イスラエルがイランの核施設を攻撃し、アメリカもこれに加わるという衝撃的な展開から、中東情勢は新たな局面に入っています。トランプ大統領の掲げる「世界の警察官をやめる」という方針と今回の軍事行動は矛盾していないのかなど笹川平和財団上席フェローの渡部恒雄氏に聞きました。(聞き手:川戸恵子 収録:6月25日) 【写真を見る】アメリカがイラン核施設攻撃に踏み切った背景ートランプ“劇薬”外交は中東に安定をもたらすのか?解説【国会トークフロントライン】 アメリカは「世界秩序の守護者」から離脱へ -トランプの目指す新たな国際関与 ——アメリカのイランの核施設への攻撃に驚きましたが、どういった経緯があったと考えられますか? 笹川平和財団上席フェロー 渡部恒雄氏: トランプ大統領、それからトランプ政権のトランプ側近の人たちはアメリカの国際秩序における関わり方を変えようと思ってるんですよね。 ——どういうことですか? 笹川平和財団 渡部 上席フェロー: 第二次世界大戦後、アメリカっていうのは一強で「世界の秩序を守る」ということをずっと旗印にしてやってきたんですけども、その間アメリカの力は相対的に軍事力、あるいは経済力が落ちてきている。アメリカの国内にいろいろ矛盾があって特に貧富の差が拡大し、労働者層が非常に苦しい状況にあるので、もう「世界の秩序を守る側」はやめましょうと。世界はみんな豊かになってきたから、その豊かになった国が支えればいいじゃない。アメリカは全く引くわけじゃないけど、もっと他の国がそのルールを守るとかそういうことやった方がいいよっていう方向に来ているんだと思います。 それはトランプ氏というよりはトランプ氏を支持している人たちがそう思っていて、トランプという人が劇薬なのはみんな知ってるわけですけども、劇薬を使わないとアメリカは簡単にはその「世界の秩序を守る」役割から抜けられないので。 イスラエルとアメリカの思惑の交錯 ——そもそもイスラエルがイランを攻撃したっていうのが今回の騒動のスタートですが、やはりイランの核の脅威を取り除きたいという思いがあるんでしょうか? 笹川平和財団 渡部 上席フェロー: あると思います。特にイスラエルは今、イランが支援をしてきた傀儡勢力をどんどん潰しています。ガザに対しての攻撃でハマスも弱体化。それからレバノンのヒズボラという武装組織も弱い。シリアは実はロシアも支援していたんですけど、ロシアは今ウクライナ戦争で結構手が回らないところもあって、実際にはアサド政権も崩壊した。 つまり、イランはイスラエルを抑えるためのそういう傀儡勢力が全部弱っちゃったり、なくなったりしている。ということは今、イランがら空きなんです。イスラエルからすると今こそチャンスなんですね。 言われていることは二つあって、一つは『核施設を徹底的になくすこと』もう一つは『レジームチェンジ』。つまり今のハメネイ師の体制を変えると、この二つ、下手すると両方を狙ってるというふうにも言われてます。 ——イスラエルに加勢しアメリカがイランの核施設を攻撃したことは「世界の秩序を守ること」に矛盾していませんか。 笹川平和財団 渡部 上席フェロー: 先ほど申し上げた通り、トランプ政権の支持者が考えていることとトランプ氏が考えてることはちょっと違っています。トランプ氏はやはり良くも悪くもテレビのリアリティ番組の司会者として成功してきた人であって、彼自身はやっぱり常にメディアの注目の的でいたいわけです。そういう意味で今回もおそらく最初はイランに対して核施設を放棄するということを交渉しろと。交渉してるんだからギブアップしろ。ということをやって、その上でトランプ流はやっぱり本当に強い拳で妥協しないんだったら、あのバンカーバスターがきて俺たちが壊しちゃうぞと。こういう圧力をかけたわけですね。 これもそもそもの経緯から言うと、オバマ政権の時にイランとアメリカも含む他の主要国がJCPOAと言って、イランの核を原子力爆弾にしないレベルで査察を入れるということの合意をしたんですね。ところが、一方的にそれをトランプ1期政権が離脱してしまったわけで、それでますますイランという国が核兵器を作る方向に進んできたわけです。 だから本当はトランプ大統領に責任があるので、ここは止めたいという気持ちもあるんでしょう。でも一番大きかったのは、イスラエルのネタニヤフ首相がトランプ氏にとにかくやってくれって頼んできていたことです。 一方で、アメリカのトランプ政権を支持している、特にトランプ氏を熱狂的に支持する“MAGA”(Make America Great Again「アメリカ合衆国を再び偉大な国にする」)と言われる人たちはとにかくアメリカの軍事的関与が嫌いです。今回もイスラエルに付き合って過剰に無駄なエネルギーを使って欲しくないって気持ちがあって、トランプ氏に対して反対意見を述べてたんですね。 ——それがなぜ、核施設限定とはいえ攻撃を許したトランプ氏が今も支持されているんでしょうか。 笹川平和財団 渡部 上席フェロー: まずトランプ氏の計算としては、陸上兵力さえ送らなければ、逃げられないことはないので、空爆ぐらいは付き合うよと。その代わりネタニヤフには俺の言うことも聞けよと。そういう気持ちはあると思いますし、今すごくトランプ氏が望んでるのは、これでイランとイスラエルが停戦を長く続けてくれれば、「ほら見たことか」と。「俺が力を見せつけたんだ」と。「それによって平和になったろ」と。トランプ氏は“力による平和”ってことごとく使うんですよね。つまり自分の力でイランとイスラエルの和平最終的にはこれをやったということを演出したいっていう気持ちがすごく強いんですね。 ——トランプ氏はSNSで停戦合意がなったといいましたが、イスラエルはそれで収まるんでしょうか。 笹川平和財団 渡部 上席フェロー: イスラエルもそうですけど収まらないのはイランじゃないですかね。だって一方的に攻撃されましたよね。イランは確かに核兵器を作ろうとしているのは明らかにしてるんですが、まだ核兵器グレードまでウランの濃縮っていうのがあって、ギリギリ寸止めやってたわけですね。交渉中だったわけですね、アメリカと。なのに突然、イスラエルが攻撃してんのはともかくとしてアメリカまで一緒に攻撃したらアメリカも元々敵って言ってるんだけども、より深刻ですよね。ですから今アメリカは、アメリカ人をターゲットにしたテロをものすごく警戒してますね。 でも、そもそも9.11テロ(アメリカ同時多発テロ事件)っていうのは、実はアメリカがイスラエルに非常に支援をしていて、中東の中でアメリカに対する不満があって、それがあったからこそ9.11テロ、そしてアフガニスタン侵攻、イラク戦争が続くわけです。元に戻っちゃうわけですよ。 ——同じことがまた繰り返される恐れは十分ありますか? 笹川平和財団 渡部 上席フェロー: 十分あると思います。ただし、トランプ氏の発想はもっと短いので、長期的にはアメリカ国民を平和にしたいなんて絶対思ってませんから。アメリカを豊かにしたいと言うけども彼の発想は短いんでもっと自分の任期中に支持率を下げずに、ちゃんと全うして且つ自分が平和を作ったということで、できればノーベル平和賞ぐらいもらいたいなと言ってますね。