つかみはOK? 読み手にインパクトを与える最初の一文…「書き出し」に込めた「配慮と戦略」

読者が最初に出会う一文「書き出し」の持つ意味とその重要性について、世界文学の名作の書き出しも例に引きながら、解説していきます。 37年間、書くことで生きてきたーー批評家の佐々木敦さんが、「書ける自分」になるための理論と実践を説き明かす話題の新刊『「書くこと」の哲学 ことばの再履修』(講談社現代新書)。本記事は同書より抜粋、編集したものです。 わかりやすい手口は疑問形 書き出しはとても重要です(というのが今回の書き出しです)。 なぜなら、当たり前のことですが、ほとんどの場合、ひとつながりの文章を読む者が最初に目にするのは書き出しであるからです。何らかの目的意識を持っているならそのまま読み進んでいきますが、ただなんとなく一行目を覗いてみたとして、興味を引いたりこれは面白そうだぞと思わせないと、続きを読んでもらえない。 わかりやすい手口は疑問形で始めることです。つまり「書き出しはなぜ重要なのか?」などといった問いの提示から始めることで、読む者の気持ちを一気に掴む。近年の新書(だけではありませんが)に疑問形の題名が非常に多いのは、それがタイトルにまでせり上がってきたと考えることもできます。 書き出しにもロジックとレトリックの両面があります。疑問形の例を取る限り、当然ながら次は答えを述べることになるわけですが、これはまさに論理の構築です。しかし修辞(レトリック)的疑問というテクニックもあって(実際には新書はこのパターンが多いように思います)、問いに対して答えを導くという論理的な形式を取らずとも文章を続けることは可能です。 最初の文章にすでに論理の芽と修辞の綾は宿っており、それは続く文章群に受け渡されて、変化していく。書き出しにはその文章(作品)全体のありようをある程度決定づける機能があります。 最初の一文の前には何もなかったわけなので、それはいわばひとつの世界の創出(大げさですが)であり、そこに未来(=その先の文章)へのベクトルが込められているとなお良い。 要するに、お笑いで言うところの「つかみ」のようなものです。インパクトとインタレスト。つかみがOKであれば、演者=書き手と観客=読み手のシンクロ率が高くなり、その後の進行がスムーズになるし、ネタ=読書の起動力と駆動力になる。また、上手い書き出しを思いついたことによって、バラバラだったアイデアが収斂して、軽快に走り出せることもある。 もちろん書き出しの重要度は、その文章のタイプや長さによっても違ってきます。あまり書き出しにこだわっても仕方がないような場合もありますし、文字量に比して説明すべき事柄が多い場合は書き出しに凝っている余裕がないこともあります。しかしそれでも「最初の一文」であることは変わらないので、ある程度は配慮や戦略があったほうがいい。そしてそれは「読むこと(読まれること)」と「書くこと」の双方に作用するほうが望ましい。 読者を魅了する「最初の一文」 とはいうものの、そんな効果的な書き出しをどうやってひねり出せばいいのでしょうか? 先に挙げた疑問形も書き出しのテクニックのひとつです。つかみとしては明快ですが、常に使える手というわけではない。フィクションかノンフィクションかによっても違ってきます。 ひとまず、世界文学の名作の書き出しを幾つか引いてみます。 長い時にわたって、私は早くから寝たものだ。 (『失われた時を求めて』マルセル・プルースト/井上究一郎訳) ある朝、グレゴール・ザムザが気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変ってしまっているのに気づいた。 (『変身』フランツ・カフカ/原田義人訳) まず最初に言うが、マーリーは死んでいた。 (『クリスマス・キャロル』チャールズ・ディケンズ/越前敏弥訳) どれも多数の日本語訳がありますが、プルーストとカフカは私がはじめて読んだときの訳、ディケンズは逆に最新訳です。 『失われた時を求めて』は長大な小説ですが、なにげない始まり方のようでいて、この物語が時間をめぐる考察でもあるということをあらかじめ告げている。このあと、語り手が眠りにつく前の描写と叙述が続きます。失われてしまった長い長い時間を呼び起こし、おもむろに語り始めるにふさわしい、ゆっくりとした立ち上がり(ちなみに私の小説『半睡』の書き出しは、この最初の一文を私訳でそのまま流用しています。「長い間、わたしはずいぶんと早寝をしたものだった」)。 カフカの『変身』はすごく有名です。はるか昔、ローティーンの時にはじめて読んだ時、打ちのめされるようなショックを受けたことを今でも覚えています。「毒虫」という語の不気味さも印象的でした。 余談ですが、多和田葉子がこの小説を新訳した際、従来の「毒虫」や「虫」を踏襲せず、原語をカタカナ表記して話題になりました。「グレゴール・ザムザがある朝のこと、複数の夢の反乱のはてに目を醒ますと、寝台の中で自分がばけもののようなウンゲツィーファ(生け贄にできないほど汚(けが)れた動物或いは虫)に姿を変えてしまっていることに気がついた」。多和田葉子は題名も『変身(へんしん)』から『変身(かわりみ)』に変えています。いずれにせよ、この書き出しは極めて「引き」が強い、まさに「つかみはOK」の文学史的な代表例と言ってよいと思います。 ディケンズもさすがです。大長編が多い作家ですが、中編である『クリスマス・キャロル』は語りのスピードが速い。幽霊譚なので、まずはじめにそのことを言ってしまう。読者はまだ、この「マーリー」が何者なのかまったく知らされていないわけですが、彼がすでに死んでいることだけはわかる。そして物語が開始される。死は重いテーマですが、単なる事実としてそっけなく記すことで、まずは読者の関心を引く。石川淳の長編小説『荒魂』の書き出し「佐太がうまれたときはすなわち殺されたときであった」も思い出します。 * 本記事の抜粋元、『「書くこと」の哲学 ことばの再履修』(講談社現代新書)は、読み終えると、なぜか「書ける自分」に変わっている!ーーそんな不思議な即効性のある、常識破りな本です。ぜひ、お手に取ってみてください。 書くことは考えることーー あなたはなぜ「書けない」のか? 書くように話す…考えていることが同時に「脳内テキスト化」する人たちの頭の中

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