異なるメーカーの製品は同じトラックで運べない…「下請け企業」が頭を抱える大手メーカーの“ナゾすぎる商慣習”

 これまで2回にわたり、日本の製造業界における大手企業の中小企業に対する理不尽な対応について述べてきた。最後に取り上げるのは、技術を持っていながらも日本の中小企業が倒産してしまう業界の「商慣習」を深掘りしながら、外国の例を紹介してみたい。 【写真を見る】かつて先進国ではどこよりも働いていたドイツの労働時間が最も少なくなった理由 系列扱いされる中小企業  大手企業に振り回された挙句、倒産や廃業に追いやられる中小企業の理不尽に言及すると、毎度必ず出てくるのがこういう声だ。 「他の企業に売り込めばいいじゃないか」 「どんなに技術があったとしても、他企業に売り込む営業能力がないのが悪い」  大手に比べ中小企業は自由度が高く、失敗に対して比較的寛容ではあるものの、資金的には厳しいがゆえに日々、色々と「工夫」を重ねている。そうしたなかで独自の技術が生まれやすい傾向にあることは前回にも述べた通りだ。 配送の現場でも大きな問題が…(写真はイメージ)  しかし日本の中小企業には、独自の技術を自由に売り込みにくい事情がある。それは、大手のなかには、自社の下請けがライバル企業と仕事をすることを極端に嫌がる傾向がある、ということだ。とりわけ、裾野の広い自動車製造業界では、資本関係のない下請け企業を自社の関連会社や系列のように扱うところも少なくない。  筆者は自動車メーカーや家電メーカー、その下請けが製造した金型を預かり、研磨する工場を経営していた。  メーカーの下請けにあたる企業のなかには、独立した企業であるにもかかわらず、ほとんど特定メーカーの仕事しか請けていない企業が少なくなかった。筆者の工場はニッチな特殊業だったため縛りはなかったが、その代わり「各メーカー・企業から請ける仕事の割合」を書かせる調査書を、年に1回提出するように求めてくる企業がいくつかあった。 金型の保管を強要される下請け  こうした大手や元請けへの機嫌取りは、中小零細工場にとって、技術の売り込みができない以前に、現場そのものに大きな負担になることも多い。  金型業界の中小零細企業では、金型の持ち主である元請けから長期間「保管」を強要されるケースが相次いでいる。金型は、凸と凹を合わせ、その間に樹脂を流し込んで大量のプラスチック製品を形成するのだが、一度量産しても修理などで再度必要になることがあるため、廃棄せず保管が必要になる。 それを下請け工場に強要するのだ。  無論、金型の保管にはスペースが取られる。が、そのほとんどが無償だ。なかには数千個もの金型を預かっているケースもある。  こうした大手企業による振り回しは、金型の輸送時にも起きる。  同じ方面だからと、1つのトラックに2つのメーカーの金型を載せることに難色を示す企業があるのだ。  1社のために専用で走る「チャーター契約」はしていない。が、筆者が工場から金型を納品する際、自動車メーカーAとBの金型を同じトラックに載せることを、どの企業も嫌がった。自分たちの製造した金型が、ライバル企業の敷居をまたぐことになるからだ。  また、重さがある金型の場合、走行が不安定になったり、時にはクルマがひっくり返ったりすることもあるため、バランスを考えてタイヤの真上に積む必要があったのだが、先に納品するAの工場の金型を奥に積み、重い金型であるBを後輪タイヤの上に積んだ際、現場のクレーンで降ろす時、Aの金型がBの金型の上を通過することになる。これも各企業が嫌がった。  安全上、その主張は間違っていないのだが、なかにはその根拠を「自分の金型の上を他のメーカーの金型を通過させることは“失礼だから”」、とする人もいた。 メーカーと同じ車種で入庫させる  輸送時の理不尽はそれだけではない。  製造現場には、メーカーCの工場にクルマで入場する際は、そのメーカーCの車種のクルマでなければならないという暗黙のルールがあった。なかには、構内に入る際に記入する「入門票」の記入欄に、入構する車両のメーカーを書かされる工場も存在した。  さらには、小学生などが社会科見学に来る際に乗るバスでさえも、そのメーカーや系列の車両でなければならない、とする「配慮」が求められるケースも。  現役のドライバーに聞いてみたところ、これらは現在の現場にも未だに続いているところが少なくないという。  こうした中小企業が大手の顔色を窺う「古い商慣習」が蔓延ったなかで、「独自の技術」を他企業に売り込むことは困難だ。 「自分の下請けは、何かあっても守りはしないが、他の企業と関わってもほしくない。関わるなら、関わっていることを見せてほしくない」というのが日本の裾野産業なのである。 成長できないのには中小企業にも問題  一方、日本の中小企業自身が抱える課題も多い。その1つは、以前にも紹介した「承継問題」だ。  日本の中小企業の多くは家族経営。こと町工場に関しては、その割合が高くなる。しかし、こうした町工場は、少子高齢化はもちろんのこと、「自分と同じような苦労はさせたくない」と、経営者である親が子に教育を受けさせることで、子が工場を継がず、大学進学後、大企業に就職するようになる傾向もある。  たとえ子が継いだとしても、高齢の親が「会長」などとして発言権を持ち続けることで新しい風が入りにくくなったり、トラブルが生じたりしてうまくいかないことも少なくない。  そしてもう1つ顕著なのが、「働き方改革への対応の遅れ」だ。  経営者からよく聞かれるのは、「時代の流れによって労働者の権利が守られるようになり、労働時間や環境を見直す法ができたため、以前のように長時間社員を働かせられなくなった」という声だ。  安い工賃でも、仕事をまとめて請けることで食いつないできた町工場は、労働者の労働時間が制限されたことで工数が稼げず、今までのように多く仕事を請けることができなくなったのだ。  こうした声は、歩合制で働く現場の労働者からも一部聞かれており、「もっと働かせてほしい」という声も少なくない。  しかし、本来は「短い時間でも効率よくしっかり稼げる現場」を目指すべきで、「稼ぎたいから働かざるを得ない」という考えからは脱却しなければならない。だが、体力のない中小零細の工場は、資金力・人材力の観点からその効率化が難しく、結果的に法やルールを犯してしまうケースが起きてしまうのだ。 ドイツの「ミッテルシュタント」  製造業界において、日本とよく比較される国がある。ドイツだ。  ドイツも日本と同様、第二次世界大戦での敗戦後、裾野の広い製造産業が急成長した国で、フォルクスワーゲン、メルセデス・ベンツ、BMWといった世界的自動車メーカーや、ミーレ、ボッシュ、シーメンスなどの大手家電メーカーなどが国の経済を支えている。  ロシアのウクライナ侵攻により、エネルギー資源の供給がなくなったことで、ドイツも現在は経済が芳しくないところではあるものの、それでも国が比較的安定していると言われているのは、ドイツの「中小企業の強さ」にある。  筆者が日本語教師をしていたころ、ドイツの某自動車メーカーの役員たちにプライベートレッスンをしていたことがあった。そのかたわらで、筆者が日本の自動車製造業の工場を経営していると知った役員たちとは、日本語のレッスンよりも、日本と自国の自動車産業における共通点や相違点を議論し合う時間になった。  そこで彼らがしきりに発していた言葉が「Mittelstand(ミッテルシュタント)」だ。ミッテルシュタントはドイツ語で「中小企業」という意味を指す。  ドイツのミッテルシュタントは、日本と違い、「系列」という意識が存在しないため、大手に媚びることも独自の技術を安売りすることもなく、彼らと対等なレベルで国内外に売り込んでいる。  また、日本同様、家族経営が95%と非常に多いが、それぞれ外国指向が強く、大都市に集中せずに全国各地に点在していることも、産業や国の活性化に大いに貢献しているのだ。  もう1つ違うのは、「労働環境」だ。  戦後復興時、ドイツ人は時間を気にせず非常によく働いた。しかしその後は、労働環境の改善に努め、現在では最も少ない水準になっている。それでもドイツは2023年、日本の名目GDPを抜き、世界3位になった。  繁忙期にしっかり働いた分、閑散期にはゆっくり休める「労働時間貯蓄型制度」もあるため、繁閑の影響で労働者を解雇したり雇用したりする必要もなく、安定した労働力が確保できるのだ。  労働者の高齢化や人手不足、周辺諸国の製造力の上昇により、現在日本は「モノづくり大国」という立ち位置を失おうとしている。  しかし、現場にはまだまだ世界と戦える技術力があるはずだ。  そんな今後の日本の製造現場を守るには、大手が中小零細を縛る古い商慣習からの解放と、中小零細の売り込み力を上げる必要があると、つくづく思うのだ。 橋本愛喜(はしもと・あいき) フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許を取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働問題、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆中。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)、『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA) デイリー新潮編集部

