福島県相馬市の精神科医、蟻塚亮二さん（７８）は、福島と沖縄で「心の傷」を負った患者と向き合ってきた。 　沖縄で診たのは、太平洋戦争末期の沖縄戦から時間を経て心的外傷後ストレス障害（ＰＴＳＤ）を発症した患者たちだ。今も月１回、沖縄で診察を行う。２３日に戦後８０年の「慰霊の日」を迎えた沖縄に、これからも通い続けると誓う。（薬袋大輝） 　蟻塚さんは福井県出身。太平洋戦争で中国・上海に出征した父・明さんは敗戦後、人付き合いを避け、会社などで働くことも難しくなった。晩年は、夜中に突然叫び出すようなこともあった。「戦争によるＰＴＳＤだったのだろう」。精神科医になり、そう理解した。 　１９７２年に弘前大医学部を卒業し、青森県の病院に勤務したが、過労でうつ病を発症。知人の紹介で２００４年に沖縄県に移り、那覇市の病院に勤務した。そこで出会ったのが、夜中に断続的に目が覚める高齢患者たちだった。うつ病とも違う。ナチス・ドイツのホロコースト（ユダヤ人大虐殺）を生き延びた人たちの精神状態を記した論文を読んだ。その症状が沖縄の患者の「奇妙な不眠」にそっくりだった。 　患者からは、沖縄戦の苛烈な体験を聞いた。「１４歳の時、死体を踏みながら逃げた」。その患者は５０歳代で身内の不幸を経験し、４０年以上前のトラウマの後遺症が表に出てきたケースだった。同じような患者に出会い、沖縄戦から長い時間がたってからＰＴＳＤを発症する患者がいることを１１年、学会などで発表した。 　東日本大震災後の福島でも、ＰＴＳＤを発症する被災者が多くいた。震災時、相馬市に精神科の医療機関はなく、知人に請われて１３年４月に相馬市の「メンタルクリニックなごみ」の院長になった。それから１２年間、被災者の心のケアを続けてきた。各地で自然災害が相次ぐ近年は、その映像などで震災当時の記憶がよみがえりＰＴＳＤを発症する人も少なくないという。 　蟻塚さんは「沖縄と同じように、時間がたってから発症するＰＴＳＤは福島にもある。このまま放置すれば、震災当時子どもや２０歳代だった人が高齢になってから症状が表れる可能性が高い」と危惧する。 　根本的な治療は簡単ではない。支援の一つとして、２１年から震災や原発事故、その後の記憶を語り合う会「おらもしゃべってみっが」を南相馬市で始めた。「自分だけの問題ではないと思えればＰＴＳＤは防げる。経験を語り合うことは大切だ」という。中通りや会津など各地に取り組みを広げたいと考えている。 　毎月１回の沖縄での診察では、「年寄り（患者）に沖縄で学んだことが福島で生かされているって伝えると『良かった、良かった』って言ってくれる」という。慰霊の日を前に、蟻塚さんは「沖縄戦のＰＴＳＤの患者を診たのは自分の運命だ。日本は沖縄に対して、沖縄戦を戦わせたという加害の歴史があると思う。贖罪（しょくざい）の意味でも沖縄に通い続けたい」と語った。