清潔でむだがなく、手際のよい調理作業 日本はいったい、世界のなかでどのような立ち位置を占めているのか。 世界情勢が混乱するなか、こうした問題について考える機会が増えたという人も多いかもしれません。 日本が世界に占める位置を、歴史的な視点をもって考えるうえで非常に役に立つのが、『イザベラ・バードの日本紀行』という本です。 イザベラ・バードは、1831年生まれのイギリス人。オーストラリアや朝鮮などさまざまな国を旅し、旅行作家となりました。 彼女は1878年、47歳のときに日本を訪れています。北海道をはじめ、いくつかの土地を旅しますが、その様子をあざやかにつづったのが、この『イザベラ・バードの日本紀行』なのです。 19世紀の後半、日本はどのような姿をしていたのか、それはイギリスという「文明国」「先進国」からやってきた女性の目にはどのように映ったのか、そこからは、明治日本とイギリスのどのような関係が見えるのか……本書はさまざまなことをおしえてくれます。 例えば、バードは日本の調理器具や、泊まった宿の給仕に感銘を受けています。同書より引用します(読みやすさのため、改行を編集しています)。 *** 驚嘆すべきは、少量の燃料と限られた調理器具でこれほどまでに多種多様な料理ができるという点である。 たとえば上は政府高官から下は車夫や荷物運搬の人夫まで40人の客のいる宿屋を例にとってみる。40人分の食事を調えるのはたいへんではないかもしれないが、この40人分の食事をひとりずつ別個の漆塗りの膳で供し、4枚から12枚の皿か椀に食べ物を盛らなければならないとすれば、これはたいへんにちがいない。 わたしはこのごちそうが大の苦手であるが、しかし一介の人夫でさえ、昼食をとる際には必ずきれいで清潔なその供し方に率直に感心した声をあげるし、たったひとりでとる食事の盛り付けや給仕は融通がきいて上品で、「乱雑さ」やわびしさ、不備がなにひとつない。 清潔でむだがなく、手際のよい調理作業を見物するのはとても興味深いし、ちょうど箸のように使う真鍮製の華奢な火箸で、家族の食事を煮炊きするのに、小さな炭火を何度も器用におこすようすを眺めるのはとてもおもしろい。 貧しい階級の衣服やさらには家がいかに汚くても、調理と配膳に関するかぎり、わたしはきわめて清潔なものしか目にしたことがなかった。また自室にひとりいてもったいをつけるより、台所の火のそばで一時間すごすほうをよく好んだものである。 ナポリ博物館のものを上回る日本の調理器具 調理器具はそれぞれ独特の美しさがあり、また用途に適っていて、人々は器具が清潔であり古いことを誇りにしている。宿屋の台所には横浜の骨董商の俗悪で趣のないがらくたすべてをひっくるめたほどの価値があるブロンズ製、鉄製の器具が数多くあり、とくに古くて凝った細工の鉄製やブロンズ製の湯沸かしは、デザインにおいて少なくとも奈良の正倉院のそれと同じもので、さらには形の優美さと仕上げの繊細さにおいてナポリ博物館のポンペイの部屋にある料理器具を上回る。 いまわたしの目の前には時代を経たブロンズ製の優美な形をした湯沸かしがふたつあるが、これにはニエロ細工の小さな円い浮き彫りが4つか5つ飾りについており、それぞれ菖蒲、菊、あるいは桜の花を金で象眼したものが金の環で囲んである。もちろん炭火は煙を出さず、湯沸かしは脚の三本ついた鉄の環に載せて炭の上に置き、煤がつかないようにしている。 大きな台所では小さな炉を並べて使いやすい高さに据えたもので煮炊きを行うが、これも囲炉裏と同じ節約の原理にのっとってのことである。 魚は水、醤油、それに味醂酒といういわば甘い酒で煮て、それに少量の砂糖を加える。盛り付けには堅いしきたりで定められている作法に従ってさまざまな薬味を添える。焼く場合、焼いているあいだに上から塩を振りかけるのがもっとも一般的な方法であるが、もっとぴりっとさせたい場合は魚にときおり少量の醤油と味醂酒をかける。 鳥は鶉、山鴫、雉は串に刺して焼くが、それ以外はすべてまず小さく切り、少量の塩を加えた水でゆでる。一般の人々はまた水に少量の醤油と味醂酒を加えた「鳥なべ」も好物である。 生の魚を供する方法にはふた通りある。ひとつは魚肉を小さな短冊に切り、もうひとつは非常に細い糸状に切る。鯉はまだ生きているうちに包丁を入れることが多く、一部身をそがれてもしばらく生きている。客が半身を生で食べているあいだ、背骨についている残りの半身とまだ包丁の入っていない頭は動きまわり、哀れなこの魚に水をかけて動きを速めることも多い。この料理は美味に数えられ、「鯉の活きづくり」という。 *** さらに【つづき】〈明治日本を旅したイギリス人女性が「宿屋」で「恐ろしいと感じた出来事」〉では、バードが日本の宿屋に泊まった時の、今の日本では考えられないような体験が書かれています。 【つづきを読む】明治日本を旅したイギリス人女性が「宿屋」で「恐ろしいと感じた出来事」