球場に「ネガティブな言葉は似合わない」神宮を盛り上げる《声の演出家》…ヤクルト・名物DJが語る「仕事の流儀」

赤いストライプやグリーンのユニホームを着たファン、その手に握られた小さな応援傘、球場を囲む豊かな緑と都市風景、夕焼けから少しずつ色を変えていく空。 そしてもう一つ、「神宮球場に来たな」と実感させてくれるのが、球場に響く東京ヤクルトスワローズのスタジアムDJ、パトリック・ユウ氏の明るく伸びやかな声だ。 ファンにとってはすっかりお馴染み、試合に欠かすことのできない存在のパトリック氏だが、どういうきっかけでスワローズのスタジアムDJとなったのか。知られざる経緯とともに、印象に残っている選手や応援歌、スワローズへの思いなどを聞いた。 【第1回】『ファンに愛される「神宮の声」はこうして生まれた…ヤクルトの名物スタジアムDJ、その「知られざる歩み」』より続く。 スタジアムDJの一日 「ゴーゴースワローズ!」「レッツゴームーチョ!」などなど、その優しく温かな声で試合を大いに盛り上げてくれるパトリック氏。 だが、スタジアムDJとしての仕事は試合中のコールやアナウンスだけではない。18時試合開始の日を例に、一日のタイムスケジュールを聞いてみた。 「試合開始2時間前の16時くらいから、進行打ち合わせが始まります。早めに球場に来た時は、打ち合わせの前に選手の練習を見ています。私は野球が大好きで自身でもプレーをしているし、息子も少年野球をやっているので、練習を見たいんですよ。練習は一般の方はなかなか見ることができませんから、役得ですね(笑)。 もちろん、見ていると浮かぶ言葉もありますし、一生懸命毎日練習している選手の姿からはすごくエナジーをもらえる。ポジティブな言葉しか生まれてこないんです」 30分ほどの打ち合わせが終わると、オープニングトークが始まる17時30分まではフリーの時間。とはいえ、休息の時間はほとんどない。台本の再チェックを行ったり、SNSで情報を発信したりと、準備のために時間を費やす。その間、食事をすることもあるそうだ。ただし、集中を高めるために量はあくまで軽く。 「球場グルメを食べることももちろんありますよ。Xやインスタグラムによく球場グルメをアップしているのですが、神宮球場は選手プロデュースメニューをはじめ、各店舗においしいグルメが充実しているし、毎年新しいメニューが増えるので全然追いつかない(笑)。 おすすめはたくさんありますが、神宮球場名物の『じんカラ』(鶏のから揚げ)は、神宮球場に来たらぜひ食べてみていただきたいですね」 いよいよ試合開始! 17時30分、フィールドでオープニングトーク開始。軽妙ながら丁寧な言葉で両チームのファンに語りかけ、試合開始に向け興奮を高めていく。 オープニングトーク終了後、内野席と外野席の間の通称「ブリッジ」と呼ばれる場所に移動。試合開始とともに選手紹介やアナウンス、イベント進行などを行い、スタジアム全体を盛り上げる。 ちなみに、試合中は手元のiPadでフジテレビONEの生中継を流し、放送時間のディレイを利用して、プレーの確認をしながらアナウンスをしているという。 「例えば変化球だったのか、ストレートだったのかなど、やはり肉眼だとどうしても細かい部分は見逃してしまいますからね。しゃべりの参考になるネタを拾えることもあるので必須です。際どいプレーの時には、付近の席のファンの方が『どれどれ⁉』と見に来ることもあります(笑)」 試合が終了しても、即帰宅というわけにはいかない。スワローズが勝利した時は、傘を振って勝利を祝った後、ゲームをビジョンで振り返りつつヒーローインタビューが始まる。その後、選手がライトスタンドのファンのもとに行き、パトリック氏の合図で『勝利の関東一本締め』を行うのがお決まりだ。 締めの言葉の後にはファンとの記念撮影タイムがスタート。盛り上げ上手なパトリック氏の声を聞いているとうっかり失念してしまうが、スタジアムDJとしての一日は想像をはるかに超えて忙しく、大変なのだ。 球場に「ネガティブな言葉はいらない」 そんな中、気をつけているのは「ネガティブな言葉を口にしない」ということ。 「私もいつもそうなんですけど、神宮球場に来る時ってすごくワクワクするんですよ。球場ってやっぱり、非日常的な特別なところですからね。 ファンの方々もみんなワクワクドキドキした気持ちで見に来てくださっていると思うんです。だから、楽しんでもらいたい。試合もそうですし、試合以外も楽しんでもらいたい。なので、そう感じていただけるようなしゃべりの構成をいつも考えています」 マイナスな言葉を使わない理由は、こんなところにもある。 「テレビの中継では『この選手は20打席ヒットが出ていません』『体が開いて全然ダメですね』とか、そういう言葉があってもいい。 でも球場はやっぱり、期待感をもって見に来ているわけですから、そこにネガティブな言葉はいらないんですよね。『打てなかった』と言うより『次、期待しましょう』、負けは『勝利まであと一歩でした』とか、できるだけそういう言葉にしたい。 たとえ点差がついてしまったゲームだって、その試合にはいろんなストーリーがあるじゃないですか。普段から選手たちの練習を見ていたら、後ろ向きな気持ちにはなれないですよ。あんなに一生懸命頑張っているのに、なんで結果が出ないんだろう、なんで打たれるんだろう。プロって本当にすごい世界だなって思います。 でも、どんな試合でも、相手が良かったらもうあっぱれ。長いシーズン、こういうときもありますよねと切り替えて、プラスの気持ちをもってアナウンスしています」 初めて訪れるファンにも楽しんでほしい 神宮球場は、常連ファンはもちろん、初めて訪れる観客も多いそうだ。 「年間約70試合、ホームゲームでアナウンスするので、神宮に初めて来たという方々にもわかってもらえる、楽しんでもらえるアナウンスをしたい。 勝利の時は『みんな傘持ってますか』『傘振り振り、東京音頭で盛り上がりますよ!』『選手に応援の言葉を届けていきましょう!』とかね。 私はファンと選手たちの架け橋のような役割を担っていると思うんです。なので、これからも言葉で両者をつなげて、みんなでスワローズを盛り上げていきたいですね。あまり堅苦しくなく、でも慣れ慣れしすぎず。その中間を目指しています」 (撮影/濱粼慎治、取材・文/井上華織) ・・・・・・ 【こちらも読む】『時間やお金はどうしてる?年間100試合参戦する「プロ野球の応援団」驚きの生活スタイルから懐事情まで…その「知られざる実態」』 時間やお金はどうしてる?年間100試合参戦する「プロ野球の応援団」驚きの生活スタイルから懐事情まで…その「知られざる実態」

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