日本人の“すみません”が命取りに? 外国人相手の交通事故で学んだ「謝罪のリスク」

 2025年3月の訪日外国人数は350万人近くとなり、3月としては過去最多を記録した。日本のルールをよく知らない外国人観光客が、トラブルに巻き込まれる事例も増えている。 【写真を見る】「外国人に気やすく謝っちゃ駄目だぞ」と言った人物  思い返せば、日本人の海外渡航が1964年に自由化され、多くの人が海外を訪れるようになった頃は、現地のルールをよく知らない日本人観光客がトラブルに巻き込まれることも多かった。戦後、『肉体の門』で一大ブームを引き起こした作家・田村泰次郎さん(1911〜1983年)も、パリを旅行した際に交通事故に遭遇し、大変な目に遭ったという。作家・五木寛之さんの著書『忘れ得ぬ人 忘れ得ぬ言葉』(新潮選書)から一部を抜粋して紹介する。 日本と海外の“当たり前”のギャップとは (※写真と記事本文は直接関係ありません)  *** 晩年の田村泰次郎さんとの思い出  田村泰次郎さんは、戦後の小説界に大変なセンセーションを巻きおこした大流行作家である。  もともと「人民文庫」に連載小説を書き、行動主義の作家としても知られた人だったが、戦後、中国より復員すると、〈肉体シリーズ〉で一大ブームの渦中の人となった。  そのなかでも『肉体の門』は、時代の象徴というべき大ヒット作で、少年の私まで田村泰次郎の名前を知っているくらいだった。しかし、いわゆる肉体主義の作家としての顔とは裏腹に、晩年には清冽(せいれつ)な文学的作品が多い。  私が田村さんとはじめてお会いしたのは、「小説現代」という雑誌の新人賞をもらったときである。田村さんは選考委員のお一人だった。 インバウンド増加により、日本のルールをよく知らない外国人観光客が、トラブルに巻き込まれる事例も増えている (※写真と記事本文は直接関係ありません)  選評でも好意的な文章を書いてくださったし、受賞パーティーでお会いしたときも、旧満州のハルビンの話などを聞かせてくださって、おおらかな人柄を感じさせられたものだった。  晩年、いつ頃のことか記憶がさだかではないが、文壇のパーティーで一度立ち話をしたことがある。  そのときに担当編集者から聞いたのが、こういう話だった。 パリで交通事故に遭っても謝ってはいけない  田村さんがパリに旅行されたとき、くわしいことは知らないが、交通事故かなにかでちょっとした怪我をされて入院したことがあった。話では車を運転していたのは優雅なフランスのマダムだったそうだ。見舞いに花をもってきてくれたので田村さんは感激されたらしい。 五木寛之さん(撮影:新潮社写真部)  お互いに相手を気づかって、友好的に話をしたのだが、別れぎわに田村さんが、 「いや、私のほうも不注意でした。ご迷惑をおかけしてすみません」  と、社交的な挨拶をしたのは、日本的なマナーとして当然だろう。  ところが、その後で相手のフランス人からかなりの額の賠償金の請求がきた。そこには、田村さんが自分の不注意を認め、責任は自分の側にある、と言明したと書かれていたという。  弁護士を立てての話合いとなったが、相手側は、田村さんがみずから自分の非を認める発言をした、と主張する。 「私のほうが不注意でした。ご迷惑をおかけしてすみません」 「チグハグさ」が魅力の寺山修司の才能、小林秀雄が漏らした死の真実、墓場までイメージを背負って去った八千草薫、徹夜麻雀で見せた秋山庄太郎の悪ガキ振り、瀬戸内寂聴との長く不思議な縁、徳大寺有恒がヤクザ映画の主人公のように放った一言、追放者である人間の印を「刻印」された三木卓──。甦る昭和の思い出46編 『忘れ得ぬ人 忘れ得ぬ言葉』  と言ったではないか、というのが向うの言い分だったそうだ。 「あなたは確かにそう言いましたね」  という弁護士の詰問(きつもん)に、 「いや、そんなことは言っていません」  とは言えないのが日本人というものだ。私たちはすぐに「すみません」という言葉を口にする習慣がある。  それは一種の社交儀礼であり、挨拶のようなものだ。  しかし、外国では謝ったということは、自分の非を認めたことになる場合もある。国際社会はきびしいものだ。 「外国人に気やすく謝っちゃ駄目だぞ」  と、田村さんは言っておられたそうだ。  ウエイトレスを呼ぶ際にも「スミマセーン」と声をかける国民としては、どうも困ったことではある。 田村泰次郎 三重県生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒。大学在学中から小説、評論などを次々と発表したが、太平洋戦争開始を前に応召。1946年、帰還。『肉体の悪魔』『肉体の門』『春婦伝』『男鹿』『蝗』『地雷原』など戦場を潜り抜けた人間だけが持つ独特の生命観に裏打ちされた作品を描き、「肉体派作家」として熱狂的に支持される。 ※本記事は、五木寛之『忘れ得ぬ人 忘れ得ぬ言葉』(新潮選書)を一部抜粋したものです。 デイリー新潮編集部

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