日本とドイツが似た運命を辿ったことは「家族形態」だけで説明できるのか

遠い地域の文化がなぜ似ているのか、これは文化人類学における一つの究極的な謎である。百年以上にわたり、文化人類学者たちは諸地域の文化を記述し、それらの間に構造的なパターンを見出してきた。筆者は、よく似た文化が生まれるのは、人間が社会を作る限りにおいていつでも成り立つ、「文化を生む仕組み」があるからだと考える。本連載では、数理モデルのシミュレーションによって、人間文化に普遍的な構造を生む仕組みを探求する普遍人類学の試みを紹介する。 家族形態から政治イデオロギーは説明できるのか 歴史人口学者のエマニュエル・トッドは『世界の多様性』(2008年)のなかで、近代の政治イデオロギーを家族の在り方によって説明する衝撃的な主張をした。 彼によれば、共産主義がロシアと中国で実現したのは、両者において、三世代同居と、子どもたちの間での平等な遺産分配が見られるからである。また、二十世紀に日本と似た運命を辿った国が、西欧の中で他でもなくドイツであるのは、両者において、三世代同居と、長男による独占相続が見られるからである。 これだけ言われても何が何やらよくわからない。確かに、これらの国で家族の在り方は一致していて、近代の歴史も似ている。けれども、中国とロシアの間、あるいは日本とドイツの間には家族の在り方以外にもたくさんの共通点があるだろうし、なぜそれらを差し置いて、家族の在り方が政治イデオロギーを説明すると言えるのか? トッドによれば、中国やドイツの共産主義はこのように説明できる。三世代同居をする場合には家の中で祖父の権力が強くなる。すると子どものうちから、権力に従う価値観が養われるので権威的なイデオロギーが支持される。加えて、平等な遺産分配は平等主義の思想を植え付ける。そして、これらが組み合わさると、権威的な平等主義である共産主義が支持されるという。 結論から言うと、筆者は家族の在り方と政治イデオロギーの間に統計的な関係があることは認めるが、両者の関係についてのトッドによる説明には納得しない。祖父の権力が強い家庭で育ったからといって、その子どもが政府の権力にも従う傾向が強いとまで言い切れるのだろうか。祖父の権力に不満がたまっているので、権威主義ではなく自由主義を支持する、とはならないのはなぜなのか? トッドの説明は、家庭環境が人々の価値観を決定し、それに応じていかなる政治イデオロギーを支持するかが決まるというシナリオを描いたものだ。確かに、歴史人口学では家族形態が歴史の方向性に影響する重要な変数の一つであることが示されている。しかし、トッドの説明はそのシナリオが筋の通ったものであるか、またデータによって支持されるかという点で批判されている(例えばGutman and Voigt 2021 “Testing Todd: family types and development” Journal of Institutional Economics.)。 信頼に足る説明をするためには、家族の在り方から政治イデオロギーに至るロジックがありうるかを改めて検討しなければならない。つまり、数理モデルで家族の在り方と社会の特徴の関係を検討し、データによって検証可能な仮説を提示することが必要だ。 数理モデルの説明をする前に、本稿ではまず、家族の在り方がどのように分類され、それらがどのような地域で見られるのか、そしてこれまでに家族の在り方と社会の在り方の関係について何が知られているかを解説する。 家族の形態を分類する 人口学では、親子の関係と子どもたちの間の遺産分配の規則に注目して、家族の在り方を分類することが多い。これらによって分類される、家族の在り方の典型的なタイプは家族形態と呼ばれる(「家族構造」や「家族システム」と言われることもあるが、本連載では「家族形態」で統一する)。 表1に家族形態の分類を示した。まず分類の軸になるのは、親子の関係である。重要なのは子どもが結婚した後も親元に残るのか、それとも成人または結婚のタイミングで親元を離れて独立した世帯を持つのかである。 前者の場合には、祖父母から孫までが同じ世帯になるので、三世代が同居することになる。このような家族は拡大家族と呼ばれる。 後者の場合、孫が産まれるときには子どもは独立しているので、同居するのは二世代までである。これは核家族と呼ばれる。 そして、家族形態の分類でもう一つ重要なのは子どもたちの間の関係、すなわち遺産分配の規則である。拡大家族では祖父母が亡くなったとき、子どもたちは親の財産を引き継ぐ。核家族では、親元を離れるときと親が亡くなったときに、親の財産を引き継ぐ機会が訪れる。 そのとき、特定の相続人(多くの場合には長男)が遺産を丸ごと相続(独占)するのか、子どもたちの間で平等に分割するかは地域によって異なる。これが遺産分配の規則だ。(後者の場合について、男女ともに相続権があるのか、特定の性の子どもの間のみで分配されるのかは場合によって異なるが、ここではひとまず、独占されるかそうでないかに注目する。) 親子関係について、三世代同居するか/子どもがすぐに独立するか、子どもたちの間の関係について、遺産を独占相続するか/平等に分配するか、この二つの対立軸によって家族形態は四つに分類される。そして、その四つの家族形態はさまざまな地域に見られる。 歴史や経済において、家族形態は重要な要素だった 日本の伝統的な(つまり近代以前の)家族形態は、三世代同居して独占相続するものだ。