イオンぐらいしか行くところがないんでしょ? 「地元志向で『絆』や『仲間』という言葉が好きで、EXILEが好きな人々」を「マイルドヤンキー」と呼ぶようになってから10年以上が経過した。マイルドヤンキーのざっくりした定義によると、彼らは若くして結婚して複数の子どもを育てており、休日はワンボックスカー(現在ならアルファード)に乗ってイオンで一日を過ごす、ということになっている。 【充実】魚釣りにBBQ、たまにはイオンで青空プロレス…写真で擬似体験する地方の休日 しかし、実際に東京から地方へと移住した身としては、この「地方都市の実態」とされるものがあまりピンとこないのである。確かに子育て世帯はワンボックスカーに乗っている傾向はあるが、果たしてイオンが休日最大の娯楽かといえば疑問符がつく。「一日過ごす」となると朝の10時から18時ぐらいを指すかと思うが、食料品の買い出し、その他店舗をいくつか周り、フードコートで食事をした後にゲームセンター的なところへ行っても2時間〜2時間半が限界ではなかろうか。 地方に行けばどこにでもあるイオンだが(写真はイメージです) この言葉を開発したマーケター氏は地方で様々なリサーチをしているというが、元は東京出身である。同氏に限った話ではないが、人生のほとんどを都会で過ごした人間なりの偏見ではなかろうか、とも思うのだ。というのも、都会の人々はイオンをバカにする傾向がある。それも地方民とセットにして、である。 「田舎はイオンぐらいしか行くところがないんでしょ?」と言うのは定番だ。そこには、「東京はライブや美術展などが多数開催されるし、週末の代々木公園ではタイフェスやラオフェス(ラオスフェスティバルの略称)といったものも頻繁に開催される。都内各所に点在するライブハウスでは、連日のようにイベントが行われているし、東京ディズニーリゾートもあって野球の試合も開催され、娯楽が多様だ」という誇りを持っている。それはそれでいいのだが、あろうことか、地方を引き合いに出し、さらにバカにするのである。 土日は子どもの野球の付き添い 私自身も2020年までは東京の人間で、今は佐賀県にいるが、上記のようなことを述べる人間に東京で時々会ってきた。私の場合、人混みが嫌いなので、こうしたイベント的な場所に行くことはほとんどなかったのだが、彼らの“地方見下しマインド”というものに対しては、「結局、金もうけに熱心なイベンターが、人口の多い東京でイベントを開きがちなだけの話で、それを都民が誇りに思うのは滑稽」と思っていた。 そして地方の娯楽に話は戻るが、「週末は家族でイオン」は「2日間の週末のうち、1日はイオンに行き、その週の食料品・日用品の買い出しはする」ということではなかろうか。地方だからって普通にスーパーマーケットやドラッグストアはあるわけで、イオンを特別視することはあまりないように感じられる。むしろ、道の駅的な直売所で安くて新鮮な野菜や魚を大量購入し、ソフトクリームを食べる、といったことの方がポピュラーでは。 また、食事をイオンのフードコートでする、という話だが、これもあまりよく分からない。何しろ、ロードサイドにはチェーン店が多数存在するのだ。マクドナルド、牛角、スシロー、くら寿司、CoCo壱番屋、KFC、資さんうどん、牧のうどん、ウエスト、ジョイフル、ガストといったところだ。この手の店は小さな子ども向けサービスも充実しており、子育て中の親にとっては重宝するもの。 イオンが週末を過ごす場所の中核ではないとしたら何をやっているか? 案外多いのが子どもの野球の付き添いである。地方は3〜4人きょうだいというケースも多く、男の子3人全員が少年野球・中学野球・高校野球をやっている、なんてこともある。土日は試合があるため、父と母に分かれて野球の試合に我が子を連れて行き、観戦をするのだ。 地方民の休日の過ごし方は多様 父親は審判員として駆り出されることもあり、春〜秋の野球シーズンはとにかく忙しい。試合に勝てば勝ったでその晩は繁華街に繰り出して祝勝会をしたりもする。私の友人は男の子3人を育てているが、長男は高校3年生、次男は高校1年生、三男は中学1年生である。となると長男が野球を小学校4年生から始め、高校3年生までの9年間が終わったとしても、その段階で中1の長男はあと5年間野球漬けの週末が続くのである。イオンに6時間行っている暇などない。 他にやることといえば、釣りとBBQである。そこら中に漁場があり、イカ・アジ・キス・カマス・クロダイ・カサゴ・キジハタ・真鯛・穴子などを釣ることができる。知人で船を持っている人も時にいて、そうなると1時間ほど船に乗ってカンパチやヒラマサやブリを狙う。時にマグロを釣ることもある。女性の場合は、実家の母親が近くに住んでいるため、女の子を連れて祖母・母・孫の3世代で温泉へ行ったりする。 野球がなく家族全員が揃っている時などは、長崎県佐世保市へ行きアジフライを食べたり、或いは博多までショッピングに行ったりする。決して「地元のイオンで時間潰し」ではないのだ。とはいっても、イオンがイベント開催の中核になることはあり、昨年は世界唯一のNPOプロレス団体「九州プロレス」がイオンの駐車場で興行を行った。こうした時は多くの人がイオンで過ごすこととなる。 「田舎者は休日はイオンで過ごす」という固定観念は、我々地方民が誤解しがちな「都会者は休日はライブをハシゴして109と伊勢丹でショッピングをする。そしてリラックスするために水タバコを吸いアロマテラピーをしている」というものと同じで、幻想なのかもしれない。地方も都会も関係なく、日本人はもう少し多様な休日の過ごし方の選択肢は与えられているのだから。 中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう) 1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。 デイリー新潮編集部