「モーリタニア産のタコ」を一大産業にした日本人がいた…!現地で3000人超の漁師を育てた伝説の人物が明かす「タコが砂漠の民を救うまで」

日本人の食卓に馴染み深いタコだが、実は輸入品が大半を占めている。なかでも、輸入量の約3分の1を占めるのが「モーリタニア産」。アフリカ大陸北西部に位置するモーリタニアは長い海岸線を有し、日本の約3倍の面積を誇るが、国土の約9割はサハラ砂漠だ。 そんな「砂漠の国」でタコ漁業を一大産業にまで導いたのは、たった一人の日本人。モーリタニア政府から国家功労賞も授与された伝説的な人物として彼の地で知られているのが、中村正明さん(77歳)である。 前編記事『なぜスーパーのタコはどれも《モーリタニア産》ばかりなのか…現地にタコ漁を広め、英雄となった日本人の「壮絶な生きざま」』に続き、中村さんの波瀾万丈の人生を取材した。 急遽帰国、再びモーリタニアへ 順風満帆と思えた中村さんの活動だが、日本とモーリタニア政府との間で漁業交渉が暗礁に乗り上げ、帰国することになる。しかし、半年後に再び水産庁から連絡があり、「またモーリタニアに行ってくれ。お前も日本からの援助の一部だ」と命じられることになる。中村さんはそんなバカなことがあるかと憤慨し、即答しなかった。しかし、現地でビジネスをしたい水産会社からも「なんとか助けてくれ」と催促の連絡が途切れることはなかった。モーリタニアとの漁業交渉において、“ナカムラ”の存在は日本側にとっても絶対的な武器となったのだ。 「もう一度モーリタニアに行く条件として、日本政府には現地での援助・交渉はすべて私の裁量で行うことを認めさせました。動き続ける遊牧民達に漁業に専念してもらうためには定住が必要です。それを促すための海水の淡水化装置、現地仕様に改良した安定性の高いカヌー60艇、大きな冷蔵庫、魚の加工場、製氷器、屋根付きの売り場、冷蔵トラックなどを希望しました。それらの資材を現地でフル活用して、漁師の数を増やし、魚を獲るだけではなく、加工、貯蔵、運搬、販売をして次第に一つのシステムとして機能するようになったのです。 問題は乱獲を続ける日本を含めた大型のトロール漁船の問題です。当時の日本の大型トロール漁船は世界中に進出していました。大きな底引網でケニア沖、ソマリア沖、イエメン沖、オマーン沖の海底が削られてしまうなど各地で問題視されていたのです。日本は魚が獲れて儲かるけれども、現地から見れば資源の乱獲であり環境破壊です。沿岸漁業の資源を守るためには、大型のトロール漁船が操業できないようにしなければならない。そのような意思がモーリタニア政府にも育ってきていました。 私自身も沿岸漁師の保護や育成にも力を注ぐ気持ちを固めました。日本政府からは水産会社の利益を求められましたが、すべて断りました。目先の利益は大事ですが、民間企業の手先となって手を貸すことはしたくありませんでした。この国に来た当初の目的だけは成し遂げたかった」 中村さんは「漁業交渉で現地政府に圧力をかけろ」と、日本から何度も指示を受けたが「それならば帰国します」と、断り続けた。日本の水産会社が漁業許可の見返りに現地政府の軍幹部に賄賂を渡す場に立ち合わせられたりもした。それは日本人の中で最も現地民から信頼を受けている中村さんの立場を利用して、自らの利益を得るためのものだった。そのような交渉の材料に使われるのがイヤでたまらなかった。 ついにタコと出会う 日本側との関係は緊張状態が続いたが、現地民との関係は良好だった。徐々にではあるが中村さんの教えた漁法も広がり、外貨収入の柱になる兆しが見え始めてきたのだ。 そんな中、モーリタニア政府は日本を含めた外国船籍の漁船を沿岸部から締め出すことを決定した。沿岸部の多くの住民達は職を失い、日々の食事にも事欠くようになった。加えて、1981年に世界で最も遅く「奴隷制」が廃止された。結果、職のない多数の人々が溢れ返ることとなった。国の治安維持のためにも彼らの生活の安定が急務となったのだ。 そのような状況下で中村さんはタコとの運命的な出会いをする。 「それまで網で魚を獲ることを教えていましたが、ある時刺し網に古タイヤがかかっていました。その中に3匹のタコが入っていたのです。ビビッと閃きがありました。日々の生活に苦労している国民達の大半は漁船を持たずにいます。カネもなく、技術もなく、漁をしたくてもできない人々が大勢いました。 タコが獲れた場所は浜から近いところです。