早くも酷暑に悩まされる日々がやってきた。夏になると気をつけたいのが食中毒のリスクだ。その中でもいま最も注目を集めているのが「カンピロバクター」だろう。 つい先日も、神戸市の有名ラーメン店で「鶏チャーシュー」による食中毒事故が発生。SNSに投稿された同店のラーメン画像では、断面がピンク色の「レア鶏肉」が、スープの上に盛り付けられていた。症状を訴える人は50人以上にものぼり、神戸市は6月7日、店に対して3日間の営業停止を命じたと発表した。 23日には、浜松市の焼き鳥店で提供された鶏ささみや焼き鳥を食べた男性6人が下痢や発熱などの症状を訴え、同様にカンピロバクター食中毒と診断されている。全国各地で事故が相次いでいる状況だ。 鶏肉に含まれていることが多い細菌「カンピロバクター」に感染すると、激しい下痢や発熱のほか、ギラン・バレー症候群という手足の麻痺や歩行困難など重い疾患につながるケースもあり、最悪の場合は死に至る。にもかかわらず、規制が進まない理由は果たして何なのか。 前編記事『「映えるから」が命取り、レア鶏チャーシューで食中毒…それでも“鶏肉の生食”が「規制されないワケ」』より続く。 本場・鹿児島での独自の安全対策 もう1つ注目すべきは、規制がなくても比較的安全な鶏肉の生食を実現できる可能性があるということだ。 鳥刺し文化の本場である、鹿児島県や宮崎県での取り組みを紹介しよう。この両県では伝統的に鶏肉の生食が盛んに行われてきた。それゆえ、両県は独自に衛生面での対策を進め、鹿児島県では2000年、宮崎県でも2007年から生食用鶏肉についての衛生基準が設けられている。 たとえば、鹿児島県の衛生基準では以下のことが求められている。 ・生食用に出荷する個体については、表面を焼いて殺菌する「焼烙(しょうらく)殺菌」を行う ・鳥刺しを処理する際には、専用のまな板や包丁などを用いる ・パッケージには「生食用であること」や、処理・加工を行った施設名を表示する ・レバーや砂肝などの内臓は、生食用として販売しない 「鳥刺し用」肉の安全性は高い こうした対策はどれほどの効果があるのか。鹿児島県内で販売されている鶏肉のカンピロバクター汚染状況を調べた研究結果から、この点を探ってみよう。 この研究では、鳥刺し用と加熱用で、鶏肉に含まれるカンピロバクターの菌数がどれだけ異なるかを調査した。その結果によると、カンピロバクターの菌数が極めて少ない「陰性」の割合は、加熱用で30%だったのに対して、鳥刺し用では77%と、2倍以上にも上ったという。 もっとも、鳥刺し用でもカンピロバクターを多く含むケースは確認されており、鹿児島においても鳥刺しが必ずしも安全というわけではない。だが、県独自の対策によって、鳥刺しによる食中毒のリスクが低くなっていることは明らかだろう。 ところが、全国的にはこうした衛生基準がないままに、危うい「鳥刺し」や「レア鶏肉」が広がってしまっているのが現状だ。 EUはフグ禁止…どこまでリスクを受容できるか 鹿児島のような対策が功を奏している一方で、今後、牛レバーのように鶏肉の生食が規制される可能性もゼロではない。 「この食材を食べてはいけない」という規制は、純粋な科学的根拠によって決まるわけではない。その証拠に、ある国では広く食べられているのに、違う国では安全面の観点から食べることが禁止されている食材は多くある。たとえば、日本の食文化においてフグは重要な食材だが、EUでは有毒なフグの販売・提供は禁止されている。 「どの食材を食べるか」という問題は、国ごと、あるいは地域ごとの食文化と密接に関係している。したがって、食にかかわる規制は「そのリスクを社会的・文化的に受容できるかどうか」で決まると言っていい。 その点、鶏肉の生食に関するリスクは、今のところ多くの人にとって受容可能なものとみなされているように感じる。 だが、そうした状況も変わるかもしれない。筆者が注目しているのは、SNS上での自己責任論の限界だ。 先日の神戸での事件をめぐっては、SNS上で「食べる側の自己責任」を指摘する声が少なからずあった。しかし、今回の事件の被害者のなかには、色覚障害のため色で加熱の状態を判断できなかったケースがあったとも報道されている。 そうした場合、自分の注意では食中毒を避けることが難しく、リスクを確実に回避しようとするならば、規制に頼らざるを得ない。 では、「生牡蠣」はどうなる? 一方で、規制を作るとしても、難しい問題がある。それは、「生の鶏肉と同じくらいリスクがある食材はどうなるのか?」という点だ。 特に注目すべきは、ノロウィルス食中毒の原因となる生牡蠣だ。先にも引用した鹿児島県での調査では、カンピロバクターについて陽性を示す鳥刺しの割合は23%だったが、市販されている生牡蠣のノロウィルス陽性割合は最大で70%以上にも達すると報告されている。 もっとも、生牡蠣の場合は季節やシーズンによって状況が大きく変わるため、一概に生の鶏肉とは比較できない。だが、仮に生の鶏肉の販売・提供を禁止した一方で、生牡蠣はこれまで通りとなると、ダブルスタンダードとなってしまう感も否めない。 このように、法律などによって食を規制しようとすると問題は複雑になる。できるかぎり規制に頼らず安全な食を守り続けられるよう、消費者を含め、社会全体で正しい知識を持つことが必要だ。 だが現状は、「新鮮なら大丈夫」をはじめ、誤った知識が作り手側にも食べ手側にも広まってしまっている。例は少ないとはいえ、もし重症化すれば、食中毒によって生活が一変するリスクもある。 たった一切れの鶏チャーシューによって、不釣り合いな代償を負うことがないように、正しい知識を持って食と向き合うべきだろう。 ・・・・・・ 【もっと読む】『抗生物質にまみれ…日本のニワトリが辿る「悲劇」をご存知ですか?』 【もっと読む】抗生物質にまみれ…日本のニワトリが辿る「悲劇」をご存知ですか?