『侍タイムスリッパー』の勢いが止まらない。 2024年8月に池袋シネマ・ロサで上映開始された本作は、インディーズであるにも関わらず口コミでみるみる広がり、この記事を書いている2024年11月1日現在は全国283館にまで拡大されている。 ストーリーは幕末の侍があるきっかけで現代の京都にタイムスリップしてしまい、時代劇の斬られ役として活躍するコメディだ。 映画を見ていてもたってもおられず、東映京都撮影所までヒロイン役の沙倉ゆうのさんと、殺陣師・関本役で自身は斬られ役歴60年の峰蘭太郎さんのインタビューをしにお邪魔してきた。 ※この記事は映画のネタバレを含みます。 二人の出会い 峰沙倉さんとは俳優としてじゃなく、何度か現場で時代劇の所作指導としてご一緒したことはありました。「こんな子がいるんだねえ」と言っていたら、「会社にポスターが貼ってあるじゃないですか」ってスタッフが。そういえば前から「可愛い子がいるなあ」と思っていたんですよ。「ああ、あの子があの!」という感じで、知ってはいたんです(笑) だから初めてだけど隔たりはなかったです。「うちの子」(同じ東映京都俳優部所属)と一緒にできるんだなあって感じです。 沙倉(今作の撮影は)東映に入って1年目だったんですけど、他の現場で先輩たちと一緒にお仕事させてもらうことも多かったので、東映剣会のメンバー方が立ち回りのシーンで斬られ役として参加してくださったときにはコミュニケーションが取りやすかったです。 峰沙倉さんは(映画の役中だけでなく)本当に助監督もやっていたから。ついつい「これ次の段取りはどうなってる?」って感じで演出部として接してしまったりね(笑)。で、彼女には迷惑をかけていたという(笑)。 最後まであきらめない監督 ——映画の冒頭に、東映太秦映画村のオープンセットで作中のドラマを撮影しているシーンがあります。そこで沙倉さんが演じる山本優子が助監督として、峰さん演じる殺陣師の関本に演技について打ち合わせをする。その様子がすごくリアリティがあったので、沙倉さんはそもそも助監督が本業なのかと思ってしまいました。 峰自分は東映剣会に所属して斬られ役をやっていましたので。(今作で峰が演じた)本物の殺陣師さんを何人も知っています。日常的にその方々の演出部さんとのやり取りを普段から見てきました。僕自身も日常的に現場で助監督さんにいろいろ質問しているし。「台詞変わりました」って言われて、「そんなん聞いてへんわ」とかね(笑)。 沙倉(今作の撮影現場では)監督の指示が(助監督の)私まで届いていないことがほぼほぼやったんです(笑)。だから峰さんに「どうなってる?」って訊かれても、「ちょっと待っていてください!」って、監督のところまでダーッと走って確認みたいな(笑)。そんなんばっかりでした。 峰夏のめちゃくちゃ暑い中でね、監督は熱心に集中して勢いだけはあって。でも何を撮りたいんか撮影所の我々には分からへん(笑)。みんなも必死で何度も立ち回りやって、「もう1回!」って。「何回もできへんわ!」って(笑)。絡んでいる剣会メンバーは大騒ぎでしたよ。僕の役は立ち回りには絡まなかったけど…僕らの若い頃の夏とは暑さが違うんですわ。 沙倉監督も私もいつもの感じで(笑)。東映京都撮影所で撮影するなんてないじゃないですか、だからすごく「想い」も出てきてしまって。 峰監督「ちょっとそこが違うんで」って言って撮り直すから「時間大丈夫なん?」って。もうね、後半まで大騒ぎでした(笑)。 沙倉東映京都撮影所が、夏のこの期間なら空いてるよっていうので使わせてもらえたんです。(撮影所が空いていたのは)コロナ禍っていうのもあったと思います。 峰この道場でも撮影をして、でも後日「撮り直します」と再撮したりで、安田監督は「諦めねえ奴やなぁ」と(笑)。もうそこそこでいいやってなることもあるじゃないですか。自分はもう長い年月(時代劇はじめドラマや映画を)やってるんですけど、僕らの若い頃は個性的な監督さんが多かった。