村上春樹、山下達郎が絶賛「神格化された名アルバム」を「ゼロから楽しむ」攻略法【追悼ブライアン・ウィルソン】

スージー鈴木の『Now And Then』第12回 「過剰な神格化」を望んだのか ザ・ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンが6月11日に亡くなった。享年82。そこでにわかにクローズアップされているのが、ビーチ・ボーイズの名盤『ペット・サウンズ』(66年)である。 村上春樹がこう評したアルバムだ(ジム・フジーリ『ペット・サウンズ』-新潮社-「訳者あとがき」)。 ——「世の中には二種類の人間がいる。『ペット・サウンズ』を好きな人と好きじゃない人だ」 また山下達郎は、CD『ペット・サウンズ』に寄せた読みごたえたっぷりのライナーノーツ(以降「達郎解説」)の中でこう書いている。 ——「ペット・サウンズ」のような響きを持ったアルバムは、あらゆる意味でたったこれー枚きりであり、このような響きは今後も決して現われることはない。それ故にこのアルバムは異端であり、故に悲しい程美しい。 まぁ……大変な名盤だということだ。 ただ正直、名盤名盤と言われるほど、神格化されればされるほど、気軽に聴けなくなってしまうじゃないかと思ってしまう。そんな過剰な神格化は果たして、ブライアン・ウィルソンの望むところだったのか——。 というわけで今回は、「『ペット・サウンズ』攻略法」と題して、『ペット・サウンズ』ビギナー(のロックファン)を想定しつつ、今からでも間に合う、このアルバムの「分かりやすい楽しみ方」をお知らせしたいと思う。 なお、そういう内容なので、いわゆるビーチ・ボーイズ・フリークや『ペット・サウンズ』マニアの方々には、向いていない内容になることを、あらかじめご了解いただきたい。 マニアには怒られる?アルバムの楽しみ方 まずは前提である。ちょっと面倒くさいのだが、いきなり聴くような危険な真似はせず、以下の前提を遵守していただきたい。 (1)ステレオバージョンで聴くこと これ、いきなりマニアの方々に怒られそうだな。 『ペット・サウンズ』は元々モノラルだった。達郎解説によれば「ブライアンの聴覚障害も一因」となったとのこと。 ただ、このご時世、モノラルで聴くのなんてストレスだろう。しょせんは音楽、無理なことはしないほうがいい。CDとしても市販され、かつサブスクにも乗っている、とっつきやすいステレオバージョンで聴くことを、強くお勧めする。 (2)曲を絞って聴くこと アタマから全曲通して聴くのが本道なのだろうが、このアルバムは、後述するように制作のきっかけとなったビートルズ『ラバー・ソウル』(65年)や、逆に『ペット・サウンズ』の影響を受けて作られたビートルズ『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブバンド』(67年)よりも、正直、曲ごとの出来不出来の差が激しいと、私は思っている。 そこで後述する「おすすめ4曲」をまず聴き、その後、気分が乗ったら他の曲も聴くという「2段階スライド方式」をご提案したい。 (3)「曲の中盤から盛り上がるコーラス」に注目すること 演奏にはビーチ・ボーイズのメンバーが参加していないのは有名な事実だが、その分、ボーカルやコーラスを異常に丁寧、かつ複雑に重ねられていることこそが、このアルバム最大の魅力だと考える。 特に、曲の中盤から、変態的(ほめ言葉)に盛り上がる多重コーラスは、このアルバムを20世紀アートの水準へと引き上げる。 というわけで後述する、私の「おすすめ4曲」は、すべて曲の中盤からコーラスが、大いに盛り上がるものばかりに絞ってみた。 『ボヘミアン・ラプソディ』をまず聴く…? より詳細な聴き方をご説明する。まずは、ビーチ・ボーイズとは直接何の関係もないクイーン『オペラ座の夜』(75年)から入るのだ。 とはいえ、聴くべきは2曲でいいだろう。