大阪・関西万博が始まって3カ月が過ぎた。私は4月半ばの開幕直後から6月末までで訪れること7回。入場を重ねるたびに人が増えている印象だ。初めて訪れた4月中旬の平日の入場者数は10万人以下と低調だった。しかしその後、入場者数は増えていき、5月7日(水)を最後に10万人を下回っていない。6月28日(土)には20万2819人(一般来場者18万4990人)を記録、7月12日(土)に一般来場者数は1000万人を超えた。 入場者数の増加に比例して、各パビリオンも混雑するようになってきた。テーマパークのような迫力映像が売りのガンダム館、「25年後の自分」と出会えるリボーン体験ができる大阪ヘルスケアパビリオン、パビリオンから発せられる音によって建物を覆う鏡面状の膜が振動するnull2など、人気の日本国内のパビリオンは入場困難なところが多い。当日並んでの入場を基本受け付けておらず、予約しなければまず入れない。2ヶ月前予約(抽選)こそまだ当たる可能性が高いが、それ以外は事前に押さえるのは困難だ。当日、入場後にも空き枠予約のチャンスはあるが、争奪戦は熾烈を極める。 ミャクミャクと大屋根リング 過去の万博は後半になればなるほど、入場者数が増える傾向にある。パビリオン巡りという楽しみ方は、今後ますます困難になっていくことが予想される。そこで今回、予約や行列で順番待ちといった手間のかかることは極力せずに、万博を楽しむ方法を紹介したい。穴場はずばり、海外パビリオン。並ばなくても入れ、魅力あふれるものがいくつもある。 【西牟田靖/ノンフィクション作家】 *** 【写真を見る】ウサイン・ボルトとツーショット!? 「疑似世界旅行」ができる海外パビリオン アメリカ館やイタリア館は人気 海外パビリオンでも、開幕直後、45分待ちだった人気のアメリカ館は、7月9日時点で最長3時間待ち。中にはイタリア館のように、最長6時間待ち、予約パスが数万円で、チケットサイトに売りに出されるというパビリオンすらあるなど、人気のほどがうかがえる。 しかし、それ以外、それほど注目されていない海外パビリオンに意外と狙い目のものがある——というのが、7回通った私の感想である。 海外パビリオンでのケミストリー まずは、すぐに入ることのできた海外パビリオンで、印象深かったものをいくつかあげよう。 アフリカ南東部に面する長い海岸線を持つモザンビーク。自国の技術者へのインタビュー映像とプロダクトの紹介や観光地帯のイメージビデオといった展示もさることながら、スタッフとのやりとりが楽しかった。公用語がポルトガル語だというので、「オブリガード・アディオス(ありがとう。さよなら)」と片言で話すと喜んでくれた。再訪のとき、「二回目です」と日本語で言うと「あなたもうモザンビーク人」と日本語で冗談が返ってきて思わずほっこりした。 やはりほぼ待たずに入れたインドネシア。船の形をした外観のパビリオンに一歩足を踏み入れると、早朝のジャングルのようなひんやりとした空気に包まれた。太陽の光が差し込む吹き抜けの構造。熱帯の木々が青々と屋内を覆っており、まるで植物園。「こちらのジャングルはインドネシアから持ってきたものです」とインドネシア人スタッフが日本語で説明する。実際、現地のジャングルにいるかのような臨場感があった。そこを抜けると、カリマンタン島に計画されているハイパーシティ構想のジオラマがあり、さらにその先には、バティック織の展示。大自然から未来都市へと展示が続いており、見逃せない。そして最後は伝統的な踊りを披露する村のドキュメンタリー映像が流れる。おもてなし精神にあふれたダイナミックな構成が素晴らしかった。インドネシア人スタッフも多数。見終わった後は、食事やコーヒーも楽しめる。 