【べらぼう】福原遥「誰袖」こそ花魁の鏡 “海苔”“豆腐”も使って客をだます「吉原」の手練手管

目的のために手段を選ばないしたたかさ  江戸で唯一、幕府に公認された色町だった吉原が舞台だから、NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』で、花魁の存在感が強いのは当然だ。しかし、小芝風花が演じ、すでに吉原を離れてしまった「五代目瀬川」と、目下出演中の福原遥が扮する「誰袖」とでは、同じ花魁でも受ける印象がかなり異なる。 【写真をみる】“生肌”あらわで捨てられて…「何も着てない」衝撃シーンを演じた愛希れいか  五代目瀬川は、蔦重こと蔦屋重三郎(横浜流星)への一途な思いをいだきながら、吉原という苦界で暮らすほかの女性たちの利益のことも忘れず、他者のための自己犠牲もいとわない健気な女性として描かれた。一方、誰袖は「わっちを身請けしておくんなし」が口ぐせで、自分がこの苦界から抜け出すためには手段を選ばない、とてもしたたかな女性として描かれている。 誰袖を演じる福原遥  このところ『べらぼう』で誰袖が取り組んでいるのは、抜荷(密貿易)の証拠集めである。  老中の田沼意次(渡辺謙)らは、蝦夷地(北海道)を幕府の直轄領にし、そこでの資源などをもとにロシアと貿易をして幕府財政を立て直す、という計画を進行中だが、蝦夷地は松前藩が管轄しているので、幕府の直轄領にするには松前藩の領地を召し上げないといけない。そこで松前藩が禁制の抜荷をしている証拠を集め、それを突きつけて松前藩に領地を返上させようというわけだ。  まず誰袖は、吉原に忍び姿で遊びにきた田沼意知(宮沢氷魚)、つまり意次の嫡男のねらいをたくみに察知。そのうえで意知に、松前藩の抜荷の証拠を入手するから自分を身請けしてほしい、と提案し、「見事抜荷の証しを立てられた暁には、そなたを落籍しよう」という言葉を引き出した。 客をその気にさせる手練手管  第23回「我こそは江戸一利者なり」(6月15日放送)には、誰袖のしたたかさが全開となる場面があった。客は松前藩主、松前道廣(えなりかずき)の弟で家老の松前廣年(ひょうろく)である。  誰袖は問うた。「主さん、琥珀というのはなにゆえかように高いのでありんすか?」。廣年が「そりゃあ、商人が利を乗せるからでな」というと、「では、商人を通さず、直にオロシャ(ロシア)から主さんがお買いつけになることはできないのでありんすか? そうすれば安く手に入りんしょ?」と誰袖。廣年は思い詰めた挙句、「ならぬ! ならぬ!」と激しく拒み、続けた。「それでは抜荷となってしまう! 異国と勝手に取引をすれば、ご法度! 下手をすれば取り潰しじゃ!」。  だが、誰袖はひるまない。笑顔を浮かべたまま、「けんど、主さんが安く手に入れ、親父様に高値で買い取らせれば、相当な金がお手元に残りんしょ?」という。廣年がさらに激して、「差し出口を利くな! 女郎ごときが!」と、誰袖を激しく怒鳴りつけると、彼女は悲しみを浮かべて目に涙を滲ませる。  すると、廣年はたちまち弱気になり、「花魁、花魁」を呼びかけるので、ここで誰袖は決め台詞を吐いた。「わっちは、その金があれば、主さんともっとお会いできるかと思いんして…」。そういって涙を流すと、廣年は「これ、泣くでない。分かった、ひとつ考えてみるゆえ」という。誰袖は「嬉しゅうありんす!」といって廣年に抱きつき、「主さん、ぜひいつの日か、身請けを」といいながら、抱き合っているがゆえに廣年からは見えないその顔に、不敵な笑みを浮かべるのだった。  要は、客をだましてロシアから琥珀を直接買わせ、幕府の禁制に触れさせようというわけで、この嫌らしさ、したたかさは、五代目瀬川にはなかった。そして、どちらが花魁らしいかといえば、誰袖のしたたかさのほうだろう。 「感じるのは女郎の恥」  誰袖は大文字屋に実在した花魁だが、彼女がこのような政治的にキナ臭い話に関わったかどうか、史料からはわからない。