『預言者の唄』(The Prophet's Song)と、日本でもっとも有名な洋楽の1つである『ボヘミアン・ラプソディ』。 つまり『ペット・サウンズ』をこのような設定の上で聴くのである——「私たち日本人が大好きな、クイーンの分厚いコーラスを、9年前、アメリカ西海岸の天才が手掛けたならば」 次に『ペット・サウンズ』に強く影響を与えたビートルズ『ラバー・ソウル』を聴く。達郎解説にはこうある。 ——ブライアンはこの「ラバー・ソウル」への対抗意識から「ペット・サウンズ」の制作を思い立ったと言われている。 『ラバー・ソウル』の中でも、特にコーラスが立っている『ひとりぼっちのあいつ』(Nowhere Man)、『恋をするなら』(If I Needed Someone)を聴きながら、約60年前、同じくこれらの曲を聴いたときのブライアン・ウィルソンの気持ちになってみる。 「やいイギリス人、俺様もやってやんよ」。 そう『ペット・サウンズ』は、アメリカ西海岸で制作されたにもかかわらず、実にブリティッシュなアルバムで、そのため、達郎解説によれば「『ペット・サウンズ』はアメリカよりもイギリスではるかに熱狂的な評価を受けた」らしい。 つまり今回の『ペット・サウンズ』攻略法の要諦は、ビートルズとクイーンという、ブリティッシュ・ラインのど真ん中に『ペット・サウンズ』を置くということなのである。 アルバムから厳選「おすすめ4曲」 以上長くなったが、これで準備万端だ。あとは『ペット・サウンズ』の中で「曲の中盤から盛り上がるコーラス」のある「おすすめ4曲」を、虚心坦懐に楽しめばいい。 まずは1曲目『素敵じゃないか』(Wouldn't It Be Nice)。 このポップな曲が冒頭に置かれていることが、アルバムの敷居を低くする。ありがたい。 コーラスが盛り上がるのは(動画のタイムカウント)「1:42」からラストにかけて。「♪Goodnight baby」というリードボーカルに「♪ウーウーウー・ランランウィ・ウー」「♪バーンババーン・バババーンバババ」(聴き取り筆者)という3つのコーラスが重なる美しさたるや。 次は、2曲目の『僕を信じて』(You Still Believe in Me)。 コーラスが盛り上がるのは動画「1:36」から。イントロで提示されたメロディを中心に、クラシカルに盛り上がっていくさまは、コーラス単体で見れば、このアルバムで最高の瞬間だと思う。 ただ興を削ぐのが、このコーラスを邪魔するように「♪プップッ」と顔を出す妙な音だ。達郎解説によれば「バイシクル・フォン」とのことだが、私には、昭和の街角にいた豆腐屋のラッパの音のように聴こえる。 「ビーチ・ボーイズ日本人説」の真相 ここで少し余談。私がいくつかの番組で紹介した「ビーチ・ボーイズ日本人説」という小ネタをご紹介したい。『ペット・サウンズ』をもっと気楽に聴いていただきたいがために、良かれと思って書く。 (根拠1)『僕を信じて』のエンディングに鳴る豆腐屋のラッパ。 (根拠2)『キャロライン・ノー』のイントロから全編にわたって、銭湯の桶(ケロリン)を叩いたような音が響く。 (根拠3)同『キャロライン・ノー』のエンディングに、いかにも日本の私鉄(私のイメージでは西武新宿線)が踏切の上を走るような音が入っている(上動画「2:18」から)。 他にも『グッド・ヴァイブレーション』(66年)に「♪ヒュイイイーーーン」という、日本のお化け屋敷で幽霊が出てくるときのような音が入っていたり、あと何といっても『ヘルプ・ミー・ロンダ』(65年)と和田弘とマヒナスターズ『お座敷小唄』(64年)のリフが似ているとか(時期的には『お座敷小唄』の方が先)。 ……すいません、小ネタにして。単なる筆者の妄想なのだが、それでも『ペット・サウンズ』の裏ジャケットで、ちょんまげに袴姿でご陽気に写っているビーチ・ボーイズ・メンバー(東映京都撮影所にて撮影)を見ると、あながち妄想とも言えないかも。 『ボレロ』のロック版 さて後半2曲である。