ミャクミャク館になった 時間帯によっては20〜30分並ぶが、ぜひ訪れてほしいのがサウジアラビア館だ。大阪・関西万博に続いて行われる5年後の万博開催地が、中東の産油国として有名なサウジアラビア。次回の開催地だけに、規模にしろ、人員体制にしろ、非常に力が入っていた。 巨大で白いモザイク建物は海外パビリオンの中では最大規模。7つの建物があり、その間に中庭がある。館内や建物の外には白装束で、頭に黒い輪っかを着けた民族衣装の男性スタッフが各所に常駐していて、場内誘導を流ちょうな日本語でこなしていた。 「こっちのゾーンは混んでばっかりなんで、早く回りたい人はまっすぐ行った方が良いですよ」と関西アクセントの日本語で誘導する。衣装と関西弁のギャップが印象に残った。館内では、打ち込みのダンスミュージックと白装束が意外な取り合わせのDJパフォーマンス、スポーツ分野での活躍、雄大な自然、ハイパーな都市設計、オアシス、サウジ初の女性宇宙飛行士などが圧倒的なビジュアルによって展示・紹介される。この国の課題である脱石油依存のための模索、その本気度が伝わってきた。2030年リヤド万博を行うだけに力の入れ方が伝わってくる。あえて宗教色は消してあるようにも見えた。 ヨーロッパ北部、かつてはソ連に占領され、社会主義連邦の構成国となっていたバルト3国。そのうち二カ国が出展しているバルト館(ラトビアとリトアニア)。中に入ると深い森の中にいるような匂いが五感を刺激する。両国の約300種類の薬草が展示されていたり、自然由来の水の凝縮物を使った常に濡れている緑色の壁WALL OF THE FUTUREがあったり。そこでは入場者が思い思いのメッセージを指で記している。館内では、現地スタッフが流ちょうな日本語でパビリオンの説明をしてる。このパビリオンでは、5月に一騒動があった。展示してあったミャクミャクのぬいぐるみが盗まれたのだ。それが報道されると、心配した人たちが全国各地からミャクミャクのぬいぐるみを送ってきた。その数は実に約150にもなった。スタッフにその後を聞くと、 「カウンターのすべてがミャクミャクで埋まり、ミャクミャク館になりました。その後、大阪の子ども病院にすべてプレゼントし、今はバルト館に戻りました」 国花であるジャスミンに建物上部が覆われたチュニジア(北アフリカ)のパビリオン。入るとジャスミンの甘い香りが漂う。「水資源の管理と最適化」「科学と医学の進歩」などの情報を視覚で訴える360度映像や、スター・ウォーズのロケ地としても有名なチュニジア砂漠を再現したゾーンなどを抜け、出口にはジャスミンの花で天井と壁が覆われた廊下が現れる。ネットだと視聴覚のみの情報だけになってしまいがちだが、匂いを強調した展示は万博ならではだ。 コモンズという穴場 単独のパビリオンではなく、3〜20カ国以上が、ひとつの建物に集結しているコモンズというパビリオンが、この万博には、AからFまで6つある(Eは万博漫画展になっている)。これらはすべて予約不要。各国の展示はブース単位なので、迫力映像や、門外不出の芸術作品などの貴重な展示物、または花や食材などの匂いを伴った展示……といった凝りに凝ったものは少ない。しかし、その分、展示は手作り感覚で、そこが魅力だ。 たとえば、カリブ海の島国、ジャマイカ。同国が冬季五輪に出場したときのボブスレーのカートに乗れたり、レゲエの神、ボブ・マーリーや、世界最速の短距離走者、ウサイン・ボルトの等身大人形と記念撮影ができたりする。北西アフリカにある砂漠の国、モーリタニアからは、やはり等身大のヒトコブラクダの模型とともに、自国から持ち込んだとおぼしきサハラ砂漠の砂を展示。しかもその砂を触ることができたりした。 アラビア半島南部にあるイエメンは、民族衣装を着て、ターバンのようなものを頭に巻いた、アラビアンナイトの世界から出てきたかのような男性たちが、極甘スイーツやコーヒーなどでもてなしてくれた。 