520ページの国語便覧が1045円って安すぎない…?異例のブームを生み出した広島の出版社が明かす「知られざる儲けの仕組み」

高校国語の副教材である第一学習社の『カラー版 新国語便覧』が売れまくっている。B5判の520ページで、価格は税込1045円。今年3月、自社のオンラインショップでこの国語便覧の取り扱いを始めたところ、すぐに完売してしまったという。その後も再販のたびに完売。国語便覧が異例のブームになっている。 本稿では、第一学習社の国語便覧の魅力とそのビジネスモデルに迫る。 前編記事〈《異例の国語便覧ブーム》の裏には広島の出版社の「2度の決断」があった…8回連続完売を達成したキーマンたちが語る「全内幕」〉より続く。 国語便覧は単なる副教材ではない そもそも国語便覧そのものに魅力がなければ、今回のようなブームは巻き起こらなかっただろう。 いうなれば、国語便覧は単なる国語の副教材を超えた「日本の文化・文学・歴史・表現を網羅した教養書」だ。国語を核としながらもカバーする範囲は幅広く、情報量もかなり多い。真偽不明の情報が断片的に流れてくる現代において、正確な情報を体系的に学べるコンテンツの価値は高い。大人になって学び直しを考え始めた層にはうってつけの1冊だろう。 それでいて、視覚的な工夫がなされている点も大きな特徴だ。どのページにも図版が充実しているので、眺めているだけでも十分楽しめる。授業そっちのけで国語便覧をめくっていた懐かしい高校時代を思い出して、改めて購入した層も少なくないはずだ。 ただ、あくまで国語便覧は高校の国語の授業で使われることを想定している。現役の高校生に興味を持ってもらうためのアップデートも欠かせない。『カラー版 新国語便覧』の編集を担っている編集部国語課の梅原誠さんが語る。 「学校の先生からは『国語便覧を開くきっかけが欲しい』とよく言われます。国語便覧を熱心に読んでくれる生徒さんがいる一方、ほとんど開かずに高校生活を終える生徒さんもなかにはいるそうなんです。 私たちとしてもそういう子たちを少しでも減らしたい。そこで2021年版の国語便覧からは各章の導入に読者の興味を惹きそうな特集ページを組む方針に変えました」 第一学習社の国語便覧の魅力 前編で述べた通り、『文豪とアルケミスト』や『文豪ストレイドッグス』などに触れている点が面白いとXで紹介され、『カラー版 新国語便覧』は話題になった。 まさにこうしたコンテンツに触れているのが、「現代文の学習」の章の冒頭に組まれている「文学とメディアミックス」という特集ページだ。ここでは文学がベースとなった映画や漫画、アニメなどの例が挙げられていて、メイン読者である高校生が親しみやすい内容になっている。 ほかにも「漢文の学習」の章に設けられた「中国文学の日本文学への影響」という特集ページのなかでは、『三国志』が漫画やアニメ、ゲームの題材となっていることに触れられている。 梅原さんは、「文学の大きな流れがわかりやすくまとめられているのも当社の国語便覧の魅力のひとつ」と語る。 「たとえば学校の先生から評判が良いのは、『源氏物語』年表です。このページでは巻ごとの主要な出来事と主要人物、そして源氏の年齢をまとめています。特に2024年は大河ドラマで作者の紫式部を主人公にした『光る君へ』が放送されていたので、平安時代の貴族の生活や文化を豊富な図版とともに説明したページも評価いただくことが多かったですね」 さらに梅原さんは「ビジュアル索引」も強く推す。 「こちらは時代やジャンル、人物の観点から文学史をマッピングした編集部の力作です。こうした歴史の流れや文学、作家の関係性は図にすると非常にわかりやすい。苦労して作った甲斐あって、現場の先生からは『こういうのが欲しかった』と喜んでもらえています」 ここまで挙げてきた工夫は、どれも大人の読者が学習する上でも役立つものばかりだ。ちなみに、事業推進部部長の神尾智彦さんのお気に入りは、地図付きで京都の主な寺院の説明をしている「京都 歴史散歩」のページだという。 「もともと私、地理の教科書の編集をしていたんです。だから地図があるとついつい……(笑)。このページでは各寺院の位置と簡単な歴史を一緒に知れるので便利です。国語便覧を眺めながら京都旅行を計画するのも楽しいものですよ」 どうやって利益を出している…? だが、話を聞いていて、ひとつ大きな疑問が湧いてくる。 520ページにも及ぶ圧倒的な情報量に対して、税込1045円という価格は明らかに安い。一体どのように利益を出しているのか。そう問うと、神尾さんが苦笑しつつも答えてくれた。 「国語便覧などの学校採用書籍は学校単位で購入を検討してもらえるため、毎年一定の部数を印刷、製本できます。一般書籍と異なって部数の見通しが立てやすく、1冊あたりの製造コストをギリギリまで抑えられる。ただし、生徒さんや保護者の負担を考えると安価に設定せざるを得ず、決して利益率が高いというわけではありません。 つまり、制約があるなかで良いものを制作・提供し、結果多くの学校で採択いただくことで初めて利益が生まれているんです。薄利多売のビジネスのため、毎年、薄氷を踏む思いで作っています。『教育を通じて子供たちの未来に貢献したい』という矜持がなければやっていけない世界です」 今回の国語便覧ブームによって、第一学習社に莫大な利益がもたらされたわけではないようだ。良質な書籍が良心的な価格で購入できる。このことに対して、私たちはもっと感謝しなければならないのかもしれない。 購入はお早めに Xで盛り上がったことをきっかけに、一躍話題の書となった第一学習社の国語便覧。公式Xアカウントの運用やオンラインショップでの販売を任されていたデジタルメディア部の玉川翔太郎さんは、この成功をどのように分析しているのだろうか。 「緻密なマーケティングというより、コミュニケーションの成果だと思っています。今回、当社の国語便覧が突然話題になり、予想以上の反響がありました。国語便覧を購入したいという方が殺到するなか、どうすればできるだけ多くの方に届けられるか。Xでの投稿や販売体制の構築も含め、真摯に考え続けたからこそ、全国的なブームにつながっていったんじゃないでしょうか」 ただ今後について、梅原さんは「プレッシャーを感じている」という。 「これまで主に教育現場に向き合って国語便覧を作ってきましたが、今回注目されたことで一般の方の期待値も高まっているかと思います。かといって一般ウケを狙いすぎると、今度は教育の観点でそぐわない書籍になりかねません。今後大きな改訂を行う際は、今まで以上にこのバランスに頭を悩ませることになりそうです……(笑)」 現在、第一学習社の国語便覧は「学参ドットコム」、もしくは書店の取り寄せ注文で手に入る。神尾さんいわく、「かなりの増刷をかけたのですぐになくなる心配はないが、仮に在庫がなくなったらしばらく手に入らないかもしれない」とのこと。 興味のある人は早めに購入しておいたほうがよさそうだ。 ---- 【さらに読む】〈“全国民”がラーメン屋、食堂で見たことのある《緑のピッチャー》やっぱりとんでもなく売れていた…!象印マホービンが初めて明かす「販売個数」と「驚きのウラ話」〉もあわせてお読みください。 【さらに読む】“全国民”がラーメン屋、食堂で見たことのある《緑のピッチャー》やっぱりとんでもなく売れていた…!象印マホービンが初めて明かす「販売個数」と「驚きのウラ話」

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