ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の再建や、ハリー・ポッターのアトラクション誘致を手がけたことで知られる企業といえば、マーケティング会社「刀」である。CEOの森岡毅氏が仕掛け人となって、数々のエンターテインメント施設にかかわりつづけている。そして7月25日には沖縄北部に「ジャングリア沖縄」がオープン予定だ。ところが、開業前にして不安視する声も上がっている。日本遊園地学会の会長である塩地優さんに話を聞いた。 200万人達成はほぼ不可能 ——塩地さんは、ご自身のブログでもジャングリアの問題点を指摘されています。そもそも「これはまずい」と感じたきっかけはなんでしょうか。 塩地 もともと、刀の森岡さんがメディアでおっしゃることを信じていました。そして、森岡さんが書かれたマーケティングに関する本も目に通してみることにしたのです。ここに森岡さんのノウハウが書かれているのだ。そう思ったのですが、本は具体性のない書きぶりでした。 とはいえ森岡氏は、ユニバーサルスタジオジャパンをはじめ数々のテーマパークに関わっています。一般向けの出版物ではさすがにノウハウを隠したのではないかと感じました。そうではなく、実はノウハウがないのだという確証を得たのは、'24年の3月に開業されたイマーシブフォート東京のケースを調査した時です。 イマーシブフォートの数字をつぶさに追いかけていくと、結局人は増えていない。また、プレスリリースやメディアで刀が実施したさまざまな取り組みが報じられました。そこで、表から見える範囲の打ち手はほとんどすべて目を通しました。しかし、テーマパーク経営において「基本的」と言われているようなことばかり。そうしたことを早く、いわゆるアジャイルを回しているだけで、新しいことをやっているわけではありませんでした。「(テーマパークの集客を伸ばす)ノウハウはないのだ」と確信を持ちました。 ——現状では開業1年目は来場者100万人超を予定、経済波及効果による約6500億円、7万人近い雇用が生まれると想定しています。15年後には経済波及効果が6兆8000億円になるなど大きく出ていますが、実際に実現可能なのでしょうか。 塩地 まず来場者については、難しいだろうと思います。100万人は実際のところかなり低めの見積もりです。本当のところは200万人ほどを目指していると思います。もともと、年間来場者数約360万人をほこる「美ら海水族館」の半分をまずは目指すと言っていたからです。 ただ、200万人を達成することはほぼ不可能だろうと思います。最初の一ヵ月ちょっとは100万人ペースで来場するかもしれませんが、その後はぐっと下がるはずです。なぜかというと、営業時間が短いからです。 ご存じかもしれませんが、ジャングリアの営業時間はいわゆる夏休み期間中で「10時00分から19時30分」、9月に入ると「11時00分から17時00分まで」になります。6時間しか開園できません。日帰りで、美ら海水族館とジャングリアの両方を回ることが難しいのです。そうすると、約360万人の美ら海水族館の入館者をあてにすることができません。 全国に似た施設はたくさんある ——たしかに短いですね。 塩地 このままいけば来年以降は、来場者数は50万人ペースになってもおかしくないはずです。そうなれば赤字になります。設備の魅力やキャパシティ以前に、ジャングリアには資金面に不安があります。刀、そして運営を担うジャパンエンターテインメントには資金が乏しい。ジャパンエンターテインメントが調達した700億円の事業費は投資にほぼ使い切っており、オペレーション費用はほとんど残っていないはずです。資金の枯渇は相当早い段階で訪れると思われます。そもそも刀は今季「イマーシブフォート」が原因とも言われる24億の赤字を計上しています。 対して「ジャングリア」の赤字規模は、イマーシブ・フォート東京と同じ状況に陥れば、おそらく100億円程度になるでしょう。100億の赤字が出続けた場合、刀とジャパンエンターテインメントが保有する現金を合わせても、おそらく2年ほどしか持たないはずです。 ——施設の魅力不足も指摘されています。 塩地 個人的には正直なところラインナップを見て「しょぼいな」と感じてしまいました。ただ、「テーマパーク」と言ってしまうからしょぼく見えるだけで、実際にはテーマパークではないと思います。 22ある中でテーマパークらしいアトラクションは「ダイナソーサファリ」「ファインディングダイナソー」「やんばるフレンズ」の三つくらいだと思います。 ただ、目玉の「ダイナソーサファリ」に関しては、すでに似た内容でよりクオリティの高いものがあるのです。