欲望渦巻く新宿・歌舞伎町では、日々、多様な事件が起きている。新宿に拠点を構え、これまでに3000件以上の風俗トラブルを担当してきた「グラディアトル法律事務所」の代表弁護士・若林翔氏は、「店や女性キャストと客との間のトラブルの中でも、『本番』に関するごたごたは多い」と話す。 【写真】これまで3000件以上の風俗トラブルを担当してきた「グラディアトル法律事務所」の代表弁護士・若林翔氏 日本の法律では、性風俗店における本番行為は売春防止法違反や不同意性交等罪に問われる可能性がある。それでも起きるトラブルについて、歌舞伎町のお膝元にある紀伊國屋書店新宿本店の「新書部門(6月4週)」でランキング第1位を獲得した若林氏の著書『歌舞伎町弁護士』より、一部抜粋、再構成して紹介する。【全3回の第1回】 * * * 弁護士は、相談にやって来た人の言葉に対してフラットに耳を傾けるところから始めなければならない。 「デリ嬢を呼んだんです」 依頼者は、51歳の電気工事士。千葉在住だが、デリバリーヘルスを利用したのは、出張先の沖縄だった。私は、依頼者が泊まった日付とホテルの名前を確認した。依頼者は、ルームナンバーまで覚えていた。 「仕事を終えて、皆で飲んで、帰ってきて。それから電話しました。電話して、15分ぐらいで来たと思います」 店名や店の電話番号、対応したキャストの源氏名を確認する。彼女は「ユウ」と名乗った。オフホワイトのジャージだけでなく、キャップとスニーカーまで、すべてFILA。しっとりした艶のある茶髪は肩にかかるぐらいの長さでパチンと切り揃えられ、まるでKポップのアイドルのような目鼻立ちをしていたそうだ。 「ちょっとびっくりしました。見た目20歳ぐらいで、そんなに太ってもいなくて。顔はデリヘルとは思えないぐらい可愛かった」 風営法上もその存在が認められているデリヘルは、法的には「無店舗型性風俗特殊営業」と呼ばれる。「人の住居又は人の宿泊の用に供する施設において異性の客の性的好奇心に応じてその客に接触する役務を提供する営業で、当該役務を行う者を、その客の依頼を受けて派遣することにより営むもの」と定義されており、簡単に言えば、客のいる家やホテルに「性的サービスを提供する者」を送り込むビジネスである。 「いくらでした?」 「1時間で、1万2000円です」 沖縄の相場は、そんなものか。東京だともう少し値が張る。 さて、では性的サービスとは何だろうか。 性的サービスとは、性交「以外」の手法で、相手の性的好奇心に応じて快楽を与える行為のことだ。たとえば、手や口を使うサービスは、違法な売春には当たらない。売春防止法では、「売春」について、対価を得て不特定の相手方と「性交」することだと規定されているからだ。 「あなたが上ですか?」 「はい。それで、俺が上になってやっていたら、スルってして」 「スルって、というのは」 「その、自然に中に入って」 「ふとももの隙間じゃなくて、女性器の?」 「……はい」 「入れようと思って、身体を動かしましたか?」 「してないです、本当に。普通に素股でやってたら、スルって」 「偶然のアクシデントで入ってしまった時、彼女は何か違った反応をしましたか?」 依頼者は困惑した様子に見えた。 「何にも……普通に腰も動かしていて」 「嫌がる様子は?」 「なかったです」 依頼者がしばらく腰を振っていると、いきなりユウが「やめて! 何してんの!」と騒ぎ始めたのだという。依頼者はすぐに引き抜き、謝罪した。だが、彼女は謝罪の受け入れを拒んだ。 「性交だけでも違法なのに、これじゃあ、レイプですよ」 ユウはその場で、デリバリーヘルスのマネジャーに電話をかけ、「むりやり本番をさせられた」と喚めき散らした。 「10分とか、たぶんそれぐらいだったと思います。青いジャケットを着た20代くらいの男が来て、自分がマネジャーだと」 「脅されましたか?」 「そんなことないんですけど。『性交だけでも違法なのに、これじゃあ、レイプですよ』とか。脅すというより、説教してくるような感じで不気味でした。免許証とか、スマホで撮られて。それから警察に通報されて」 やって来た刑事部の刑事は、いかにも醒めた様子だったという。 「2人組でやって来て、(ユウと)離されたんですけど。部屋から出されて廊下に立っていたので、声なんか丸聞こえじゃないですか。『むりやり襲われたのかどうか』とか、怪我について質問していました。彼女が『押さえつけられてとかじゃないけど。ショックです』とか何とか言ってて」 結局、警察官立ち合いのもとで、依頼者は木本と名乗るマネジャーと電話番号、メールアドレス、住所などを改めて交換し、示談のための話し合いの約束をさせられた。 「メールでも電話でも、こちらが連絡したら、その日のうちに必ず返信してください。なければ、すぐに訴えます」 マネジャーは、警官たちの前でそう言ったそうだ。 争点になる「性交」をしたか、性交に「同意」があったか 依頼者が私の事務所へ来たのは、以前に身内がクライアントだったからだという。風体とトラブルの内容を聞いて思い出した。酔っぱらって、怖い人のベンツにゲロを吐き、さらに喧嘩を吹っかけてしまった男性。依頼者は、そのクライアントの従兄だった。 デリヘルなどの風俗店で本番(性交)をすることは売春防止法で禁止される「売春」に該当し、店舗側が本番を黙認しているような場合には売春の斡旋周旋にあたり、逮捕・摘発されることがある。すなわち、風俗店側からすれば本番は違法で、禁止される行為なのだ。 他方、禁止された本番行為を客が強要すれば、それは「不同意性交等罪」(この当時は2023年7月の刑法改正前だったので「強制性交等罪」だった)になる。 風俗での本番トラブルでは、【1】「性交」をしたか、【2】性交に「同意」があったか、この2つが争点になることが多い。今回、依頼者は【2】「同意」があったと主張して争っている。相手と話をする前に【1】「性交」の有無についても争うかどうか確認する。 「故意ではなかったにせよ、男性器が女性器に入ってしまった。これは事実ですか? それとも、その部分の事実関係も争いますか」 依頼者は「争わない」と言ったので、私はデリヘルのマネジャーに電話をかけた。数度のやりとりを経て、マネジャーとユウは、20万円で示談に応じた。 事態が妙な方向に動き始めたのは、それから半年ほど経った頃だった。「デリヘルで、本番トラブルを起こしてしまった」という相談がきたのだが、そのデリヘルというのが、沖縄の同じ店であるだけでなく、被害者とされる女性の源氏名もまったく同じ「ユウ」だったのである。 (第2回に続く)