今どきの世相とは違って、失敗すると「アホ・ボケ・カス!」と言われる時代ですからね。それで最後には「死ね!」ときます(笑)。でもその時代の監督さんって何事も簡単には諦めないんです。その頃はフィルム撮影。一発の緊張感が違う。今やったらなんでも撮影後に修正できる時代やけど。だから例えば夕方まで撮影準備したけど、監督が空を見て「あ、なんかちゃうから今日はあかんわ」で翌日になるとかね。若い頃を思い出すじゃないですけど、(安田監督は)久しぶりに諦めない監督さんだった。そこに「活動屋」を感じました。 こだわりぬく監督と共に ——安田監督は普段は農家をされていることが今作の裏話として方々で語られています。エックスでは「幼稚園の稲刈りのお手伝いです」というポストも見かけました。 峰いつの間にか、こっちも監督がお米作ってる人だってことを忘れてしまう。元から「活動屋」。ずっと「活動屋」やったんと違うんかなと感じたんです。 沙倉(三作、安田監督と作ってきて)ずっとです。監督は自分のこだわりが明確にあるんです。自分の頭の中に絶対したいっていうのがある人やから、どれだけ時間がかかっても最後までやり遂げる。それに比べて私はのんびりしているので付いて行けるのかも(笑)。 峰いい関係ですよね。沙倉ちゃんがこういう性格で魅力のある子なので、いい空気でやれるんちゃうかな? 沙倉いい空気かなぁ、撮影中はピリピリしてますよ(笑)。 峰これ言うていいんかわからへんけど、カメラ横で聞いてたら、沙倉ちゃん監督にタメ口で喋ってたよ。助監督が監督にね。でもそれでも監督は普通に会話してたから。監督も熱中してはるんやなあ(笑)。 お客さんが見ているところ 沙倉さんが安田監督と長編映画を作るのは本作で3度目。制作に対するこだわりが強い安田監督だが、特に前作『ごはん』では撮影終了後も7年以上にわたり追撮が行われ、沙倉さんはずっとその撮影に参加し続けている。クランクインから11年目だった昨年も追撮が行われた。 沙倉『侍タイムスリッパー』に関しては、これ以上の追撮はないと思うんですけど…結構あるんですよ、間違っているところが。でもおかげさまで(お客さんに愛される)みんなの映画になっているので、「もう修正できへん」って監督が言ってました(笑)。 峰どこのシーンとは言わないですけどね、日中のシーンやから「デイシーン」って言うんですけどね、監督が朝からすごく集中していて終わったのが夜。ナイトや。僕もそのシーンに出ているのに、完成した映画を見てもそのシーンだと気がつかなかった。しかも、お客さんも、僕らの仲間が見ても誰も「あれおかしいんちゃう?」っていう人がいないんです。本当は画の繋がりとかリアルじゃないといけないのかもしれないけれど、それだけじゃなくて、もっと大事なものがきっとあるんやろうな。この仕事が長いと「撮影はこうするべき」と思うけど、もっと大事なものがあって、お客さんはそこを見てはるんやろうなっていうのを改めて感じました。 ——沙倉さんはこの映画の前に二作品、安田監督とインディーズで作ってこられた。今回は東映の撮影所を使用したり、峰さんはじめメジャー作品に関わっている俳優さんやスタッフさんとチームを組んだわけで、異文化交流のみたいな部分もあったと思いますが、沙倉さん的に「これをどう収拾つけよう」ということはありましたか? 沙倉そればっかりです(笑)。監督の撮影スタイルは前から知っていたので、私からすればいつものこと。でも他の俳優さんたちはそうじゃないですし、今回はスタッフも初めての方が多かった。例えば画が繋がっているかとかはスクリプターさんがちゃんと見てくれてはるけれど、監督は今まで撮影も編集も全部一人でやってきたからそんな役回りの人がいないわけです。そうすると、俳優さんたちからは「大丈夫ですか?」「今の繋がりますか?」と、すごく心配されてしまいました。 