それはユニバーサルスタジオ北京にある、ジュラシックパークをテーマにした「ジュラシック・ワールド・アドベンチャー」というアトラクションです。車型のライドに乗ってジュラシックパークの世界を追体験するようなアトラクションで、走路まで恐竜が追いかけてくるような演出があるなど、非常にリアリティが高いアトラクションです。 ジャングリアの「ダイナソーサファリ」はすでに公開されているものを見ると、そこまでではない。ただし、世界のトップクラスのアトラクションには及ばないものの、USJのジョーズくらいのレベルのアトラクションになるのではないかと思います。ですので際立った不満は出ることはないと思います。 もう一つの「やんばるフレンズ」は、シーサーのシシやクイナのジャンというキャラクターと対話をするようなアトラクション、つまりディズニーシーでいうところの「タートルトーク」です。 「ファインディングダイナソー」に関しては、おそらく子供向けのアクティビティで全年齢で楽しめるようなものではありません。そのほかのアクティビティ系のアトラクションは完全オリジナルではなく、メーカーから購入してきたものです。 機種としては、国内では確かにここでしかできないのだけれども、似た体験ができる施設なら全国にある。 では、今帰仁村という自然に囲まれた立地にできているので景観が良いのかと言うと、プレス発表で出ている内容を見る限りではあまり景観も良くない。ほかにもやんばるでは自然が楽しめる、景観の良い場所があります。 改善できそうな要素は…… ——連載やここまでのお話を聞くにジャングリアは全くいいところなしだというイメージを抱いたのですが、何か現地にポジティブな影響を与えることはあるのですか。 塩地 直接雇用に関しては実現すれば1500人ほどの雇用を生むわけですから、その分地元経済は回るはずです。うまくいくのであればネガティブな影響はほとんどないはず。 環境問題に関しては、懸念される気持ちはわかるものの、仕方のない側面もあります。そもそもゴルフ場をつぶして出来ている場所ですし、営業時間も夏季以外は17時までです。花火もしない。環境アセスメントも行われていますから、現段階でこれ以上問題として取り上げるのは困難だと思っています。 個人的にはプラス面も見てもらいたい。ただ、雇用が続くかというと怪しい。それに合わせて、投資をした人たちが悪影響を被らないか、つまりバブルがはじけたようになって開業前より景気悪化するような事態にならないか。そのシナリオを一番恐れています。 ——せめてハードランディングにならないようにと。 塩地 そうですね。ただ、地場の人たちはかなり厳しい目で見ているようですから、今帰仁村など地場ではそこまで大きな被害はでないのではないかとも感じています。実際のところ、雇用を期待して住宅が大きく増えるようなことも今のところないようです。 ——何か改善できそうな要素はあるのですか。 塩地 本当に難しい。展望台がもう少し広ければ、景色が良ければと思ったのですが、そこも上手くいっていない。打ち手がないですよね。スパももともとは壁からお湯が出たり、寝転がれるようなスペースがある計画だったようなのですが、相当予算が削られたようで、今は温水プールのようになってしまっています。 ——ここまでの話を聞くと、腕利きのマーケターのような扱いをメディアでされている刀の森岡氏がなぜこのようなビジネスに手を出したのか疑問でなりません。 塩地 失敗しても良いという保険があるのか、あるいはずっとアイデアを温めていて、それだったら絶対に成功するに違いないという思いがあったのか……。正直なところ、ただ成功すると信じ込んでいるだけなのではないかという印象も覚えています。何度か「裏があるのではないか」と思っていたのですが、それにしては計画が甘い。 当初は実はIRが裏にあるのではないかという気もしていました。ただし沖縄にはIR案件はありません。そもそもやんばるでカジノを作ることに玉城デニー知事がOKを出すはずはありません。県政転覆レベルのなにかをしなければならないはずです。しかし森岡さんにそこまでの政治的なパワーがあるとは思えません。 ——そのほか塩地さんが今後の動静で気にしているところはありますか。 塩地 このままだと「やんばるを盛り上げようとしたが失敗してしまった」と言う印象だけがのこる可能性があります。「あの森岡さんでもできなかったのであれば、ほかの人にできるわけがない」といってやんばるに投資が下りなくなるのが一番怖いと感じています。 【こちらも読む】『「まるで中国のようなパクり方だ!」TBSがブチギレ…那須の遊園地に誕生した「SASUKE」模倣アトラクション』 【こちらも読む】「まるで中国のようなパクり方だ!」TBSがブチギレ…那須の遊園地に誕生した「SASUKE」模倣アトラクション