される変化とよく合致しているという。 巨鳥モアと怪鳥キウイ、それに巨大昆虫ウェタは、もし白亜紀末に恐竜に加えて哺乳類も絶滅していたら、どんな世界が訪れたかを仄めかしている。 では、もし運悪く鳥類も絶滅していたら?その場合は恐らく、昆虫が哺乳類だけでなく鳥類の生態的ニッチも占めただろう。昆虫より大きい捕食者や競争相手がいないので、ひときわ巨大な昆虫が進化したかもしれない。果たしてホラー映画レベルの巨大昆虫が、実現するのだろうか。実はこれを推測する方法がある。遠い過去に「旅」すればいいのである。昆虫は出現していたが、まだ鳥も哺乳類も進化していなかった時代まで遡ればいいのだ。 * さらに〈進化学者が無人島で目撃した「進化の現場」…「悪夢のような世界」をつくりだした「魔物の正体」〉では、「進化のパーツ」を探す旅のはじまりを見ていきます。。 【つづきを読む】進化学者が無人島で目撃した「進化の現場」…「悪夢のような世界」をつくりだした「魔物の正体」

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