東京・新宿のタワーマンションの敷地内で2024年5月、当時25歳だった元ガールズバー経営者の女性・Aさんが刃物で刺され、殺害された事件。殺人などの罪に問われ起訴されていた川崎市在住・配送業の和久井学被告(52)の裁判員裁判の第2回公判が、7月7日に東京地裁で開かれた。 【写真】シャンパンタワーを前にしたAさん(25)。店でのドレス姿のほか、被告がAさんをメッタ刺しにしたタワマンのサブエントランス 初公判では、証拠映像を見た裁判員も思わず眉をしかめる、被告人の衝撃的な犯行内容などが明らかになった。一方で、被告人がAさんに1600万円もの現金を渡した経緯など、被告人サイドから語られた情状も目を引くものであった。 第2回公判では、検察官による立証が行われた。法廷に立ったのはAさんと被告人との関係を知るAさんの元夫・Bさんだった。Bさんの話からは、Aさんと被告人との歪(いびつ)な人間関係が浮かび上がった--裁判を傍聴したライターの普通氏がレポートする。【全3回の第1回】 被告人の視線の先には、Aさんの元夫・Bさんの姿 Aさんには離婚した元夫・Bさんがいた。今回、このBさんが検察側の証人として尋問を受け、Aさんと被告人の関係性などを語った。 プライバシーを配慮して、証言台と傍聴人との間についたてが設けられる。こういった場合の多くが、証人と被告人との間にもついたてが設けられるが、今回はそのような措置はとられなかった。 AさんとBさんは、同じキャバクラ店で働くキャストとボーイとして2019年ごろ知り合い、2022年に結婚した。その交際期間である2021年にAさんはガールズバーをオープンし、Bさんは店のスタッフとして働いていた。 和久井被告はオープン当初から週に1度ほどのペースで店に訪れていた。Aさんは被告人に対し、Bさんと交際中であることも伝えていたが、店での様子に特に気になる点はなかったという。 同年、AさんとBさんは一時的な喧嘩により、別居状態になるが、のちに復縁する。その時にBさんはAさんから、和久井被告が「手を繋ぎたい」「一緒にいたい」などと恋愛感情を表に出すようになってきたことを告げられたという。 シャンパンタワー1600万円の行方 同年の年末にAさんはキャバクラ店をオープンさせ、その運営にBさんも裏方として関わっていた。同店への被告人の訪問は、週に数回ほどと以前よりも多くなっていた。 そのころから、被告人は店内で大声を出す、暴れる、ビンを割るなどの行動を起こすようになった。警察からは被害届を出すことを勧められたが、表沙汰にすることで被告人を刺激してしまうことを恐れ、届けは出さなかった。同じく、AさんはBさんと復縁したことも、和久井被告に伏せ続けていた。 Bさんは、被告人が店内で暴れた回数は「数えきれないくらい」と言い、来店しない日には店やマンションで待ち伏せするようになったと話す。和久井被告からAさんに送られたLINEでは「殺してやる」といった趣旨の文言も届くようになり、Aさんは心身ともに不安定となり、少しの物音で目覚める、従業員に厳しくあたるなどするようになったという。 BさんはAさんが被告人とどう接しているか、詳細には把握していなかったという。穏便に済ませるべく、言い分を聞こうとBさんは被告人と電話したこともあった。その際に被告人は「Aとの関係を良好にしたい。ならないなら、金銭を返還して欲しい」と要望したという。 和久井被告はAさんにシャンパンタワー費用の前金として、1600万円を支払っていた。驚きの額であるが、Bさんは「発注して来ない客もいる」ことなどを挙げ、前金として支払うのが通例であるとし、また1度で使い切るものでなく、この支払い分から後に利用した額が徐々に引かれていくシステムであったと説明した。 その一方、被告人が店内でトラブルを起こすこともあるような状況だったので、残金を返金してAさんとの関係性を清算する話も出た。しかし被告人が、Aさんとの関係を続けたいという意向を示したという。 Bさんが証言するには、高額を支払う客の目的は「女性を応援したい」、「他の客への優越感に浸りたい」などがあるという。Aさんは「関西コレクション」というファッションショーに出たいとよく話していた。そのスポンサー社のシャンパンを大量に発注することで、出演に近づくという噂があり、そのためにAさんが積極的に卸しており、被告人はそれを応援していたようだ。そうして店に通ううち、被告人は先述の1600万円を使い切ったと、Bさんは主張した。 「どうぞ! Bさん、嘘つきですね」 店舗のオープン記念、年明けなど様々なタイミングで被告人はシャンパンタワーを頼んだ。2022年3月のイベントでも被告人はシャンパンタワーを頼んだが、この日、Aさんとの関係が良好にならない、Aさんが自身の席に着く時間が短いなどを理由として、大声を出し、罵声を浴びせた。そして、その日から被告人は店に来なくなった。 来店はないが、店の前や自宅前での待ち伏せは継続し、Aさんとの関係修復か金銭返還を要求された。BさんからAさんに、(和久井被告に)一定の金額を渡して折り合いをつけるのはどうかと提案したが、Aさんは「飲食をしておいて(金を)返せというのは筋が通らない」として、納得しなかった。 その後、2022年5月に被告人はストーカー規制法違反の疑いで逮捕され、釈放後に接近禁止命令を出された。1年経ち、禁止命令の更新時期が来たが、そのころには被告人の接触がなかったのと、警察に出向いての更新をAさん自身が面倒だと感じたこともあり、更新は行わなかった。その後、事件まで、Aさんと被告人との接点はほとんどなかったという。 生前のAさんの印象について、Bさんは「普段は温厚で、仕事には人一番努力する」と語った。職業柄、華やかな世界に見えるが、Aさんは倹約家であったという。将来は「25歳までに出産して、普通の家庭で生活をしたい」と願っていたという。 そして、被告人が事件を起こした時の感情について聞かれると、Bさんは言葉を選びながら慎重にこう答えた。 「ビックリして、なかなか受け入れられなかったです。ただ、今から被告人の行動を振り返すと、こういうことを起こすのは驚きではない。 (被告人に対しての気持ちは?)言葉は悪いですが……この場でできるなら同じ目にあわせたい」 「どうぞ!」━━突如法廷に、想定外の言葉が響く。これまで無言だった被告人が、自席から声を上げていた。姿勢や表情を変わらないが、怒っているのは明白だった。言葉を続ける。「●●(Bの名前)、嘘つきですね」。法廷がざわつき、和久井被告の発言は制止された。 検察官とBさんとのやり取りに、被告人は相当フラストレーションを溜めていたようだ--第2回記事では、BさんとAさんが離婚した経緯や、AさんがSNSのライブ配信で語っていた和久井被告への感情について報じる。 (第2回記事へ続く) ◆取材・文/普通(傍聴ライター)