もっと
Recommendations

深夜の住宅に忍び込み 現金4万円を盗んだ疑い 聖籠町に住む男(56)を逮捕 《新潟》

新潟市の一般住宅に忍び込み、現金4万円を盗んだとして56歳の男が23日…

ケイト・ブランシェット「避難民への偏見も壊したい」…基金創設で「難民映画」へ支援呼びかけ

紛争や迫害などで避難を余儀なくされた人たちを、映画を通じて支援…

中国戦闘機の異常接近時 日中「ホットライン」使用せず 去年の領空侵犯時に続き

中国軍の戦闘機が今月初旬、2日連続で海上自衛隊の哨戒機に異常接近し…

【洪水警報】長野県・長野市に発表 23日14:14時点

気象台は、午後2時14分に、洪水警報を長野市に発表しました。【警報エ…

瓶の中から薬物などの成分検出されず 面識ない男性から渡された瓶入り炭酸飲料飲んで女子中学生3人搬送 東京・葛飾区 警視庁

東京・葛飾区で女子中学生3人が面識のない男性に渡された瓶入りの炭酸…

遺族「見守ってくださいね」 沖縄戦終結から80年「慰霊の日」で追悼式

きょうは80年前の沖縄戦で組織的な戦闘が終結したとされる「慰霊の日…

「見境のない大胆で危険な犯行」と検察側 相次いだ関東闇バイト強盗事件 大船駅前の質店に押し入った罪などに問われた実行犯の男2人に懲役9年と11年を求刑 横浜地裁

去年、関東で相次いで起きた闇バイト強盗事件で、神奈川県鎌倉市の質…

全裸で車強奪の男、バイクの男性をはねて殺そうとした疑いで再逮捕…20件以上の事件に関与か

埼玉県内で4月、全裸の男による車の強奪やひき逃げなどが相次いだ…

元柔道日本代表・ウルフ アロンが新日本プロレス入団を発表 約23年の柔道人生を終えプロレスラーへ転向

元柔道・男子100kg級日本代表で、10日に引退会見を行っていたウルフ …

【がん闘病】古村比呂さん 暑さと抗がん剤の副作用に悩む 「肌荒れ&痒みがなかなか治らず 汗をかくと肌がヒリヒリ痛痒くなります」

子宮頸がんの再々再発を公表している、俳優の古村比呂さんが、自身の…

loading...