現地スタッフとの距離はかなり近く、彼らとふれあったり、会話を楽しんだりするチャンスはかなりある。 EXPOホンヤクというツール 実際、私はコモンズで、ジャマイカや東ティモールの人たちに日本滞在中のことを聞くことができた。 ——ジャマイカの魅力を教えてください。 「温かい、おもてなしの心あふれる人々と素晴らしい料理がある美しい国です。音楽は至るところに流れており、あなたもきっと楽しく訪れることができるでしょう」 ——日本の印象はどうですか? 「日本の人たちは親切で、滞在を楽しんでいます。私自身は、三回目の日本訪問です。旅行博(国内外の観光地が出展する旅の祭典)に出展したジャマイカ・ブースのスタッフとして、しばらく東京に出張したことがありました。そして今回、万博のスタッフとして大阪に来ました。日本の気候は非常に寒いですね(話をうかがった4月半ば時点)。自分の経験や情報からもうすこし少し暖かいだろうと思っていましたが。それでも人々の温かさに触れました。ジャマイカは一年中とても暖かいんですけどね」 ——今回の日本で新しく体験したことは何ですか? 「以前日本を訪れたときはホテルに泊まり、料理も用意されていました。今は日本人のようにアパートで生活しています。そのため、自分で買い物をして、自炊もします。良い経験です」 東ティモールのスタッフとの会話は以下。 ——東ティモールの魅力は? 「私たちの国はとても美しいです。美しい海に囲まれていて、そこにはたくさんの種類の水中動物がいて、ダイビングを楽しむことができます。また内陸には美しい山々がそびえています。山の高さは約2900メートルです」 ——日本についてどう思いますか? その印象は? 「非常に礼儀正しく、文化的です。都市はとても清潔で、人々は勤勉ですね。高齢者の方々がまだ働いているのを見て驚きました。これはとてもよいことです。私たちの国では高齢者は働きませんから」 ——日本国内を旅行しますか? 「大阪の他に私は京都と東京に行きます。日本で二ヶ月滞在し、東ティモールに戻る予定です」 この万博では来場者にEXPOホンヤクというスマホ用アプリが用意されている。文字入力(30言語対応)・音声認識(13言語対応)の両方で翻訳が可能。スタッフのみなさんは皆、コミュニケーション大歓迎。話しかけると、ていねいに答えてくださる。EXPOホンヤクを援用して、ぜひ疑似海外体験を楽しんでほしい。 疑似海外体験 また、万博は、パビリオンに入らなくとも、パビリオン前やイベント会場で行われるパフォーマンスも楽しい。各国から派遣された腕利きのパフォーマーが、その国の伝統的な芸能からロックまで、演奏や舞踊を披露するのだ。私が目撃したのは、全身を覆う真っ白な衣装(アバヤ)を着た男たちが勇壮に歌い踊るパフォーマンス(アラブ首長国連邦・カタール)、フラメンコを取り入れたバンドスタイル(スペイン)、ロックバンド(カナダ)の演奏、エキゾチックな衣装と歌と踊り(マレーシア)、ピアノ連弾(ハンガリー)などである。どれも足を止めて見てしまうほど見事なものだった。 万博会場では、このように外国との様々な出会いがそこかしこにある。現地に行かないと体験しづらい、生のコミュニケーションができるだけに貴重である。異常な円安と物価高で、海外へ簡単に行けなくなった昨今、万博を利用し、飛行機に乗らずとも行ける「疑似海外旅行」をたくさんの人にお勧めしたい。 西牟田靖(にしむたやすし) ノンフィクション作家。1970年大阪府生まれ。日本の国境、共同親権などのテーマを取材する。著書に『僕の見た「大日本帝国」』、『わが子に会えない』、『子どもを連れて、逃げました。』など。 デイリー新潮編集部