いま、世界中で蔓延して実際に政治や社会に影響を与え始めている「陰謀論」。 いったい、陰謀論はどこで生まれるのでしょうか？ そして、なぜ信じてしまうのでしょうか？ 6月19日発売の『となりの陰謀論』（講談社現代新書）著者である慶應義塾大学教授の烏谷昌幸さんが、現代世界を蝕む病の正体を解き明かします。 （※本記事は、烏谷昌幸『となりの陰謀論』の一部を抜粋・編集しています） 陰謀論のスペクトラム 陰謀論について考える上での基本スタンスとして、さらに確認しておきたいのが、陰謀論の多様性です。陰謀論にしても陰謀論者にしても内実は多様で、その内実をしっかりと腑分けして整理することが、陰謀論を研究していく上で実はとても大切です。 ここで注目したいのが、科学ジャーナリストでありデバンカーとしても活躍するミック・ウェストの「陰謀論のスペクトラム」の考え方です。デバンカーとはニセ科学や陰謀論の虚偽を暴く人のことです。 ウェストはデバンカーとして活動する中で陰謀論者との対話を繰り返し、陰謀論にハマった人たちを救出する詳細な方法をまとめた『陰謀論からの救出法』を執筆したのです。彼は、救い出すべき相手がどれくらいの位置にいるのかを把握するためのいわば見取り図として「陰謀論のスペクトラム」の考え方を提案しました（ミック・ウェスト〈2024〉『陰謀論からの救出法』ナカイサヤカ訳、あけび書房、48頁より）。 ウェストは、ひとつひとつの陰謀論のどの部分に同意しているかは人によってまるで異なることに注意を促しています。たとえば9・11陰謀論については様々なバリエーションがありますが、「事前にアメリカ政府がテロの関連情報を知っていたのに有効な手を打たなかった」という部分だけを信じているケースと、「政府の工作員が関与した自作自演のテロだった」と考える場合、さらに、「衝突した飛行機が実はホログラムで映し出された映像で、ビルを実際に破壊したのは小型の核兵器であった」と考えているのでは大きな差があります。 ひとつの陰謀論の中にあるトンデモ要素の極端さには幅があるということを理解しなければなりません。 「陰謀論のスペクトラム」の考え方からすると、何らかの極端な陰謀論をひとつでも信じている人を「陰謀論者」と呼び、それ以外の人を陰謀論者ではないと定義するのはあまりにも乱暴です。スペクトラムの全体像を描き出した上で、常識的な考え方と非常識な考え方とを分け隔てる境界線をどこに引くのが適切か、この点についての人々の判断を知ることが大切だとウェストは論じています。陰謀論に関心を持つ人の多くは、この「境界確定」について独自の基準を確立していることが多いようです。 常識と非常識の「境界線」 ウェストのこの議論に触れて腑に落ちることがあります。以前、ある知人の集まりでアメリカの不正選挙陰謀論を本気で信じている人が何人かいたため、あれは根拠のない陰謀論だということを力説したことがありました。 その時、どの程度納得してもらえたかは分かりませんが、ひとまず「選挙が盗まれた」というトランプ支持者たちの主張が虚偽であったことを受け入れた上で、その人たちは周囲には目もくれず、「でもAの話は陰謀論ではなく本当の陰謀だと思う」「いやいや、Aも陰謀論でしょう。それよりBについては本当の陰謀だと思う」「そんなはずはない。Bこそ陰謀論でしょう」という討論を始めました。 その時は、ディープな陰謀論トークが突如始まってすっかり置き去りにされてしまったため、何が起きたのか分かりませんでした。しかし、「陰謀論のスペクトラム」を踏まえて考えるのであれば、彼／彼女らは、常識と非常識（陰謀論）の境界線を引き直す作業に没頭していたのだと思います。陰謀論のスペクトラムにおける「境界確定」は、一度定まったからといってそこに安住するものではなく、時代や状況の変化に応じて流動的に変化するものなのです。 ちなみに、筆者も自分がケネディ暗殺陰謀論の一部を信じる陰謀論者であることを自覚したので、左端に近いところに境界線が置かれているといえます。この後、公開されたケネディ暗殺事件の機密資料の精査を終えたジャーナリストや歴史家たちがオズワルド単独犯行説を否定する証拠、すなわち背後にいる黒幕の存在を見つけられなかったと結論づければ、筆者の中のケネディ暗殺陰謀論は消滅し、境界線が移動することになるはずです。 もう一点留意すべきことは、境界線がどこに引かれるにせよ、境界線を越えた向こう側に対しては「烙印を押された知識」への態度が取られるということです。図の左側に近い人からみれば、図の中央付近に境界線がある人はどっぷりと陰謀論に浸かっている筋金入りの陰謀論者にみえることでしょう。自分の境界線の向こう側にいる人たちはみんな一様にトンデモな人たちにしか見えないわけです。ところが図の中央付近に境界線がある人であっても、図の右端に近いどこかに境界線を引く人は、「一緒にされたくない」「ヤバイ」人たち、トンデモな人たちということになるのです。 なぜ「陰謀論」を信じてしまうのか…「陰謀論が支配する社会」という最悪のシナリオを回避するために「知っておくべきこと」
