フランスに飛んだ「平賀源内」がケロッと江戸に!? 無茶な設定もサラリとこなす「山口崇」の魅力

 ペリー荻野が出会った時代劇の100人。第33回は今年4月に亡くなった山口崇(1936〜2025)だ。  *** 【写真を見る】「NHKがここまでやるか!」 平賀源内を演じる山口崇さん  4月に世を去った俳優・山口崇は、知的でスマート、ユーモアのセンスもあって、語りがとても楽しい人だった。  時代劇の代表作といえば、NHKの伝説的ドラマ「天下御免」(1971〜72年)だ。  第1話「こんぴら船々」で主人公の平賀源内(山口)は、部屋でゴロゴロと寝転がって登場。頭の上には広げた本が読める仕掛があり、紐を引っ張れば急須が降りてきて寝たまま水分補給ができる。変わり者なのは一目瞭然だが、飢饉のため農民たちが集団で父(ハナ肇)が守る藩の蔵に押しかけると知るや現場へと猛ダッシュ。農民たちに蔵が空っぽなことを見せた上で、栗や海藻など食べられるものがある場所を教えて騒動を収めた。その頭脳を見込まれて、藩主から命じられたのが砂糖づくり。サトウキビの搾り機を発明して成功させた源内は、「とうとう抜け出してやったぞ!」と長崎へと旅立つ。 山口崇さん(オフィス天童HPより)  このドラマで源内は、小野右京之介(林隆三)らと現代の銀座を闊歩したり、公害や受験戦争など世相を反映した問題に直面。ゴミ問題の回には当時の美濃部亮吉・東京都知事も出演して話題となった。時代劇の形を借りた風刺ドラマ、“ニュー時代劇”などと呼ばれた。 「とにかく早坂暁さんの台本が面白かった。NHKがここまでやるんだ、次は何が出てくるんだろうと、わくわくしましたよ。再放送の希望がすごく多いと聞いていますが、当時の映像は局にも保存されていなくて、僕が個人的に録画していたものを局に提供したんです」  70年代から80年代にかけて、他にも多彩な時代劇に出演している。 将軍からくせ者まで  1970年に「柳生十兵衛」(フジテレビ)に主演した際は、剣豪の十兵衛にふさわしい立ち回りをしごかれ、しばしば傷を負い、向う脛を傷めて歩くことにも苦労したという。  加藤剛の主演で1970年から400回以上放送された長寿シリーズ「大岡越前」(TBS)には、八代将軍・徳川吉宗役で出演。しばしば城を抜け出す上様は、長屋で焼き立ての秋刀魚の味に感動したり、食い逃げだと間違われたり、こっそり見物に行った祭りで命を狙われたり……。事件に巻き込まれるため、南町奉行の越前(加藤)と配下の同心たちは江戸の町を走り回ることになる。しかし、越前に窘(たしな)められても吉宗は懲りることがなく「忍びはやめられぬ」などと元気がいいのである。  加藤とはNHKの大河ドラマ「風と雲と虹と」(1976年)でも共演した。山口が演じたのは主人公・平将門(加藤)のライバル的存在で幼なじみの平貞盛で、将門の思い人である貴子(吉永小百合)を奪い取るというクセの強い人物だ。  クセ者役としてはもう一作、1975年の「影同心」(TBS/毎日放送制作)がある。調子のいいゴマすり右近こと更科右近(山口崇)、「オラぁ、そこらのなまくら役人とはわけが違うぜ!」と啖呵を切る酒好きの暴れん坊・高木勘平(渡瀬恒彦)、定年間近で「おとうさん」と呼ばれる生き字引的な存在ながら実は若い愛人・お佐和(范文雀)もいる柳田茂左衛門(金子信雄)。南町奉行所の3人のダメ同心が、実は奉行所でも解決できない悪を密かに抹殺する「影同心」だった。山口は気弱なぺーぺー同心で、女ものの櫛を使った殺し技を持ち、吉宗とはまったく違う表情を見せた。 兵庫生まれなのに江戸言葉  私が個人的に山口の当たり役だと思っているのは、もうひとつの同心役、「御宿かわせみ」(NHK)の畝源三郎だ。原作は平岩弓枝の小説で、1980年に第1シリーズ、82年に第2シリーズが放送された。  主人公は大川端の小さな旅籠「かわせみ」の女主人・庄司るい(真野響子)。彼女と町奉行所の与力の弟・神林東吾(小野寺昭)の身分違いの恋模様と、江戸で起きる事件の謎解きが描かれる。第1話「水郷から来た女」は、9人もの人が惨殺されるというハードな事件。その裏に猫を抱いた女による子どもの誘拐事件があると睨んだ東吾と親友の源三郎は、恐ろしい相手に立ち向かうことになる。  堅物の源三郎は色恋がらみの事件には弱いが、凶賊相手には強い。頼りになる男だ。演じるにあたっては、特に江戸の言葉に注意をしたという。 「向島に『小梅』という地名があって、僕が普通に『こうめ』と言ったら、脚本の大西信行先生から『こうめじゃない、こんめだ!』と後で叱られました。共演の江戸家猫八っつぁんは江戸っ子中の江戸っ子だし、花沢徳衛さん(宿の番頭)も江戸の言葉がすごく達者な方。ところが、僕は兵庫の出身で、岡っ引き役の大村崑さんは関西弁、小野寺さんは北海道、東吾の兄役の田村高廣さんは京都出身。そういう人たちが江戸前の言葉を話していたのは、今考えると面白いですよね」 平賀源内を再演  俳優業のかたわら1978年から「クイズタイムショック」(テレビ朝日)の司会を86年の最終回まで続け、長唄三味線の名取となり、三谷幸喜が脚本の「古畑任三郎」(フジテレビ)や映画「記憶にございません!」に出演するなど、時代劇だけでなく幅広い仕事を楽しんで続けてきたように見える。  早坂暁は1990年に「天下御免」の後日談ともいえるドラマ「びいどろで候〜長崎屋夢日記」(NHK)を書いた。長崎・出島から将軍謁見のために江戸を訪れるオランダ人の常宿・長崎屋を舞台に、女将かおる(八千草薫)と娘お蘭(原田知世)らが、遠山の金さんやナポレオンらとともに騒動を繰り広げる。長崎屋の屋根裏には30年前に獄死したはずの平賀源内(山口)が! 「あれは早坂暁先生が『お前じゃなきゃダメだ』って、たぶんリップサービスでおっしゃったので、どうやろうかと先生に相談すると、『とにかく老けりゃいい』。ならば『どうせ実際に老けたから、そのままでいきます』って言ったら、結局、メーキャップなしで出ることになったんですよ(笑)」 「天下御免」の最終回で源内は、気球に乗ってでフランスへと旅立っていったはず。それがケロッと江戸に戻っていたなんて。こんな設定をサラリとできるのが、俳優・山口崇の一番の魅力だったと改めて思う。 ペリー荻野(ぺりー・おぎの) 1962年生まれ。コラムニスト。時代劇研究家として知られ、時代劇主題歌オムニバスCD「ちょんまげ天国」をプロデュースし、「チョンマゲ愛好女子部」部長を務める。著書に「ちょんまげだけが人生さ」(NHK出版)、共著に「このマゲがスゴい!! マゲ女的時代劇ベスト100」(講談社)、「テレビの荒野を歩いた人たち」(新潮社)など多数。 デイリー新潮編集部

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