街の景観に彩りを添える街路樹が、姿を消しつつある。 　老化や根腐れが原因の倒木で、歩行者がけがをする事故が相次いでいるためだ。街路樹のある風景は、曲がり角を迎えている。 明治以降　防火や緑化に効果 　近代街路樹発祥之（の）地——。横浜港そばの「馬車道通り」（横浜市中区）にその碑はある。幕末の慶応３年（１８６７年）、横浜開港に伴い居留地に住み始めた外国人のために馬車道が整備された際、周辺の商店主たちが柳や松を競うように植えたのが、街路樹の始まりとされる。 　この地で５年後、日本で初めてガス灯がともった際の様子を、「横浜市史稿・地理編」（１９３２年刊行）は「街路樹が一と際見ばえして、夜涼を追ふ人々の群れを惹付けたので、馬車道は益々其賑ひを増した」と伝える。 　街路樹は文明開化の象徴として、東京・銀座など首都の玄関口にも整備された。１９２３年（大正１２年）の関東大震災で多くが焼失したが、日比谷公園や上野公園の樹木が避難者を火の手から守ったことから、東京帝大の学者らはシイやカシ、イチョウなどの保水力に着目。復興事業ではイチョウが積極的に植樹され、人気樹種の一つになった。 　戦後の高度経済成長期に都市化の波が地方に広がると、各地で街路樹の整備が進められた。車の排ガスや粉じんの吸着など大気汚染の抑止効果も期待され、成長の早いアオギリやケヤキなどが好んで植えられた。 　街の景観に欠かせない街路樹だが、２０１７年の１億４７７０万本をピークに減少に転じた。 　背景には、街路樹の倒木が相次いでいることがある。東京都内で昨年秋、落下した枝の下敷きになり男性が死亡した事故を受け、国土交通省が全国調査したところ、街路樹の倒木や枝の落下による事故は２１年４月〜昨年１１月に８０１件あり、うち３３件は人身事故につながっていた。東京都調布市では２１年８月、国道沿いの高さ約１５メートルのケヤキが根元から倒れ、乗用車２台が下敷きとなり、２人が軽傷を負った。樹齢６０年以上で根は１本を除き腐っていた。近くに住む自営業の男性（６０）は「街路樹が突然倒れるなんて。毎日通る道なので怖い」と話す。 　都会の街路樹は根元の土の部分が少ないため、水や養分が不足しがちなうえ、舗装による高温にさらされている。厳しい生育環境により、強風や根腐れで倒れるケースが多い。安全確保のために撤去する動きも広がっており、名古屋市は２１年度から５年間で３８００本の撤去を計画。担当者は「街路樹全体を適正に管理していくには一定数の撤去は必要だ」と話す。 　一方で近年の地球温暖化に伴い、厳しい日差しを遮る街路樹には、夏の暑さ対策の役割も期待されるようになった。 　江戸時代から植木生産が盛んな埼玉県川口市はかつて、植木職人の手により、美しい街路樹が保たれていた。しかし管理費の増加に加え、落ち葉への苦情が相次ぎ、枝葉のほとんどを切り落とし、丸坊主のようにする管理方法をとった。ただ一部の街路樹については２０年４月、樹木を大きく成長させて木陰を確保する方針に転換。市は「安全を確保しながら、酷暑から市民の生命を守る取り組みを広げたい」とする。 　１９年度から同様の管理方針に転換した岡山市では、市内約１２００本の木々の枝葉が着々と緑を取り戻しているという。千葉大名誉教授の藤井英二郎さん（環境植栽学）は「夏になれば必ず酷暑に見舞われるようになり、街路樹の役割はますます高まっている。剪定（せんてい）しすぎると樹勢が弱まり、かえって倒木リスクが高まる。国や自治体は緑を大きくする考えを大切にしてほしい」と語る。