峰最初、映画の撮影だと思ってきたらスタッフが10人もいなかった(笑)。「人数少なくない?」って(笑)。それで照明さんは撮影所のスタッフが来てくれはったのに、監督は自分でカメラのぞいて、勝手に自分で照明いじっちゃうしね(笑)。 沙倉ちょうどこの道場のシーンです。室内だから人数が最小限だったんですよ(笑)。 峰でもね、やっぱりそこまでの拘りやスタイルがなかったら、この映画はこうはなってなかったと思いますよ。みんなに「まだ撮るんですか?」って言われながらもね。途中で諦めてたら、安田さんの映画にならなかったでしょう。みんながこの台本を愛したからから。僕も最初から「なんて素敵な台本や」と思ったしね。 みんながこの映画に惚れちゃった。だからこうやって完成したんでしょうね。 クライマックスシーンの粋な構成 ——ではBlu-ray発売までに追撮をお願いされたら? 峰スケジュールが合えば(笑)。 この映画を語るうえで絶対に外せないのが最後の立ち回りだ。クライマックスであるにも関わらず盛り上げるようなBGMは一切なく、終始無音のなかに刀が擦れ合う金属の音だけが響く。コメディだと聞いて映画館にやってきて、殺陣を見て涙するとは思っていなかった。 沙倉みんなの映画への想いが強かったから、ディスカッションも多かったです。特に冨家さん(風見恭一郎役/冨家ノリマサ)と馬木也さん(高坂新左衛門 役/山口馬木也)と監督の。 峰あのクライマックスシーンは撮影に入る前に、この道場で構想するところから準備しました。何を撮りたいのか、構図や殺陣だけじゃなくて、「想い」をね。ロケ地へいく前にこの道場で、リハーサルではなくその前段階の作り込みをやった。殺陣師の清家一斗くんと僕と、監督の三人で。 彼らの夏はまだ終わらない ——クライマックスの高坂新左衛門と風見恭一郎のシーンは「間」が印象的でした。お二人とも動かない時間が長い。 峰真剣ですからね。真剣だったらどうなる? 対峙して動けないですよね。でも動かないと殺陣にならない。真剣の怖さや鋭さをどうやって表現しようかと。まず殺陣ではなく、べースになるものをこの道場で作りました。監督もガッツリ関わって作ってね。その想いがあのクライマックスの映像に出たのだと思います。完成した映画を観て「みんなの想い」が作品に出ていたと思うんですけど、僕にとってそれを一番感じたのが、この道場でクライマックスシーンを考えた時間だったかもしれない。 私が映画を見たのは10月の頭。ちょうど本作がNHKなどの各メディアで取り上げられはじめた頃だった。その日、TOHOシネマズ新宿は朝から夜まで5回ほど上映していたが、それにも関わらず前日夜の段階でアプリからの予約はどの回も残席「△」だった。 ポケットマネーと情熱で映画を作り、撮影終了後の預金残高は7000円もなかったという監督・安田淳一さん。その監督の熱に呼応するように1つになった映画のサムライたち——。彼らの夏はまだ続きそうだ。 峰 蘭太郎 1964年16歳で故・大川橋蔵に弟子入り、TV俳優デビュー。 東映京都撮影所・専属演技者となって「斬られ役」として活躍する傍ら《殺陣技術集団・東映剣会》の役員・会長を歴任。近年の出演作は映画「せかいのおきく」「多十郎殉愛記」「太秦ライムライト」他。所作指導としての参加も多い。本作では殺陣師役を好演。 沙倉ゆうの 未来映画社製作「拳銃と目玉焼」では薄幸のヒロイン、「ごはん」では主役を演じる。 米作り農家を描いた「ごはん」では2017年の公開まで4年、以降地方のホール等で公開が連続38ヵ月続く間を含め、のべ7年以上も行われた追撮に参加。その間、変わらぬ若さに皆が驚いた。本作では劇中で助監督優子役を演じつつ、実際の撮影でも助監督、制作、小道具などスタッフとしても八面六臂の活躍。 写真撮影 / 田中厚志(株式会社ズコーデザイン) 取材・執筆 / 近視のサエ子 根強い人気の「必殺シリーズ」、近年関連商品が続々発売され絶好調…「仕掛人」たちに聞いた