ただ、女郎とは客をだましてナンボの商売であり、それを象徴するように、売れっ子の女郎の条件は「一に顔、二に床、三に手」だといわれた。このうち「三」の「手」というのは、まさに手練手管のことを指した。 「一」から順に説明しよう。「顔」とはいうまでもなく美貌、つまり見た目の美しさのことを指す。「二」の「床」も文字どおりに寝床、すなわち、寝床で客の男を満足させるテクニックのことである。ただし、女性が満足してはいけなかった。妓楼(女郎屋)では女郎たちに「感じるのは女郎の恥」だと教え込んだ。毎日、何人もの客の相手をする女郎は、いちいち感じていたら身がもたない。だから、心理的に不感症でなければならないと教え込まれたのである。  しかし、自分は不感症でいながら、客は感じさせる必要があり、そこでテクニックが求められた。たとえば、布海苔を煮て粘り気をもたせたものを、客に気づかれないように股に塗り、潤ったように見せつけることは、よく行われたという。締めつける目的で、柔らかくした高野豆腐を股に入れておく、なんてことも行われたそうだ。  行為の最中は、女郎は息づかいを粗くし、両手で客を締めつけ、髪を振り乱し、声を上げる、といったことで客の興奮を誘うことが奨励されていた。こうすると、客は勘違いし、リピートにもつながったという。  また、春画などを見ると、女郎は床着を脱がずに行為にいたっているケースが多い。当時は暖房がなかったので、とくに寒い時期は肌をさらけ出すことを避けたと思われるが、季節によっては、あえて床着を脱ぐことで客を興奮させる、というテクニックももちいられたようだ。 女郎がみな読み書きができた理由  そして「三」の「手」である。その基本中の基本は、朝、客を見送ることだった。見世の戸口まではもちろん、吉原のメインロードである仲の町や入口の大門まで見送って、情があるように感じさせ、次の来訪につなげる必要があった。  だが、客をつなぎ止めるためにもっとも大事なのが、ていねいな手紙だった。たとえば、17世紀後半に藤山箕山という人物が、30年かけて全国の遊里を渡り歩いて記した『色道大鏡』にも、女郎には手紙が大事だった旨が書かれている。実際、女郎はこまめに手紙を書くように指導された。このため、女性の識字率が決して高くなかった時代に、吉原の女郎はほぼ全員が読み書きができた。  昨晩の客には、来訪してくれた礼を記し、話したりなかったことを書き、ぜひまた近日中に遊びにきてほしい、早く会いたい、などと書き連ね、客がまだ温もりを忘れないうちに届けた。馴染みの客には、体を壊していないか、数日会っていないだけなのにずいぶん会っていないように思える、早く来てほしい、といったことを書いた。  また、吉原の女郎たちはなにかと物入りだった。身の回りの品の多くは自腹でそろえる必要があり、催事があるたびに、やはり自腹で着物を新調し、さらにお付の新造や禿の分まで新調したうえ、妓楼の奉公人らに祝儀を渡す必要があった。このため女郎は、ねだれる客には、手紙で金を無心した。 ウソをつかなければ生き延びられない  客も女郎にねだられるのはわかっていたから、手紙がくるとギクリとすることが多かったようだ。しかし、それでもお気に入りの女郎から無心されると、用立てる客は多かったという。  むろん、女郎がこうして手紙に書く内容も、客に語りかける言葉も、基本的には素直な心情表現ではなかった。妓楼では先輩格の女郎が若い女郎に、効果的なウソのつき方を伝授するのが通例だった。いわば、ウソをつくのは、女郎という職業には必須のことで、それができなければ、毎日、多くの客の相手をしながら生き延びることはできなかった。  むろん、お金を巻き上げるための口上も、ウソが満載なのが一般的で、その点、『べらぼう』で描写される誰袖のしたたかな手練手管は、吉原の女郎そのものだといえよう。 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。 デイリー新潮編集部

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