カナダでのG7サミットを機に行われた日米首脳会談で、関税交渉は合意に至りませんでした。石破総理大臣の言葉がトランプ大統領の心を動かすことはありませんでした。当初から目標としてきたサミット時の決着を逃したことで、交渉のモメンタムは失われ、決着は参議院選挙後に先送りされる可能性が高くなってきました25%の自動車関税は、その間も上乗せされたままで、日本経済にボディーブローの打撃を与え続けます。 【写真で見る】日米関税交渉、決着先送り、高関税ほぼ全額かぶる日本企業 石破総理の直談判もトランプ氏に通じず 日本側は当初より、サミット時の日米首脳会談での大枠合意を目指していました。ぎりぎりまで行われた赤沢大臣による閣僚交渉が不調な中でも、石破総理からの言葉がトランプ大統領の心を動かすことに一縷の望みをかけたものの、はかない夢に終わりました。 決まったことは、閣僚交渉を続けることだけ。会談後、石破総理は「認識が一致しない点が残っている。パッケージ全体の合意には至っていない」と述べました。さらに異例にも「自動車は大きな国益だ」と具体的な分野に言及し、「譲れない部分だ」と強調しました。 交渉の現在地、自動車関税でスタック 一連の発言からわかることは、日本にとって最重要課題である25%の自動車関税の撤廃どころか、引き下げにさえ、アメリカ側の同意を取り付けられていないということです。輸入拡大や非関税障壁の撤廃など合意できるところはいくつもあるが、自動車関税引き下げがない限り、「話にならない」といったところでしょう。 これまでの閣僚交渉を振り返ると、5月30日の4回目の交渉後に、赤沢大臣が「合意への進展を確認した」と踏み込んだ発言を行ったことが注目されました。私は、この発言を聞いて、自動車への追加関税の「撤廃」対「維持」という日米の原則的な立場から、具体的な幅はともかく、「引き下げ」へと局面が転換したのだろうと推察しました。 しかし、次の交渉を経て赤沢大臣は、「一致点は見いだせていない」とトーンを後退させ、そのままサミットに流れ込んでしまいました。 ラトニック商務長官がキーパーソン アメリカ側の布陣は、穏健派のベッセント財務長官が相互関税政策全体を管轄し、自動車や、鉄鋼・アルミといった分野別関税は、強硬派とされるラトニック商務長官が所管するという構図です。この2人は激しいポスト争いをした関係であり、当然、トランプ大統領という親分の顔色を見ながら日々、態度や立ち位置を決めているのでしょう。 少なくとも赤沢大臣には、やや軟化と見えたラトニック商務長官の態度が、なぜかその後は元に戻ったと見るべきでしょう。親分たるトランプ氏に譲歩する気がないと、ラトニック氏が見たと考えるのが自然です。 分野別関税はむしろ引き上げ方向 それもそのはず、当のトランプ大統領は、12日に、自動車への追加関税について「そう遠くない将来引き上げるかもしれない。関税を上げれば上げるほど、アメリカに工場ができる可能性が高まる」と公言しました。 鉄鋼・アルミは、すでに追加関税を25%から50%に引き上げており、トランプ氏は、こうした高関税政策が「日本製鉄の巨額投資にもつながった」とまで述べる、我田引水ぶりです。トランプ政権にとって、戦略分野の追加関税は「引き下げ」ではなく、「引き上げ」の方向なのです。 モメンタム失われ、交渉は参院選後に 日米関税交渉の次の節目は、相互関税の上乗せ分の一時猶予期限である7月9日となります。しかし、これまでアメリカが関税交渉で合意に達したのはイギリス一国だけで、当初、順調といわれていたインドや韓国とも、交渉は合意には達していません。ベッセント財務長官は11日、真面目に交渉している国に対しては、猶予期間を延長する考えを示しています。 日本にしても、7月20日に参議院選挙を控えており、直前に高めの自動車関税を容認したり、コメの輸入拡大を表明したりするわけにもいかず、詰めた交渉は、早くても参議院選挙後に先送りされる公算が強くなっています。 対米自動車輸出で輸出価格を引き下げ こうした中、18日に発表された日本の貿易統計からは、驚くべき数字が明らかになりました。 5月の日本からアメリカへの自動車輸出額は3634億円と、前年同月比で24.7%も減少しました。トランプ関税政策の影響で予想通りといえるかもしれません。ところが、これを輸出台数でみると10万台余りと、前年同月比3.9%しか減っていません。輸出台数はほとんど減っていないのに輸出額が激減したわけです。単純計算で1台当たりの価格は354万円、前年同月比98万円、率にして21.7%も下落しています。 要するに、トランプ関税の25%が輸出先のアメリカで上乗せされることを見越して、日本からの出荷価格を21%も引き下げたということです。トランプ関税のほぼすべてを日本側で吸収、つまりかぶっているということになります。 日本メーカーは苦渋の選択 追加関税を課せられた日本企業には、2つの選択肢があるはずです。1つは、日本からの出荷価格を変えずに、追加関税分を現地の販売価格に転嫁することです。要は、現地での値上げです。もう1つは、現地での値上げが、競合他社への顧客流出と販売数量減少を招くことを恐れ、日本からの出荷価格を引き下げることで、現地販売価格の値上げを避けることです。 実際には、両者を組み合わせることが一般的な対応なのでしょうが、5月の自動車の場合は、後者を選択し、追加関税のコストを輸出元である日本企業が丸呑みしていることになります。日本の自動車メーカーにしてみれば、追加関税が交渉によって短期間で終わることを期待していたのかもしれませんし、アメリカの景気減速懸念から自動車市場が弱含んでいるだけに、値上げによる販売台数の急減が採算の一層の悪化を招くという冷静な判断によるものだったのかもしれません。 収益悪化とコストダウン圧力へ 今や日本国内では、コストの価格転嫁が推奨され、値上げの許容が進む一方、輸出については、これほどまでにコストを飲み込もうとする、日本の輸出企業の対応をどう考えればよいのでしょうか。日本の消費者には、ストレートに値上げし、アメリカでは、依然シェア至上主義で、ギリギリまで安く提供、というのなら、少しやりきれない気持になります。 しかも、日本側が飲み込んだトランプ関税のコストは、自動車メーカの収益悪化を受け入れることで吸収するか、コストダウンを進めることで吸収するかしかありません。コストダウンは、メーカだけでなく下請けなどサプライチェーン全体に波及する可能性があります。それが、8月、9月まで続くことになれば、日本経済には甚大な影響が出てしまいます。 トランプ関税の国内経済への影響は、表明化した時には、すでに深刻になっていると構えておくべきでしょう。 播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)