新型コロナウイルスの感染蔓延に対し、政府は担保なし、金利なしの「ゼロゼロ融資」によって資金を供給し、その間企業の倒産は急減した。しかしそんな「あぶく銭」はいつまでも続かない。 時代の変化に応じてビジネスモデルを変えられなかった企業は、円安、資源高、人件費の高騰などに見舞われ、たちまち資金繰りに窮することになった。そしていままた、破産、会社更生法・民事再生法適用など様々な形での倒産が急増している。 60年にわたって「倒産」の現実を取材・分析しつづけてきた日本最高のエキスパート集団が、2021~2024年の最新の倒産事例をレポートした『なぜ倒産 運命の分かれ道』から連載形式で紹介する。 健康雑誌、家電雑誌で一世を風靡した出版社の廃業 出版社 マキノ出版 資本金 5000万円 負債 約15億7217万円 2023年3月2日 民事再生法適用申請 同年6月23日 破産手続き開始決定 「民事再生を申請したらしい」--2023年3月初旬、健康雑誌の草分けである『壮快』や情報誌『特選街』などを出版していた株式会社マキノ出版への問い合わせが相次いで寄せられた。健康雑誌のパイオニアで知名度も高かったが、倒産に至った背景に迫った。 マキノ出版グループの創始者は、漫画誌『週刊少年マガジン』(講談社)の初代編集長や『週刊現代』編集長などを歴任した牧野武朗氏。1974年9月に講談社が創刊した健康雑誌『壮快』の編集業務を、牧野氏が同年4月に設立した株式会社マイヘルス社で手がけ、その後、'77年10月に株式会社マキノ出版を設立。'96年12月に『壮快』の営業業務を講談社から譲り受けた。この間、'79年3月に主要誌となる『特選街』、'83年4月に『安心』、'95年11月に『ゆほびか』を創刊した。 『壮快』は、最先端の医学知識をもとにした、くらしと健康に関する実用情報を発信し、数々の健康ブームを作り上げ主力雑誌に成長。『特選街』はカメラやパソコン、AV機器、デジタル家電などの新製品について専門家が評価し、トレンドを案内する商品情報誌で、消費者のバイブルとして知名度を上げた。いずれも、企画力の高さを強みに50〜70代の中高年層から高い支持を受けていた。雑誌のほかにも、書籍やムック本など年間約100点を発行し、好調だった2004年2月期には年売上高約36億1800万円を計上していた。 コロナ禍で『特選街』休刊 しかし、2010年2月期以降の売り上げは右肩下がりとなる。インターネットやスマートフォンの普及、SNSの急速な進化などで情報を収集する手段が変化。いわゆる出版不況が襲い、雑誌の売上高が減少した。こうしたなか、2017年に発行した単行本『最強の野菜スープ』がベストセラーに。メンタリストDaiGo氏の『運は操れる』が10万部を超えるなど、ヒット作が出た2019年2月期には増収となった。 だが、業績悪化は進んでおり、2019年10月には本社ビルを売却しスクラップアンドビルドに着手した。コロナ禍では、主力3雑誌の購読者層である高齢者の外出控えや書店が入居する不動産ビルの営業時間短縮、休業などで、さらに売り上げが減少していた。巣ごもり需要で好調となった冊子も一部あったが、2021年10月に創刊から40年を超える『特選街』が休刊。2022年2月期の年売上高は約14億5600万円に減少し、損益面は5期連続で赤字となった。 社長の話によると、「かつて10万部以上発行していた主力3雑誌は、直近では4万部を切る状況となり、ムック本も初版で3万部刷っていたものが3分の1となる1万部まで減少し、雑誌の返本が増加した」という。書籍が当たればしのげていたが、ここ2年はヒット作に恵まれていなかった。 組合の理解が得られず 2022年11月ごろから任意整理による再建を目指し、アドバイザーとともにスポンサー探しを進めていた。話は進んでいたようだが、スポンサー候補側が出資の条件として「労働組合の解散」を挙げていたという。しかし、「労働組合の協力が得られない可能性が高いことから、スポンサー候補が辞退してしまった」(会社による説明)。 この間にも退職者が増えていった。退職金の支払い負担が重く、2020年2月期末時点で約4億200万円あった現預金は、2022年2月期末時点で約2億200万円、2023年2月期末時点では6000万円台まで減少した。この状況では3月24日の従業員給与の支払いができず、仮に支払いを延期したとしても4月の支払いにメドが立たないことから、民事再生による再建を目指すこととなった。 取引先への支払い遅延は発生していなかったと見られ、複数の債権者がマキノ出版の民事再生について「唐突だった」と語っていたが、3月7日に開催された債権者説明会において、従業員と経営側の間では密かに話が進んでいたことが分かった。質疑では退職者や労働組合関係者が「労働組合は協力的に話し合ってきた。倒産することになった理由を労働組合のせいにしてほしくない」「労働組合の解散要求は不当労働行為だ」「退職金が勝手に減額されている。どういうことか」などの声が相次ぎ、質疑がヒートアップし、取引先から見ると“内輪揉め”とも捉えられかねない場面もあった。業界筋からは「良い時代の編集者は年収1000万円以上の高給取りだった」と聞かれ、質疑の対応から労働組合の強さも垣間見えた。債権者への連絡漏れなど不手際も露呈した。金融機関に法的整理の連絡や債権者説明会の連絡がなされておらず、そのほかにも取引先への連絡事項が行き届いていないなど、手際の悪さが目立っていた。 その後、主要誌と書籍やムックの一部事業を別会社に譲渡したものの、残る事業についてはスポンサー企業が現れず、5月29日に東京地裁から再生手続き廃止決定を受け、6月23日に破産手続き開始決定を受けた。 会社は従業員がいてこそ成り立つ。だが、現預金の流出が激しければ、給与・退職金の両面で“痛みを伴う経営”も必要となる。これまでの会社と組合のやりとりは具体的に判明していないが、一定の規模の組合がある企業と取り引きする場合は、組合の状況についてもきちんと審査する必要があるだろう。過去にあった別の企業の事例では、組合側と経営側の対立が激しく、最終的に経営陣が事業継続を断念し、廃業に追い込まれたケースもあった。 運命の分かれ道 (1):ネットやスマホの普及で主力雑誌売り上げが10万部→4万部に (2):書籍のヒット作が出ず、売り上げ減に歯止めかからず (3):任意整理による再建を目指したが 労働組合の理解・協力が得られず 沿革 1977年株式会社マキノ出版設立 1979年雑誌『特選街』創刊 1983年雑誌『安心』創刊 1995年雑誌『ゆほびか』創刊 1996年健康雑誌『壮快』の営業業務承継 2017年単行本『最強の野菜スープ』がベストセラーに 2018年単行本『運は操れる』がベストセラーに 2019年10月、本社ビルを売却 2021年10月、雑誌『特選街』休刊 2023年3月、民事再生法の適用を申請 同年6月、破産手続き開始決定 【次回の記事を読む】「日本産有機EL」が海外企業に惨敗…起死回生を狙う“日本国策”企業の「社運を賭けた戦略転換」とは