次は『スループ・ジョン・B』(Sloop John B)。 この曲は元々民謡で、その分メロディがシンプルなのだが、そのシンプルなメロディを何度も繰り返しても、聴いていてまったく飽きない、というか、逆にいよいよ盛り上がっていくのは、伴奏が劇的に変わっていくからである。 この「シンプルなメロディを繰り返しながら、編曲の妙で盛り上がっていく」という点において「ラヴェル『ボレロ』のロック版」と言っていい。 動画「1:51」から、伴奏がすっと消えて、分厚いコーラスだけが残るあたりから、ラストに向けて一気に盛り上がる。 そしてラストはもちろん、名曲中の名曲『神のみぞ知る』(God Only Knows)。 「ライバル」ポール・マッカートニーが「音楽史上最も美しい曲」と評したと言われるが、とりあえずまずは本稿の趣旨にのっとって、動画「1:13」から、そして「2:00」からの、ゾクゾクするようなコーラスの絡み、お楽しみいただきたい。 ただ、やはりこの曲はメロディ、さらにはそのメロディの裏で推移するコード進行だと思う。ポール・マッカートニー風に言えば「音楽史上最も美しいコード進行」。 どのように作り上げたのか 以下、少々専門的ですいません。ご興味のない方は「★」から「★」までを読み飛ばしてください。 ★分析のために、今回楽譜を入手した。歌い出しからのコード進行は、こう書かれている(一小節ごとに変化する)。 「D/A→Bm→F#m→B7/A→E/B→Cdim7→E/B→F#9→A→E/G#→F#m7」(キーはE) まるで化学記号のようなコード進行(なお、この曲のコード表記には諸説あることに留意)。中でも目立つのは「/」が入ったコードだ。これは俗に「分数コード」と呼ばれるもので、乱暴に説明すれば「/」の左側(分子)に書かれたコードに対して(少し)違和感のあるベース音(「/」右側=分母)を鳴らして、複雑な響きを作ることを指す。 と、そんな専門的な小理屈はともかく、メロディの裏で鳴っている、このコード進行自体が劇的に美しい(インストバージョンで聴くのも一興)。特に6小節目「Cdim7」の響きのエモさたるや(歌詞では「♪(you'll never)need to doubt it」のところ、上動画「0:27」)★ しかし、こんな奇跡的な曲を、ブライアン・ウィルソンはどのように作り上げたのだろうか。それこそ——「神のみぞ知る」。 なお、山下達郎のライブ盤『JOY』に収録されているバージョンは、「音楽史上最も美しい『メロディ』」が際立っているので、おすすめしておく。 「名盤」と持ち上げるだけでは… という、ここまでの流れで「おすすめ4曲」を聴いて、盛り上がれば、「2段階スライド方式」として『キャロライン・ノー』や『ヒア・トゥデイ』に進んでいけばいいと思う。 さて、達郎解説、最後の引用はこちら。 ——にもかかわらず、こうした「超然」とした音楽にありがちな、聴く者を突き放す排他的な匂いが、このアルバムからはまったく感じられない。これこそが「ペット・サウンズ」のもっとも優れた点と言えるのだ。 併せてこちらも。JFN『山下達郎のサンデー・ソングブック』2023年7月9日オンエアにおける、達郎氏のあの発言。 ——この様な私の姿勢をですね『忖度』あるいは『長いものに巻かれている』と、その様に解釈されるのであれば、それでもかまいません。きっとそういう方々には、私の音楽は不要でしょう。 安易に名盤名盤と持ち上げることは、結局は「排他性」につながるのではないかと思い、本稿を書いてみた。 「『ペット・サウンズ』、何それ、おいしいの?」と思っている、きっとそういう方々にも、ブライアン・ウィルソンの音楽は「不要ではない」と信じて。 【大谷翔平よりも有名な日本人アスリート】角田裕毅が歴史的偉業…!「本物の才能」とポルノ岡野も大絶賛するワケ

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