船外機のない手漕ぎカヌーでも漁場に行けること、また廃棄物である無料の塩ビ管を加工してタコツボ代わりにして獲ることなど、次々とアイデアを思いつきました。捨てられた塩ビ管を適当な長さに切って、真ん中に錘としてコンクリートを流し込む。それに紐を通して浜から近い場所に沈めるだけで面白いようにタコが取れました。漁業技術のない人にもタコ漁は可能です。現地のタコは砂地にある二枚貝を主食としていました。味の濃い良質な肉質。これならばイケると直感しました」 当時、各国との漁業交渉が決裂し、日本の水産会社も現地から引き上げることになった。雇われていた多くの地元民は職を失うことになり、治安が急速に悪化した。給料を支払わず、現地から立ち去る際にそれまで使用していた冷凍冷蔵設備などを破壊していく会社もあった。 そういった現地民の神経を逆撫でするような行為が頻発し、日本人である中村さんにも人々の敵意が集中することになった。住居には毎夜のように投石され、日々の活動においても身の危険を感じる日々が続いた。幸い地元の軍隊が警護を担当してくれて事なきを得た。そんな矢先のタコとの邂逅だったのだ。 「現地人にとってタコは食べる対象ではなく、『デビルフィッシュ』として敬遠されて触れるのも嫌がられていました。船外機がなく、沖に出ることのできない現地民の生活水準を上げるにはタコ漁が最も適しているのではないかと思いました。タコツボの代わりに捨てられている塩ビ管を使えば初期投資がいらない。冷蔵施設を持たなくとも魚に比べて保存できる時間も長い。買い手はこれまでのルートを使えばなんとかなる。現地の水産庁に依頼して水産物輸出公社を作ってもらったのです。そこでタコの加工や販売など全てを手がけることになりました」 タコ漁に関わる漁民は増加し、収入も上がっていった。 「本当にタコによって私も国民も助けられたのです。まさに救世主のような存在でした。タコ漁が上手くいかなければその後のモーリタニアはなかったかもしれません」 3000人を超える漁師を育てた さまざまなドラマを経て、中村さんのモーリタニア滞在は7年で一区切りとなる。その後も各国での漁業指導やカツオ・マグロの漁獲高交渉、カラスミの製造、さらにはリビアで拿捕された日本人船員の救出など激動の日々は続いた。 今現在も先進国による開発途上国援助には援助した以上のリターンが求められるのが常である。しかし、中村さんが貫いたのは見返りを求めない本物の援助だ。搾取するだけでなく、地域社会に富の配分をしなければならない。一貫した信念に基づいた行動と意思は静かな波となってモーリタニアの国をも動かすこととなった。 2010年、中村さんはモーリタニアの大統領から国家功労賞を授与された。翌年の東日本大震災発生時には、「日本への恩返し」として多額の義援金として日本大使館に届けられた。固い絆が両国間に育った証である。 中村さんが育てた漁師は最初の5人から滞在最終年には3000人を超えるまでとなった。現在、沿岸漁協の正規組合員数は4万人である。鉄鉱石と並ぶ国の外貨収入の柱を作り上げた、たった一人の漁業支援。我々に日本人が常食しているアフリカ産のタコの裏には大いなるドラマがあった。 大好きな酒で赤ら顔になった中村さんの話題は途切れることはない。中村さんの人生からは、「豊かな人生」とは何かを考えさせられる。 テーブルには奥様が準備してくれたおつまみのチーズや果物の他に刺身もあった。「あれ、タコがないな。やっぱりタコは好きですか?」と聞くと、少し時間を置いて「イヤ…それが…、そうでもないんじゃ」と頭を掻く中村さん。「この人、タコ食べられないのよ」と、奥様が笑う。本当に食べられないのか、あるいは恩義のあるタコに気を遣っているのか、野暮な詮索はそこまでにして、“本物の人生”を生きた中村さんに敬意を表し頭を下げ自宅を後にした。こんな日本人がいるということを我々も誇りに思いたい。 【こちらも読む】『《ルポ・茨城県大洗町》「今も1000人以上のインドネシア人が不法滞在している」…北関東随一の「移民の町」で、オーバーステイが蔓延する「知られざる理由」』 【こちらも読む】《ルポ・茨城県大洗町》「今も1000人以上のインドネシア人が不法滞在している」…北関東随一の「移民の町」で、オーバーステイが蔓延する「知られざる理由」

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