深刻化する“若手医師の外科離れ”で加速する「医療崩壊」の現実 「がん手術が半年待ち」「今までは助かっていた命も助からなくなる」

 少子高齢化による歪みが急速に大きくなってきている。総務省によれば、2020年には7509万人だった生産年齢人口が、2050年には5275万人にまで減少するとの推計が出ており、様々な職種で人手不足が加速していくと見られる。特に、2023年時点で総人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)が29.1%となっている日本において、医師不足や看護師不足は深刻だ。  東京23区においては、すでに医師が集まらずに特定の診療科が診療不能に陥る事態が起きているという。2024年春、都内のある病院の腎臓内科で、医師不足で透析が提供できず、腎臓関連の手術も断らざるを得ない事態に発展。それまで通院していた透析患者はすべて他の医療機関へ移ってもらうしかなかったという。  超高齢社会が招く“医療現場の危機”とは──東京大学医学部付属病院などで勤務していた熊谷頼佳氏の著書『2030-2040年 医療の真実 下町病院長だから見える医療の末路』(中央公論新社)より一部抜粋して再構成する。【全2回中の第1回】 * * *  高齢者が増えれば、がんや心臓病、脳血管疾患などで手術が必要になる人も増える。2031年には日本人の平均年齢が50歳を超えると予測されており、今以上に中高年ばかりの国になるのだから、特に人口の多い大都市の救命救急センターや外科系の診療科の需要は増える見込みだ。  ところが、今の若い医師たちは超過勤務が多く体力的にもきつい救急医や外科医になるのを敬遠する傾向がある。外科系で志望する医師が増えているのは美容外科だけだ。そのため、若い外科医が減って現役の外科医の高齢化が進み、地方ではすでに外科を閉鎖する病院も出てきている。  地方だけではない。病院が多い東京23区内でも、緊急の外科手術ができる病院が減っているのが実情だ。  2023年11月には、東京都大田区にある当院でも、60代の入院患者が激しい腹痛を訴え、緊急手術が必要な状態になったが、手術をしてくれる病院がなかなか見つからなかった。専門的には、急激な腹痛が起こり、緊急手術など迅速な処置が必要な状態を「急性腹症」と呼ぶ。盲腸炎、腹膜炎、腸閉塞などが原因である場合が多いが、すぐに手術をして、出血しているところがあれば止血する必要がある。外科手術としては、外科医であれば誰でも経験したことがあるくらい一般的な手術で、4〜5年前までは、当院の入院や外来の患者が、急性腹症を起こしても、すぐに外科手術をしてくれる病院が見つかっていた。  受け入れ先がなかなか見つからないと聞いて驚いたし、焦った。その60 代の患者は何とか一命をとりとめたが、今後、外科医不足がさらに進めば、今までは助かっていた命も助からなくなる恐れがある。  何しろ、今後、高齢者が増えて医療需要は増える見込みなのに、外科医は減っている。医師数自体は、2002年には24万9574人だったのが、2022年には32万7444人と、10年間で1.3倍に増えているのに、外科医数はほぼ横ばいで、むしろ減少傾向にあるのだ。  横ばいならいいじゃないかと思うかもしれないが、問題は、現在の外科医は50歳以上が半数以上を占め、年々、高齢化が進んでいることだ。患者も高齢化しているので、合併疾患があって手術の難度が高くなり、手術前後の管理も大変になっている。  同じ病気の手術でも、ほかに併存疾患のある人の手術は合併症が起きやすく、非常に神経を使い時間がかかるし術前術後のケアも大変だ。とても同程度の人数では、増える高齢者の手術に対応できないと考えられる。  私も大学病院に勤務していたころは脳神経外科医として手術をたくさんこなしていた。  手術の種類や患者の病状によっては、手術が十数時間にわたり、その間は食事もできないこともある。外科医の仕事は手術だけではなく、患者や家族に病状や手術の説明をしたり、記録をつけたり、術後も合併症が起きないように管理したりどうしても長時間勤務になる。当時は、病院に泊まって救急患者の対応に当たる当直勤務をした次の日に、通常通り外来をするのも当たり前で、自分の時間や休みがないのも特に気にならなかった。  だが、私たちの世代の価値観をこれからの医療を担う若者に押しつけるわけにはいかない時代になった。2024年4月以降は「医師の働き方改革」が進み、病院の勤務医の時間外・休日労働時間に上限が設定され、大学病院からの当直医の派遣が打ち切りになった中小病院もあると聞いている。とてもじゃないけれど、外科医の人数は現状維持ではやっていけない状態になっているのだ。  しかも、現在は何とか第一線で頑張っている60〜70代の外科医の大部分は今後、次々に引退していくとみられる。眼が悪くなり手も震えるようになった高齢医師に執刀して欲しいという患者はそれほど多くないはずだ。  分野にもよるが、一人前の外科医になるには最低でも10年はかかる。外科医不足がさらに加速すれば、緊急手術にも手が回らないし、大腸がんや胃がんなどの計画的な手術でさえ、予約がなかなか取れず、半年以上待たないと手術が受けられない病院も出てくるだろう。  2030年、あるいはもっと早く、そういう状況になってもおかしくない。それどころか、英国のように、がんかどうかの診断を受けるための専門医の診察の予約が、2〜3か月待ちが当たり前になる恐れもある。そうなれば、急にがんが進行して手遅れになる人も出るのは間違いない。心臓血管外科や脳神経外科でも、緊急手術に対応できない病院が増え、いまなら助かる命が救えなくなるかもしれない。 (第2回に続く) 【プロフィール】熊谷褚佳(くまがい・よりよし)/1952年生まれ。1977年慶應義塾大学医学部卒業後、東京大学医学部脳神経外科学教室入局。東京大学の関連病院などで臨床研究に携わったのち、1992年より京浜病院院長。祖父と父親とも医師という医師家系で育つ。オリジナリティー溢れる認知症ケアの発案のほか、地域が一丸となった医療サービスの実現をめざして院外活動にも積極的に参加。認知症や地域医療に関する著書多数。

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