戦国時代を扱った大河ドラマなどを思い浮かべてほしい。武将の家には、城主(すなわち館の主)である武家の当主「お館様」がいる。そして、「お館様」の息子たちは結婚後も同じ城に住み、「お館様」が亡くなると、基本的には長男が次の「お館様」になって、その権利を丸ごと引き継ぐ。 農村の家族においても、江戸時代には長男が農地を相続して、次男以下は都に働きに行くことが多かったようだ(速水ほか『歴史人口学のフロンティア』2001年)。 この家族形態は直系家族と呼ばれ、これと同じ家族形態がドイツや北欧の国でも見られたのである。 一方、中国やロシアでは、子どもたちが結婚後も親と同居しているところまでは同じだが、親が亡くなってからが異なる。これらの地域では、相続される財産や土地は子どもたちの間で平等に分配される。こうした家族形態を共同体家族と呼ぶ。共同体家族では、遺産分配により、世代を経るごとに農地が細かく分割されていくことになる。 イギリス(特にイングランド)やアメリカ(特にイギリスからの移民)では、これまでの例とは違い、子どもは結婚したら親元を離れて、独立した世帯を持つ。そして、親が亡くなったとき、遺書で相続人を指定したり、子どもたちのそれぞれが相続する割合を定めたりするらしい。このような家族形態を絶対核家族と呼ぶ。この場合、独立した世帯数が増大し、人口は流動的になる。 フランスやスペインにおいても、子どもは結婚したら親元を離れる。さらに、これらの地域では原則として子どもたちの間で平等に遺産を分配する。これを平等核家族と呼ぶ。日本でも戦後に家制度が廃止された結果、今では平等核家族が標準的である。 人口学では、これらの家族形態が社会の特徴に影響することが知られている。ここでは農家を例に考えよう。遺産分配の規則によって、農地が分割されるかが変わる。そして、子どもがいつ独立するかに応じて、社会内の世帯数が変わる。歴史人口学は、前近代において、拡大家族では自営業や家族労働などが多くみられ、核家族では賃金労働が盛んだったことを明らかにしている(齋藤『比較経済発展論』2008年)。 つまり、家族形態は農家あたりの土地面積や、賃金労働者の数に影響する。そう考えると、家族形態は歴史や経済を論じる上で重要な変数であることがわかる。 トッドの主張は何が問題で、何が足りないのか 冒頭でも少し紹介したトッドの主張はここからさらに進んで、家族形態が政治イデオロギーを決定するという大胆なものだ。 トッドによれば、三世代同居をする地域では権威主義、子どもが独立した世帯を持つ地域では自由主義が支持される。彼の言う権威主義とは規律を重んじ、個人の自由を多少制限しても共同体の秩序を優先する政治イデオロギーであり、自由主義とは個人の自由を優先するイデオロギーである。また、子どもたちの間で平等に遺産分配をする社会において平等主義が支持され、独占相続がされる社会では平等への志向が弱いという。 これらのロジックを用いて、トッドは世界各地の政治体制を次のように説明する。 共同体家族では規律と平等が重視されるので、中国やロシアで共産主義が実現した。直系家族では規律が重んじられるが平等への志向は弱い。特に近代ではこの不平等性が自国と他国の間の不平等性として意識され、自民族中心主義が生まれた(*)。 平等核家族では自由と平等が重視されるので、自由平等主義が実現された(実際、平等核家族のフランスの標語は自由、平等、博愛である)。そして、絶対核家族では、自由が重んじられるが平等への志向は弱く、イギリスやアメリカのような自由主義が実現した、という具合である。 *トッドは直系家族に関連する政治イデオロギーとして、自民族中心主義・社会民主主義・キリスト教民主主義などを挙げている。しかし、社会民主主義は移民の受け入れに寛容な点で自民族中心主義とは対比的である。また、キリスト教民主主義は保守的であるのに対し、社会民主主義はリベラルである。そのため、これらのイデオロギーを同一カテゴリーに入れることはできないのではないかという批判がある(例えば、KertzerやGreenhalghらによる『世界の多様性』の書評)。 繰り返すが、筆者はトッドによる上記の説明は、信頼に足るだけのロジックと証拠がない(少なくとも現時点では不足している)と考えている。しかし、彼が、共同体家族が多い地域と共産主義が支持される地域が重なっているというパターンを見出したことについては、一考の価値を見ている。実際、家族形態は歴史や経済を考える上で重要な変数なのだから、政治イデオロギーへの影響もあるのかもしれない。 それでは、家族形態と政治イデオロギーの対応は、偶然の一致なのか、それとも何らかの仕組みよって引き起こされたものなのか? 筆者は、家族形態だけで歴史が決まるとまでは言えないが、家族形態は所得構造の特徴を決め、それを介して政治イデオロギーに影響すると考えている。そして、家族形態→所得構造→政治イデオロギーの段階的なロジックは、普遍人類学の手法を用いれば説明が可能である。 次の記事ではまず、家族の振る舞いを数理モデルで表現して、四つの家族形態がそれぞれどのような条件のもとで生まれるのかを分析する。その後で、家族形態と社会構造の関係を説明し、政治イデオロギーへの影響について議論する。 人類が普遍的に行う「贈与」が「富と名声の格差」をうむ…その衝撃のシミュレーション

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