「ジャンプ」の偽物が出回る 愛知県警察本部は、「ONE PIECE」の第1話が掲載された「週刊少年ジャンプ」1997年34号の偽物を販売目的で所持していた疑いで、台湾出身の男女3人を著作権法違反の疑いで逮捕したと発表した。 【写真】「ネットオークション」で高額落札された過去の「少年ジャンプ」たち。落札価格4万円台と380万円の物ではどこが違うのか比べてみた 近年、人気漫画の第1話が掲載された、いわゆる「連載開始号」の人気が高まっている。「ONE PIECE」は世界的に人気が高いこともあり、「『ジャンプ』1997年34号」は状態次第ではあるものの、10万円以上で取り引きされることも珍しくない。Yahoo!オークションでは今年3月に30万円、昨年11月に状態の良いものが40万円で落札されている。 「週刊少年ジャンプ」の公式ホームページ 容疑者らは「ジャンプ」をはじめ、プレミアがついている漫画雑誌の偽物をネットなどで販売し、巨額の利益を上げていたとされる。いったいなぜ、雑誌がそんなに高騰しているのかと不思議がる人も少なくないと思う。その理由を解説していこう。 雑誌は漫画コレクターの定番アイテムである。漫画古書店「まんだらけ」が1991年から刊行を始めた目録の第1号から雑誌が販売されているし、1996年に発行された15号では雑誌の大々的な特集を組んでおり、価値の高いものには数万円のプレミアがついている。雑誌は30年以上前からコレクターズアイテムになっていたのである。 雑誌コレクションの流行の移り変わり しかし、その頃にコレクターに人気が高かったのは、“創刊号”か、もしくは“雑誌でしか読めない作品が載っている号”であった。また、藤子不二雄や石ノ森章太郎など、のちのトキワ荘のメンバーが投稿していた「漫画少年」のように、伝説として語られていた雑誌にもプレミアがつく傾向があった。 創刊号はその雑誌のファンなら欲しくなるものだし、言葉の響きがもつ特別感ゆえ、コレクターが多い理由がなんとなくおわかりいただけるであろう。現在も「ジャンプ」「サンデー」「なかよし」の創刊号は人気で、プレミアは健在である。 掲載された後にクレームが入ったりしてお蔵入りになったり、大人の事情で単行本に収録されていないなど、“雑誌でしか読めない作品が載っている号“もコレクターの人気は高い。例えば、手塚治虫の代表作「ブラック・ジャック」は、たびたび医療関係者などから抗議があり、単行本に一度も掲載されたことがない作品が存在することで有名だ。 手塚の死後、いくつかの単行本未収録作品が掲載されたマニア向けの書籍が刊行された。しかし、「快楽の座」という話に関しては、悪名高いロボトミー手術を扱った内容のためか、未だ単行本化が実現していない。掲載された「週刊少年チャンピオン」の1975年4号は、状態にもよるが10万円ほどのプレミアがつく。 「ドラゴンボール」がコレクター界に与えた衝撃 近年、雑誌コレクターの間で流行しているのは、人気作品の連載開始号を集めることだ。この文化を生み出したのは、鳥山明の世界的ヒット漫画「ドラゴンボール」であったと、「まんだらけ」がコメントしている。 今年開催された「まんだらけ」のオークションには、「ドラゴンボール」の第1話が掲載された「ジャンプ」1984年51号が出品され、380万円という驚異的な価格で落札された。これは、一度も読まれていないほどの奇跡的な状態の良さが決め手になったが、状態が芳しくないものでも、ネット上では30万円前後で取り引きされることが珍しくない。 それだけでなく、「ドラゴンボール」が表紙になっている「ジャンプ」に、ここ数年で急激にプレミアがつくようになった。「まんだらけ」の販売価格は、軒並み1万円を超えている。鳥山明の絵は見栄えがするため、所有欲を満たすだけでなく、飾って楽しむこともできる。コレクター心をくすぐる要素が多いのである。 この流れは他の漫画にも波及しており、前述の「ONE PIECE」や「美少女戦士セーラームーン」「犬夜叉」「NARUTO」などの連載開始号も人気が高まっている。これらは限定品でもなんでもない、日本中の書店で売られていた雑誌だ。ましてや、当時の主な漫画雑誌は数百万部を印刷していたのだから、本来なら世の中にありふれているはずである。 ところが、雑誌は読み終えた後に駅のゴミ箱に捨てられたり、資源回収に出されたりするため手元に残りにくい。ましてや、子供たちは回し読みをしたり、お菓子やジュースを飲み食いしたりしながらページをめくるため、きれいな状態で残ること自体が奇跡に近い。そのうえ、単行本のように重版されることが基本的にないため、プレミアがつくのである。 思い出の品を集めようとする人々 では、プレミアがついた雑誌を買っているのはどんな人なのだろうか。もちろん、投機目的で値上がりを見込んで購入している人もいるし、海外のコレクターも急増しているようだ。しかし、購入者の多くは、リアルタイムで「ジャンプ」を熱心に読んでいた純粋なファンであると考えられる。 今でこそ、漫画はスマホで読むのが定番になったし、雑誌より単行本派という人も多いだろう。しかし、2000年代後半までは雑誌で読むのが主流であり、「ジャンプ」の黄金期だった1980〜90年代は、一秒でも早く最新号を手にしたいとワクワクしながら待っていた子供が多かった。筆者もそんな一人で、最新号を手にすると心躍ったものである。 そんな子供たちが30〜40代になり、子供の頃に親しんだ思い出の品をもう一度手にしたいと思いはじめたのだ。これが、雑誌にプレミアがつくようになった理由である。80〜90年代のゲームソフトが高騰しているのも同様の理由であろう。失われた品物を懐かしむという極めて人間らしい感情が、プレミアの要因になっているのである。 筆者は「ドラゴンボール」世代だし、「るろうに剣心」「ONE PIECE」「NARUTO」の第1話は「ジャンプ」リアルタイムで読んだ。しかし、雑誌は資源回収に出されてしまい、手元にない。プレミアがつくなら、保存しておけばよかった……と悔しがる人も多いと思うが、コレクターであっても何にプレミアがつくか予測するのは困難なのである。 実物を見ずに買うのはやめよう 雑誌の偽物が増えていることに対し、出版社にも対策を求める声が多く寄せられている。しかし、新刊を出すことが使命の出版社に対し、コレクター市場への介入を求めるのはさすがに無理がある。対抗策としては、コレクターが偽物を購入しないように勉強することや、安いからといって実物を見ずに手を出さないことに尽きるであろう。 筆者が実感していることだが、昨今の若いコレクターは自身の審美眼や鑑定眼を磨くことを怠る傾向があるようだ。YouTubeなどでグッズを自慢したり、漫画家のサイン色紙を紹介したりしている人は、ほとんどがネットオークションで購入しているようだが、その作品のファンでない筆者でも偽物とわかる代物を所有している人が少なくない。 人気の高い品物が格安で手に入る、いわゆる掘り出し物は今の時代はほとんどないと言っていい。ネットオークションやフリマサイトでの購入はあくまでも自己責任であり、上級者向けのものと考えるべきである。初心者であるならば、漫画古書の専門店で買い求めるのが、安物買いの銭失いにならないための近道といえる。 取材・文=山内貴範 デイリー新潮編集部